破天荒者
昼からの実技特訓は地獄だった。魔法力学では皆の前で風の魔法で宙吊り状態。魔法防衛学では魔法を使えないという事で教官の対魔法障壁を鎧に付加して強度を調べる的当て状態。
とても痛かった。
そして決め手は防御と攻撃の実戦を模した訓練。学園内の決められた範囲の中で二対二という感じでペアを組み、模擬戦を行うのだ。
俺のペアはクラスでジャンケンをして負けた生徒。
俺は疫病神ではないのだが…。
最初は俺が避けながら相手の気をひきつけるという計画だったのだが、何をどうしたらその様なことになるのか知らないが……。
いつの間にか三対一になっていた。
「えっ…ちょっ…何故に!?」
「弾けろっ!」
「いや、弾けたら死んじゃうからっ!」
三人の生徒は火の玉を飛ばしてくる。
それを俺は必死に避け続ける。
生徒等からはまたもや笑の嵐が起こる。教官も面白がって中断しようとしないではないか。
いや、笑ってる場合じゃないから!これ死ぬから!
「うわっ」
そうしている間に足がもつれて俺は前のめりに倒れ込んだ。
-ヤバイ、もう限界…-
目の前が真っ赤な炎に埋め尽くされる。
それはまるで俺を焼き尽くす為に近づいてくるように見えた。
「斬空破っ!」
「えっ?」
視界から赤色が消えた。その代わりにボロボロの制服を身に纏った殺切が現れた。
本日二回目の殺切の登場に周りが突然静まり返る。
「大丈夫?」
「お、おう」
殺切は俺に手をかざして下がってと合図すると、一歩前に出る。よく見ると全身から血が出ている。全て致命傷は避けてあるようだがこれは異常だ。
「教官は誰」
殺切が冷徹にそう言うと、生徒等が硬直している中、脇からのそのそと出てくる。
「わ、私です…」
顔面蒼白で震えながら出てきたのは…確か今年度から就任になった《高城・譽》とか言う名前の新米女教官だ。というか、新人教官にはベテランの教官が一人付き添う規定の筈なのだが…。
「今のは、何」
殺切がズカズカと目前に立つと、譽はよろけて後ろに尻餅をつく。
経験した身として言わせてもらえば、あれは仕方ないのだ。殺切の威圧感が尋常ではないのだから。
「じ、実戦を想定した…模擬、戦…?」
「だまれ」
次の瞬間、譽の真横に直径二メートル程のクレーターが出来上がる。殺切が右手に持っていた断頭刃を振りおろしたせいだ。
「模擬戦?どこが?どの辺が?」
殺切が振りおろした断頭刃が赤く染まりマグマのようにボコボコと音をたてている。
「ひぃっ!」
殺切が譽の喉元に断頭刃を突き付ける。
譽は今にも気絶しそうな程目が浮わついている。
「お前は死ぬべきだ」
「殺切っ!やり過ぎだ!俺は心配ない!大丈夫だからっ」
殺切が左手の断頭刃を振りかぶろうとしたところで刹那は止めに入る。教官を殺せば間違いなく殺切といえど極刑は免れない。
殺切は目の前で気絶している譽と自分を必死に押さえている刹那を交互に見た後、断頭刃を光分子化させる。
「刹那がそう言うなら、やめる」
「そ、そうか」
何とか殺切を止めることには成功した。刹那は心の底から安堵する。だが、音を聞きつけてやって来た別の教官等に俺が事態の状況を説明し納得してもらうのに苦労したのは言うまでもない。そして譽はその後小一時間と経たず即教官という地位を剥奪されたらしい。この学園において教官という地位は生徒を指導する側であり指導される側では決してない。そういう意味も含めての判決なのだろう。
それにしても殺切が来てくれて助かった。来てくれなければ今頃自分はどうなっていたのだろうか?きっと無事では済まなかっただろう。
「ありがとな、殺切」
「どういたしまし…た?」
「《て》な」
その後は授業を放棄して殺切を医務室まで連れて行った。顔に出さないからわからないが、額には大量の汗が浮かんでいた。案内するまでにも数回立ち眩みで支えてあげた程だ。白くて柔らかそうな肌には数えきれないほどの切り傷や打撲傷がある。よくこの有り様であそこまで威厳を保つことが出来るものだ。下手すれば今頃譽自体がクレーターになっていたかもしれないのに。
「こりゃ酷いな、お前がこんなになるたぁ一体何があった?」
医務室で損傷箇所に包帯を巻きながら目を丸くしているのはこの学園の治癒魔導師三人が一人《金輪・来人》。金輪教官は主に医務室の管理を任されていて、殺切のように怪我をした学園生徒を治すのが教官としての一般的業務である。
「別に」
「まぁ、別にいいが俺のお気に入りのこのモチモチ肌をあまり汚さないでくれよ?」
「死ね、変態オヤジ」
殺切は蹴りを繰り出すがヒョイっと軽くかわされる。かわりに脚を掴まれると切り揃えられた顎髭でジョーリジョーリ…
「ひゃぃっ!」
普段は顔に出さない殺切でもこればっかりは無理だったらしい。顔が涙目でひきつっている。殺切は今度は逃さず問答無用で蹴り倒すと、出現させた断頭刃を頭上に振りかぶる。
「死刑」
「ちょっ…待って待って!ライさんは一応上官だからっ」
