嫁ぎます。
どうも、みなさんこんにちは。私はラタリー・タイム・ユトリスと申します。ララとでもお呼びください。
年は17歳。役職というか立場はと言うと、国土の三分の二が森という豊かな緑に囲まれた小国ユトリスの女王です。
先月、不慮の事故で両親が亡くなりました。
そのおかげで、一人娘だった私が急遽王位を継承したのですが、元々財政的にあまり豊かではなかったユトリスを、ついこの間まで森の中を魔法の杖片手に走り回っていた小娘が手に負えるはずがなく。
経済的援助を目的に、つい先日結婚が決まりました。
お相手は、大国テレストの第三王子、ユウ・アルト・テレスト様。
容姿端麗、文武両道。
愛国心がとても強く、国のためならば命を懸けると言うようなお方です。
彼のお兄様にあたる第一第二王子が遊び人で大変有名でして、それを反面教師に育ったユウ様は、一日のほとんどを剣術や馬術の訓練に費やし、娯楽を好まない性格となったようです。
そう言えば、結婚、と言いましたが正妻になるか側室となるかははっきり決まっておりません。
と言うのも、『王族貴族の男性が家に代々伝わる結婚指輪に涙を流すと指輪が運命の人へ男性を導く』と言う、何とも古……古式ゆかしいしきたりがテレストにはあるのです。
生憎我がユトリスにはそう言った結婚に関するしきたりなどはありません故、よく分かりませんが。
テレストに到着した私は、国王と女王への謁見を済ませ長い廊下を歩いていました。
すると、前方からツカツカと若干テンポの速い足音が聞こえてきまして、それと同時に、黒い服を纏った男性がこちらにやって来ました。
平均的な身長の私からしても背の高い彼は私の50センチほど手前でぴたりと止まり、あまりよろしくない目つきで私を見下ろしました。
「ラタリー・タイム・ユトリスか」
「は、はい」
それほど低いわけではないのですが、圧力のある声でした。
「俺は、『運命の人』など信じていない。よって、本日付けでお前が俺の正妻となる」
そう言って、彼は私の左手を掴み、ぐっと引き寄せました。
それから胸ポケットからオレンジの石が付いた指輪を取り出し、何の躊躇いもなく薬指にはめ込みました。
「お前は今この瞬間からこの国の人間だ。この国の為に生き、この国の為に死ね」
「……は、はひ……」
やっとの思いで返事をすると、彼はふっと鼻を鳴らして踵を返しどこかへ歩いていってしまいました。
私は自分の左手を見ました。シルバーのリングとオレンジ色の宝石がキラキラと輝いています。
まあ、こういうものかと、割り切ることにしました。
それから数日は、周辺国やテレストの貴族の方々、またテレスト国民の方々への挨拶で何かと忙しかったのですが、一ヶ月もすればいい加減落ち着き、数ヶ月もすればすっかりそれが日常となりました。
夫婦らしいことは特にありません。
狭いし暑苦しいと言われ寝室は別ですし、お互い物事に熱中すると時間を忘れるので食事も別です。
一応私の旦那様であるユウ様は変わらず日々軍術訓練を行い、一応そんな彼の妻である私はユトリスよりずっと大きくてたくさんの本がある書庫と、新しい器具がたくさんある実験室に籠もり、魔術や魔法薬学、魔術器具の勉強に没頭していました。
この国のために生きろと言われたのですから、せめて自分の得意分野をと、思った次第です。
テレストはどちらかと言えば剣と盾の軍事国家で、ユトリスは対照的に魔術書と杖のこてこて魔法国家です。
ユトリスは自然の多い国で、国全体が自然と共存しているような場所でした。
私は幼い頃より街や森を駆け回り、近所の同年代の子供たちと魔法の杖を振り回しては思わぬ失敗をしてびしょ濡れになりながら上達していったような、こてこての魔法使いです。父や母も同じだったと聞いています。
「ふう……」
今日は研究室に籠もって魔法道具の研究と実験を行っていました。
なるほど、これはなかなかいけそうです。
ほっと一息吐いていると、研究室の扉がトントンとノックされました。
はい、と返事をすると、扉が開いて、
「よう、お姫さん!」
「こんにちは、ギルさん」
入ってきたのはこの国の騎士団副団長のギルさんでした。
この国の軍事戦法における魔術の立場を研究しようと思い立ち、何度か軍事演習を見学したり戦術について話を聞くうちに、それなりに親しくなりました。
