始まりの日
眩しい…
俺は太陽の光に安息を邪魔され目を覚ました。
手元にある時計を確認すると9時を指している。
「…遅刻か」
今日は確か二月十四日の金曜日。
この日を乗りきれば休日という嬉しい筈の日が幕を開けるわけなのだが。
俺からすればいつもこの様な調子なわけで、休みが来たところで生活観が変わるというわけでもない。
とにかく、いつものように制服に着替え階段を使い下に降りる。
そこには朝食を残し誰もいないリビング。
遅い自分など誰も待つ筈もなく置き手紙が一つあるだけだ。
《食べたら学校へPS・二度寝したら殺す》
「……」
-滅相うもございませんっ!-
置き手紙にビクつきながらも俺は洗面所で顔を洗い、寝癖を整えると、置き去りの朝食を腹へと収め、玄関へと向かった。
「おっと忘れ物っ」
履きかけの靴をほっぽりだし忘れ物を取りに二階へと駆け上がる。レトロなPCデスクにへばりついたマグネット式フック。それにかかったままの漆黒に染まった手袋を引っ掴むと、部屋を後にする。
「…行ってきます」
誰も居ない家に二日ぶりの別れを告げ、寒い中いそいそと学校へ足を運ぶ。
俺《【燐条・刹那】年齢【十五】》の行く《虹魔導師学園》はその名の通り魔法学園である。昔はパンドラボックス《不可視の箱》とも呼ばれていたとか…。その名の由来はというと、以前は魔法という概念は存在しないものとして扱われていたらしく、そういった異能者を化け物や悪魔つき等と意味嫌っていたらしい。行き場をなくしかけた異能の所持者は存亡のため別空間に生活かつ教育機関《箱》を創った。それこそが表に出ず同じ者同士だけが移住を許される目に見えない不可視の空間。
「パンドラ…か」
通学路を歩きながら自分の生まれていない昔の余談話に思考を働かせる。聞く話では、それから程なくして表側の町では国同士の大きな衝突があったらしい。数も軍勢も歯が立たない程の兵隊が押し寄せ町を焼きはらわれる中、国民は己の無力さ故に逃げ回るしかなかった。
そして一人の老人がこう言ったのだ。
―《天罰》―と。
地を血で洗う抗争の最中、国民は自分達のしでかした大きな過ちに気付いた。
異能の民を退けたのは間違いだったのではないか?
それは疑問から確信たる事実に変わり、人々は絶望を見据えた。そして、その有り様を見かねた異能者達の頭領が救援として向かわせたのが後の《オールsix》と言われる【攻撃】【防御】【命中】【武器】【全能】に潜む魔を究めた者達である。
けっして相手側が弱いわけではない。
数でも向こうが此方の数千倍の兵を率いている。
こちらはパッと出のたった六人。
しかしその力は圧倒的で、一夜にして敵兵を一掃したと言われている。そして今の現状はその出来事がきっかけとなり、互いの信頼を分かち合う為に成した結果である。
―《民の統一》―
まぁ、元は最初から一つだったのだが。
「口に出てる」
「うぉっ!…って殺切!?」
「おはよう」
近道のため、家を出て左に直進して二軒目お隣の塀をよじ登る。それををつたって裏通りに出たところで待ち伏せのように同級生にして腐れ縁の【赤刃・殺切】【十五】が立っていた。いや、待っていた。
「おまっ…学校は?」
「それはこっちの台詞」
これ以上遅れても困るので、一人の知り合いを加え学校を目指す。
赤髪を揺らして隣を歩く殺切は単的に言えば【幼馴染み】である。過ぎたことは深く考えないが、気が付けばいつの間にかいつも一緒に居た感じだ。
「今日は遅いんだな。寝坊か?」
「一緒にしないで。《仕事》」
-左様で…-
冷たい視線とともに我が身に突き刺さった毒舌という名の矢を引っこ抜く。
「な、何か受けおってたのか?」
「防衛」
「そ、そうか」
「……。」
-何これっ気まずいんだけど!?-
よく見れば殺切は何だかご機嫌ななめなご様子だ。
俺、何かしたっけ?もしかして俺が寝坊したから?いやいや、それはないだろう。仮にそうだとして何故殺切が怒る?
どうこうしているうちに交差点に差し掛かり、それを右に右折する。
「燐条・刹那」
「何故フルネーム!?」
「さっきの《six》についてだけど」
-スルーですかい殺切さん…-
刹那は会話の成り立たない違和感に少なからず虚しさを感じる。
「一つ、抜けてる」
歩きながら殺切は単的に述べる。
「だから?」
《six》の話題が出た時点で大体の予想はついていた。別に忘れてたわけではない。
「…いいんだよ、それで」
「よくない。歴史上最強の英雄は…」
「あーあー!知ってるよっ」
殺切がその名を口にしそうになって刹那は無理矢理遮る。
邪魔された殺切は頬を膨らませる。怒っているのだろうが、容姿が整っているだけにそれすらも可愛く見えてしまう。
「そんなのどうだっていいだろ。第一今の時代にあんな力は宝の持ち腐れさ」
はんっと刹那が鼻を鳴らすと、殺切は近寄ってきて刹那の脛を足蹴にする。
「いって!何すんだよっ」
「刹那の、ばか」
殺切はどこか悲しそうな表情をした後、スタスタと先に歩いて行ってしまった。
刹那は呼び止めようと足を踏み出したが、体がそれを拒んだ。
自分は別に間違ったことは言っていない。
それに、あんな力なんてこの世にはもう必要ないのだ。
「…なんなんだよ」
呆然と立ち尽くしていると、何処からか鐘の音が聞こえてくる。恐らく一時限目終了の合図だろう。
「ヤッベェ!」
刹那は鞄を取り落としそうになりながら前方に聳え建つ目的地に足を運んだ。