ついさっきもこんな事したばかりでもう胃がネジ切れそうだ。俺の安楽の地はいったい何処へ…。
「刹那、止めないで」
「いや、止めないとライさん真っ二つだから!」
「おっ?反抗期か?いいねぇ~」
「アンタは黙ってろっ」
こんな人が上官というのは今でも納得しがたいものがあるが、魔導師としては一流なのだ。治癒魔導師としては唯一遠距離で治癒を施せる。教官になる才もあり、多少は殺切の攻撃を避ける体術の心得もある。そして俺達にこの学園への入学を薦めたのは他でもないこの人なのだ。もしかしたら俺はついでで、殺切にやましい気持ちがあったのかもしれないが。
「ん?そんなわけないじゃないか~」
「アンタはエスパーかっ!」
「やっぱり殺す」
「お願いだからやめてくれっ」
次々に繰り出される破天荒な言動に頭も身体もついていかない。こんな毎日をこれからも続けていくのかと思うと気が気でならない。救いといえば今日が金曜日という事である。因みにライさんというのは金輪教官の略称だったりする。
「そういや殺切、お前ラハール学園長に来るよう命じられてるぞ」
「……っ!」
金輪は俺が殺切をおさえてる斜め下であぐらをかいて座るとそんな事を言う。勿論冗談ではないのは顔を見ればわかる。
殺切はそれを聞いた途端体を硬くする。
「殺切…?」
俺が不安に思い呼びかけると、殺切ははっとなり断頭刃を光分子化する。
「離して」
「お、おう」
俺は言われるがまま離すと、立ち上がった金輪の隣に立つ。
「殺切、何か俺に隠してないか?」
金輪はいつになく真剣な目で殺切を見る。その目はまるで全てを見透かすようにぎらついている。
俺はこの目を知っている。
ここに来たばかりの頃俺の《異能》を見透かした目。
あの時の金輪は俺の異質さに臆するどころか、好奇心が先に出ていた。そしてこの《透の眼》の事を殺切は知らないのだ。
「隠してない」
「……」
平然と答える殺切に金輪は無言で殺切を凝視する。聞き流し気味の天津の魔法学で《魔法形態》という言葉を耳にしたことがある。これは魔法の種類によって消耗が違うという事。
例えば殺切の使う《感傷型》は喜怒哀楽。己の感情表現によって著しく変化をもたらす。《寄生型》ではないだけ魔力、体力ともに消耗は少ない。他にも《間接型》《起動型》《付加型》《直接型》などたくさんある。そして金輪は《寄生型》と《付加型》だ。《寄生型》の眼力は体力を予想以上に消耗する。凝視したまま静寂な時間が過ぎる中ふと金輪が眼を閉じる。
「ライさん…」
俺が堪らず殺切が居るにもかかわらず何を見たのか問いただそうとすると、金輪が先に口を開いた。
「やっぱ可愛いな、お前」
「……はいぃ?」
俺の周りを取り巻いていた張り詰めた空気が今の一言でこの場から消え去った。
突然何を言い出すんだこの人は。
俺が恐る恐る前方を見ると殺切はふるふると身体を震わせている。
顔がひきつっている。
「くそ~俺がもう少し若けりゃそんな目にはあわせないのに」
プニッ
「やっぱり殺すっ!」
「やめてーっ!」
とどめの一撃は金輪が何気なくつついた殺切の頬だった。触られた殺切は魔獣でも逃げ出しそうな程の剣幕で断頭刃を再構築すると振りかぶる。グツグツと煮えたぎる断頭刃を見る限り殺切の怒りが尋常でないことがわかる。
「いいじゃねーか、別に減るもんじゃねーんだしよぉ」
「これ以上油を注ぐな!焼け死ぬわっ」
俺は何とか殺切を止めようと奮闘するが力がさっきとは比べ物にならない。
ヤバイ、これは無理かも。
「だ、駄目だ…ライさん避け…あつっ!」
「あっ…」
刹那は刃先に触ってしまい咄嗟に叫んだ。魔法生徒は魔力を使えるぶん多少の火や切り傷はたいしたことはない。
けど自分は違う。
魔法が使えないぶん他生徒よりも影響を受けやすいのだ。痛みに顔を歪めていると殺切が慌てて断頭刃を光分子化する。
「刹那、大丈夫?」
「えっ?う、うん」
「よかった…」
殺切はそう言うと俯く。
刹那はそれを見ると、苦笑する。殺切は昔からこうだ。何かある度に俺をそれらから守ってくれた。そして己の失態で俺を傷付けた時はすごく自分を責める傾向にもあるのだ。でも、そうされると怒る気持ちも消え失せてしまい許さざるおえなくなってしまう。
「殺切のせいじゃないさ、自分のドジが招いた怪我だ。だから顔をあげろ」
「…うん」
「青春だねぇ」
「うるさい!アンタのせいだろっ」
なんやかんやでそうしているうちに完全下校時刻が近づいてきている。辺りはいつの間にか静まり返り、既に学園にいる生徒は自分達だけのようだ。
殺切が理事長に会いに行くと言って医務室から出ていくのを見送ると、俺は病人用のベットに向かってダイブする。
「疲れた~…」
刹那は殺切が戻ってくるまで仮眠しようと勝手に布団をかぶる。
金輪は殺切が医務室を出たぐらいから棒立ちでずっと目を瞑っている。またもやああ見せかけてよこしまな考えにでも浸っているのだろうか?もう殺切を怒らせないでいただきたい。俺はそう思いつつ浅い眠りについた…