ギルさんは、すらっとした立ち姿のユウ様と違い、筋骨隆々な『ザ・騎士』と言った感じの方です。
そして使用武器は大剣と、期待を裏切りません。
「お姫さん、そろそろ6時になるぜ、準備に行った方が良いんじゃないか?」
「え。あ、もうそんな時間ですか」
私が言うと、ギルさんははははっとよく響く声で笑いました。
「そんなこったろうと思ったぜ。呼びに来て正解だった」
「本当に、ありがとうございます。行ってきます」
「おう、早く行きな! 遅くなるとエルザが怖ええぞ〜!」
「……それは、ご勘弁願いたいですね」
エルザさんというのは私の身の回りの世話をしてくれるメイドさんの名前です。
きっとしたつり目で、時間や礼儀作法にとても厳しく、怒ったときは誰に対しても容赦はしません。
ですが、甘いものが大好きで、とってもお茶目な方でもあるんですよ。
さて、本日は国王主催の舞踏会です。
周辺国の国王陛下女王陛下、王子様、お姫様がやって来て、とても華やかなパーティーになると聞いています。
第一王子と第二王子にはまだ決まったお方がいらっしゃらないので、何かにつけてユウ様と私がとても明るい場所に引っ張り出されます。
思うのですが、私もユウ様も、華やかな場所がそこまで得意ではないのですよ、本当は。
まあ、それでも彼は『国のため』と割り切っていますし、私も私で、身も蓋もありませんがお金を貰っておりますので、こなすべきところはこなします。
彼は、私をテレストの人間だと言いましたが、私の故郷は紛れもなくユトリスなのです。
ユウ様と共に来賓の方々への挨拶周りを行っていると、一つ見慣れない方々を目にしました。
「ユウ様」
「何だ」
「勉強不足で大変申し訳ないのですが、あの方々は?」
「ああ、お前はまだ会ったことがなかったな。あの人たちは、同盟国レイゼル王国の国王陛下と女王陛下、そして王女だ。ちなみに、王女はお前と同い年だ」
「なんと……」
レイゼルの王女様は、この距離からでもはっきりと分かる魅惑的なプロポーションを真っ赤なドレスに身を包み、それでいて不思議と品のある、凛とした雰囲気を漂わせていました。
負けました。
「こんばんは。本日ははるばるお越しいただき、真に感謝いたします」
「おお、ユウか! ずいぶん久しいなあ! 元気にしていたか?」
ユウ様が挨拶をすると、レイゼル国王は相好を崩し、ユウ様の方を抱きました。
それから国王は私の方に目を向けてにっこりと微笑み、
「そちらが例の王女様か! いやはや、何とも可愛らしい」
「どうも、ありがとうございます。私、ユウ・アルト・テレストの妻、ラタリーと申します。以後、お見知り置きを」
ドレスの端を摘み膝を折ると、レイゼルの方々は皆様笑顔で頷いてくださいました。
「そうだ! 王女様はうちの娘と同い年と聞き及んでおる。レイラ。お前も挨拶をしなさい」
「はい」
一歩前に出てきたのは、レイゼルの王女様です。
私より幾分背の高い彼女は、強い意志を感じさせる大きな瞳を私に向け、それから優しく微笑みました。
「私は、レイゼル王国第一皇女、レイラ・フォン・レイゼル。どうぞよろしく、プリンセスラタリー。あなたの故郷のユトリスは、魔術が盛んな国と聞いている。仲良くしてくれると、嬉しいな」
……な、なんですか、このかっこいいお方は。
とても良いところではありますが、あんな小国の事を知ってくださっているなんて。
こちらなんて、何も知らなかったというのに。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!」
思わずがばっと頭を下げると、レイラ様は少し驚いた顔をした後、楽しそうに笑いました。
これからは各国の文化や伝統などについても学んでいこうと決心した次第です。
レイゼルはテレストと同じように軍備に力を入れている国だそうです。
レイラ様も、部屋にこもって作法や座学を行うより、剣術や馬術の訓練をする方が性に合っているそうで、ユウ様とも久々の再会と言うこともあってか話が弾んでいたようです。
周りにせかさせ、華やかなワルツに合わせて踊る二人を、ぼんやりと眺めました。
ふむ、良いのでは無いでしょうか。
しかしそうなってくると、私の処遇がどうなるのか、気になるところです。