立場の格差
友達とはどうやったらできるのだろう。俺はそんな事ばかり考えていた。ここに通いはじめて早くも一年が経とうとしているにもかかわらず友達がいない。
素質か?素質の問題なのか?
確かにいつも遅れて登校するし席だって窓辺の角ッこで影薄いけど…。
ヤバイ、虚しくなってきた。
「おい、燐条!」
「は、はいっ?」
突然呼ばれて顔をあげると、魔法学の基礎担当【天津・天津】が眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいる。
「また上の空か?魔法学の規則三文を言ってみろっ!」
規則三文とは魔法を学ぶに至っての決まり文句の様なもので《慢心、我が身に有らず》《善となりて精進すべし》《魔法とは天命を繋ぐものなり》の三文の事である。
勿論知っている。当たり前だ。しかし、俺はこれを答える気はない。それは俺という一個人としてただ述べたくないからだ。
「…わかりません」
刹那が俯きがちにそう言うと、案の定爆雷にも似た怒声が飛んでくる。
「貴様っそれでもこの学園の生徒かっ!恥を知れっ」
天津は顔を真っ赤にして喚き立てる。
-うるさいなぁ…-
いつもこの調子で怒鳴られるにしても、うるさいものはうるさいのだ。それに聞き飽きすぎて迫力が抜け落ちている。
「廊下に立ってていいですか?」
「自分から言うなっ」
そう言って刹那は立ち上がり、後ろのドアから外に出る。
「ぶわっ」
扉を開けたところで突然白い粉が刹那に降りかかった。
それはかかった髪からこぼれて下に着ている布地の服まで汚す。
「ヒャハハッ!ダッセェッ」
誰かがそう叫んだ途端周りは嘲笑の嵐だ。
その中に刹那を心配してくれる者など誰もいない。むしろ先生までもが俺を見て嘲笑っている始末。
刹那は怒りが込み上げてくる。しかし、それを寸出のところで押し止める。
「ハ、ハハ…だよな。気付かなかったぜ」
-いつもの事だ、堪えろ俺…-
刹那はぎこちない笑顔で答えると、のそのそと廊下に出る。
すぐさま制服についた粉を叩く。
髪については粉は手で叩けば大体は取りこぼせる。しかし下に来ていた布地の服は完全には取れそうにない。
「はぁ…。今日に限って粉かよ…。この服気に入ってたのに」
自分の抜けた教室からはさっきよりも何だか活気あるように感じる。天津が問題を出題すると、小学生によくある「ハイ」の連呼が盛んに行われている。
「何が「ハイハイ!」だ、馬鹿らしい」
刹那はボソッとそんな事をぼやく。確かに自分は友達がほしい。けども、《あの中》からは欲しくない。
自分が欲しいのはなんつーかもっとこう、頼れる感じの…
「私じゃ…駄目?」
「ちょぉっ!…殺切?ってか聞こえて…」
刹那はビックリして大声をあげる。
これはとてつもなくヤバイ。
そう思ったのもつかの間。教卓方向の廊下と教室の境界線にあたる木窓が勢いよく開けられる。
「貴様、静かに立つことすらも出来んのか!あぁ?だからいつまで経っても落ち…」
ザンッ
殺切は何処からともなく二刀の断頭刃を出すと、右手のそれを天津に向かって降り下ろす。
二メートル程もあるそれは天津の前髪をかすって床に亀裂のような斬跡を付ける。
「だまれ。お前は授業を続けろ」
「あ、赤刃・殺切…」
天津の顔が徐々に蒼白になっていく。
さっきまで活気あるように思えた教室も殺切の名前を聞いた途端、さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。
「二度言わせるな」
そう言って殺切は左手の断頭刃を振り上げようとする。
「は、はひぃっ!」
天津は青ざめると、電光石火の如く教室に引っ込んで授業を再開する。しかしさっきまでの活気さが全くない。それは仕方がないと思う。それに今の天津が何だか可哀想にすら思える。
声震えてるし。
「やり過ぎた」
「お前のやり過ぎの基準が俺には判らん」
「半殺し?」
「うん、それ重罪だから」
ちょっとといわず結構普通と異なる殺切は生徒にして既に高等魔術師である教官等すらも上回る実力の持ち主だ。普通に考えれば、教官に刃向かうという行為は万死に価するなどとその場で斬殺ものだがここ《虹魔導師学園》では違う。魔導師にだって年端もいかないうちに能力を開花させる場合だってあるし、教官でも能力がぼちぼちの奴だっている。別にそれは能力がくだらないだの自身の魔力値が低いなど関係ないのだ。それらはやる気次第では幾らでも向上の余地はあるし、教官になるにしても能力が冴えないなりのその能力の特徴や特性、適応性、それをふまえての戦いにおける優位に立つための戦略など全てを掌握しているからこそなれるのだ。
何が言いたいかというと、要するにそれ相応の力さえあれば上に立てるという事。
治癒魔導師なら尚更だ。一般の魔導師と違い、治癒魔導師になれるのはごく僅かで今のところ知られているのでたった三人だ。
因みに自分は泣く子も笑ってしまう底辺ですー
理由は簡単。
出来るだけ目立ちたくないという個人的な願望。あくまで魔法使いとしてだ。
「ところで、こんな時間にどうした?」
「ん…ちょっと、渡し物」
「渡す?俺に?」
殺切は断頭刃を光分子化して消すと、スタスタと近づいて来る。
「えっ?ちょ…っ」
刹那は殺切のただならない威圧感に尻餅をついてしまう。
-え…なに?何されるの俺?もしかして『死』という贈り物!?朝の事まだ怒ってんの?マジ!?-
座り込んだ刹那は目の前で立ち止まった殺切から見下ろされる形になる。すると、殺切が懐に手を入れた。
-ま、魔弾銃?魔弾銃なのか!?それとも鋭魔剣!?ちょっ…誰か止めたげてぇ!-
殺切の真っ白で柔らかそうな腕が胸元から抜き放たれる。
刹那は咄嗟に顔を手で覆った。
…………あれっ?
