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プロローグ1

 怨恨からの強盗だった。

 俺は妹の敵で、愛子は家族全員の敵。


 別に殺されたわけではない。ただちょっと、俺たちの家族が死ぬ原因を、あの家族が経営する会社の連中が作ってしまっただけで。

 心のどこかで、ただの八つ当たりだと知っていた。それでも俺たちは、心の中のドロドロした感情が消えなくて、まっとうにコツコツと生きることもできなくて。

 そうして、怨恨というこじつけを見つけて、金銭欲しさに強盗したのだ。

 少なくとも俺はそう頭の片隅で考えていた。


 決行は夜。豪邸は都心の住宅街で、そこそこ道路から敷地に入りやすい。まぁなんとかなるだろうと、俺たちは逃走の準備だけを念入りにして強盗に向かった。

 元々、こういう犯罪には詳しくないのだ。計画を立てようにもどうしていいか分からなかったし、たぶん分かってても元々の頭が良くない俺らでは立派な完全犯罪はできなかった。


 そんなこんなであまり深く考えず、とりあえず静かに侵入しようとしてみた。

 ガラスを綺麗に切ろうとしていたのに、うっかり失敗して音を立てた。

 何やらでかい犬に吠えられた。

 セキュリティらしきものが無さそうな感じだったのに、実はばっちりだったようで、サイレンの音が聞こえてきた。

 どこからどう見ても、侵入段階で失敗していた。


 こっちは俺と愛子の二人きり。


 とりあえず勢いで入ってしまった部屋で、慌てて金目の物を物色。本当は札束が欲しかったが、この部屋には無さそうだった。


 犬が部屋に飛び込んできたので逃げるように廊下に出て、飛び込んだ先には寝巻姿の奥さんがいた。何やら暗闇でも綺麗な色の敷物を抱えている。

 ちょうどいいので奥さんの腕から敷物を奪って、そのまま勢いで窓を開けて外に逃げ出した。

 後ろから奥さんの悲鳴が聞こえてきたが、それよりも警備員に捕まらずに逃げ切れるだろうかと焦っていて、俺はとにかく必死に走った。

 車に辿り着けば、逃げ切れるはずだ。


 逃走用の車に駆け込み、運転席から助手席に収穫物を投げ込む。

 愛子も後部座席に走り込んで、シートベルトも締めないまま車を出す。

 二人して息を切らしながらしばらく走り、大通りに出て車の波の一部になりすました。


 問題が発覚したのは、盗難車だった車を燃やそうとした時だった。


 下手に車を残して髪の毛だの指紋だのを採取されたらたまらないので、人さまに迷惑が少なそうな(?)海辺に停まり、愛子が盗んだ荷物をリュックとボストンバックに詰めていく。

 俺はその横でハンドルや素手で触った部分を雑巾で拭く。

 一応、万が一燃え残った時に指紋とか見つからないように。


 俺はこういう細かいところが気になるのだ。愛子はとても冷やかな目で見ていたが、万全を期して何が悪い。

 どうせ俺は小者だと開き直り、座席に灯油をかけようとした時だった。


「光司・・・」


 愛子が俺を呼んで、信じられないと責める目で見てきた。高級そうな敷物を抱えて。


「売れそうだろ?」


 何しろあの家の奥さんが大事そうに持っていたのだ。けっこう分厚い生地だし、良い物だと思う。

 ほら、絨毯って分厚いやつのほうが値段高いだろ?


「どうやって売るのこんなの・・・っ! あんたバカなんじゃないの!」


 愛子は夜中の海辺で叫んだ。潮風が叫び声を持って行く。


 俺には意味がわからない。布は売れないのか、古着は売れるのに。

 そんなことを思った俺は、愛子の次の言葉でようやく気付いた。何かがおかしいと。


「しかも、泣かないと思ったらなんか死んでんじゃないの・・・?」


 俺、ひょっとして犬とか猫がくるまれてる布盗った・・・?


