もしもし、おやすみ。
『もしもし』
電話越しに聞こえる声に耳を傾ける。もしもし、とわたしも返事を返す。
『眠たいの?』
ううん、と言うとくすくす、と彼は笑った。
「今週は忙しかった?」
『いや、そうでもない。むしろ来週の方が忙しいかも。そっちは?』
「わたしは順調だよ。仕事もだいぶ慣れてきたし」
風呂上りの体は真っ赤に火照ってなんだか暑い。
タオルでわたしはごしごしと乱暴に髪を拭く。
「わたし最近靴下履いて寝てるんだ」
『もう? まだ十月だろ』
ああ、でもお前冷え性だもんな。彼は言う。
体は熱いけれど、足先はもう既に冷え始めている。
ひどい冷え性のわたしは冬場になると足の冷たさで目が覚めることもあるくらいだ。
熱を取り戻すためにそっと足先を優しく揉んでみる。
喉の渇きを覚えたわたしは、のそのそと冷蔵庫まで四つんばいになって向かった。
彼がいたころとほとんど変わらない中身は、一人で処理をするのには多いくらいで、けれど一向に一人分の量に慣れないわたしは相変わらず買いすぎてしまう。
ミネラルウォーターを取り出す。
「そっちは寒い?」
『今日はまだ暖かかったよ。でも日に日に風が冷たくなってる』
「もう秋だもんね」
彼がこの部屋を去ってから早半年が経過した。
彼は都会へ、わたしは地元で就職した。
それからわたしたちは週一回、交代で電話をかけあうというルールを決めた。
今日は彼から電話をかける日だった。
特に話すことも見つからないときは、沈黙が続くことが多い。
けれど嫌な気持ちはしない。
相手の呼吸の音まで、こちらに伝わりそうだ。
「何を話そうか」
『今話してるじゃん』
「それもそうなんだけど」
二人で笑いあうこの瞬間が、わたしは好きだ。
わたしの知らない彼も、知っている彼も、すべてこのとき一体になるような気がする。
もしもし、と会話が途切れたらわたしたちは言う。
会いたい、の代わりにもしもしを使う。
言葉はたぶん、そんなに多くはいらないのだ。
一緒に暮らしていたときはもっと、辛いことも、苦しいこともたくさん、あったのに。
今は何だかそれすらも愛おしくて、早半年、けれどまだたったの六ヶ月しか経っていないのに遠い過去のような、そんな風に思えてくる。
「明日は何するの?」
『日曜だから、どうしようか。買い物するものいいな』
ああでも、やっぱり寝ていようか。
なんて、寝ることが大好きな彼はもごもごと言う。
ゆらゆらと揺れる声に、眠たいの、と声をかけたらんーん、と返事が返ってきた。
首を横に振る姿が、容易に想像できた。
「もう寝ようか」
『そうだね』
おやすみ、と言い合って電話を切る。
好きだよ、の代わりに、わたしたちはおやすみ、と言う。
言葉にしなくても伝わることって本当にあるんだと、離れてようやく気づくことができた。
先ほど取り出したミネナルウォーターを口に含むと、半乾きの髪のままベッドに横になる。
布団の中でもぞもぞと靴下を履くと、そっと目を閉じた。
彼の温かさを耳で感じる。
もしもし、と口の中で繰り返す。
来週は彼よりも早く、もしもし、と言おうと思いながら、わたしは眠りについた。
温かい気持ちになってもらえたら幸いです。表現力の乏しさに苦しみながら書きました……笑