放たれるはずの魔弾も繰り出される斬撃もいくら待ってもあびせられない。
刹那が恐る恐る顔をあげると、目の前には可愛らしいピンク色のリボンであしらった正方形の箱があった。
「…バレンタイン、チョコ」
「……へ?」
「今日は二月十四日だから」
刹那はたっぷり数秒間思考停止した後、何気なくその箱を受けとる。
何だか殺切は妙にモジモジとしている。
-バレンタイン…チョコ?-
「俺にっ!?」
刹那は頭をフル回転させて何とかこの場の状況判断に追い付かせる。急に顔が熱湯でもぶっかけられたようにカッカと熱くなってくる。先程の危機的状況から一変してこの状況は俺じゃなくても困惑していただろう。まぁ、危機的状況というのはただの俺の妄想だったわけだが。
「も、もしかして本命?」
「義理」
「ですよねー…」
刹那は自分が聞いたことに少なからず後悔する。
そんなのこっちから聞かずともあっちからの応答を待てばよかったものを…。
「でも、手作り」
「っしゃぁ!ありがたき幸せっ!」
刹那はその一言で完全復活すると、殺切がいるにもかかわらず箱の包装紙を開いていく。
「…な、何か歪な形なんだな」
あらわになった真っ白な箱を開けると、中には台形型のチョコの塊が入っていた。刹那はそれを凝視した後、殺切を見て返答を求める。
「生チョコ」
「これが!?」
殺切はコクッと目を輝かせながら頷いてみせる。となると、これはなかなかの食べごたえかつ膨大な糖分の塊という事になる。
-なかなかでかいしなぁ…三食程度に分けて食べるか…-
そうしているうちに、自分の息のせいで面が溶け始めていた。
「ヤベッ丁重に保存しねーと……ん?」
蓋を閉めようとすると、何やらチョコの下から何かしら姿を現す。
「…赤?それにこの脂のような白い…」
「生肉」
刹那が答えるよりも早く殺切が目を輝かせながら答える。
「丁度昨日任務後立ち寄ったスーパーで肉塊が手に入った。それにチョコをコーティングしてみた。どう、かな?因みに隠し味としてチョコに****と****と****と…」
「食えるかっ!怖いわっ」
刹那と殺切がそうこうやり取りしているうちに鐘が鳴り長休みに突入する。
「任務があるから、また後で。…ちゃんと食べてね」
「無茶言うなっ」
刹那は弁解したが、殺切はそう言うと歩いて行ってしまった。
取り残された刹那が突っ立っていると、教室から顔だけを出した天津が教室へ入れと指示してくる。
指示通り中に入ると、俺は席に着いた。
とりあえずチョコの事は置いとくとして、殺切とあんなに話したのはいつぶりだろうか?ここに入る前から魔法に開花していた殺切はその頃からちょくちょく今の《任務》というのに明け暮れている。確かに殺切はその辺の魔法生徒とは比べものにならない程優秀で冷静沈着だ。だからといって体のつくりが違うわけじゃないし、第一殺切は女の子なのだ。いくら強いといっても魔法は万能じゃない。身近にいる幼馴染みが身体を壊すのを黙って見ているわけにはいかないのだが…
「燐条ぉ!またかっ」
「えっ?」
気がつくと皆俺が立つのを待っている。そういやまだ挨拶してなかったんだった…
「す、すいません…」
その後、俺はクラス全体から放たれる痛い視線から逃れるため教室から出たのは言うまでもない…。