 そう思ったが、違った。


 白くなった愛子が敷物を広げて、俺はようやく愛子の言っている意味を理解した。


 俺はなんと、赤ん坊を盗んでいた。

 しかも愛子の腕の中で、その子は動かない。


 え、死んでない? 生きてる?


 俺、思いっきり掴んだまま全力疾走して、助手席に投げ込みましたが。


 普通、赤ん坊て泣くよね? なのに泣いてないどころか動かないよ。


 俺、やっちゃった?


 ちょっと血の気が引いてきた。


 お金を奪ってこようとは思っていたが、誘拐とか人殺しになる予定はなかった。


 お金を盗むのにはちょっとだけ慣れていたが、暴力関係は免疫がない。人殺しとか無縁で生きてきた。


 知らぬ間に人殺しになってたとか、これ捕まったら死刑?


 ・・・・・・逃げよう。


 とりあえず、まず、逃げるのだ。


 俺は大きく息を吸い込んで、手に持った灯油を座席にぶっかける。


 愛子が詰めていたボストンバックをつかみ、既にリュックを背負っていた愛子を立たせる。愛子の腕の中には動かない赤ん坊がいる。


 俺は短く逃げるぞ、と愛子に声をかけ、車から少し離れて花火を取り出した。

 愛子がまだ白い顔のまま、ついてくる。


 ライターで火をつけて、開けておいたドアめがけて花火を投げた。


 車から小走りで離れると、背中から熱気が上がった。振り返ると車が燃えていた。


 愛子の腕を引いて走り出す。まだ警察の姿は見えない。深夜のせいか、人影もない。

 等間隔に並んだ街灯は揺らがず、遠くからはただ車の走る機械音が響く。俺と、後ろからついてくる愛子の呼吸だけが生々しく耳に入る。


 この世界に俺ら以外に生きてる人はいるのだろうか。


 無機質な街灯の下をいくつも通り抜けながら、俺の中にふとそんな思いが浮かんだ。


「ひ、だりっ・・・・・・」


 街中の森林公園に近づいて、愛子が声をあげた。

 今日はこの公園のキャンプ施設で隠れる予定だ。


 正規の門ではなくて、防犯カメラの死角から中に入る。

 俺たちは今日、夕方からずっとこの中にいたことになっている。


 誰に見とがめられることなく、テントに戻ることができた。

 元々平日でキャンプの客も少ないのがありがたかった。


 どちらともなく、荷物を地面に落してへたり込む。


 とさり、と愛子が腕の中の高級布を落とした。


 いや、赤ん坊なんだけど、もう布の塊だと思い込みたい。


 そんな逃避をしながら俺が布を見やると、布がかすかに動いた。


 胸が詰まった。


 動いたよね、動いたよね! なんか、動いた!


 そっと布を広げて、隠れていた顔を覗き込むと、赤ん坊の目は閉じたまま、口がもにゃっと動いた。


 はーぁぁぁぁぁ。生きてた・・・・・・。


 もう長いため息しか出てこない。

 横で同じように赤ん坊を見ていた愛子とともに、地面に本格的に倒れ込んだ。


 なんだか疲れた。


 よかった、死んでなかった。マジ奇跡。

 昔母さんが言ってたもん。俺が赤ん坊だった妹を投げようとした時。赤ちゃんは柔らかいから、乱暴なことしたらすぐに首が折れて死んじゃうって。

 だから、ダッシュしてふりまわして、助手席に投げても生きてるとかほんとうに感謝。


 これで死刑回避だぜって思ったら、俺はそのまま意識を手放してしまった。


 何しろいっぱいダッシュした。

 愛子も同じだったのだろう。盗んできた物もそのままに、お互いそのまま眠ってしまった。

 幸い、赤ん坊は泣かなかった。


 誰かに睡眠を邪魔されることなく、捕まることなく、俺たちは翌朝を迎えることができた。

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