部長命令
「な、那美さん? どうしてここに? 学校はどうしたの? 」
「ナミぴょんは学校になんか行ってないんだよ、お兄ちゃん。」
「那美からいつ思念体がでてくるかわからんのに、普通の学校に行かせられるわけないだろ、エロ新人。」
「お兄ちゃん、エロいの? 」
「あ、僕がエロいかエロくないかは別にして、那美さんはじゃあ、ここで教育を受けたんですか? 」
「そう。」
ふーん。どうりで。
「お兄ちゃん! なんで納得顔してんの?! もう、イジワルなんだから! エロイジワル!! 」
エロがパワーアップしているような言い方やめてください。
「那美さん、僕のこと『お兄ちゃん』と呼ぶのやめてくれないかな? 」
「えーなんで? ナミぴょん、気に入ってるのに。じゃあ、エロ兄ちゃん? 」
「エロから離れてください。」
「じゃ~あ~。惣亮にゃん。」
「にゃんって・・・。普通、上の名前で呼ぶでしょ、諫凪さんでお願いします。」
「えーーーー。そんな他人行儀なのヤダッ! 」
「僕たち、他人ですよね? 」
「ひどいっ! あの日の夜、永遠に二人一緒だよって誓ったのは嘘だったの?!」
「そんな事実ないですから。」
「惣亮にゃんが前世で言ったのよ! ひどいひどい! もう泣いちゃうから! 」
前世でも言ってないと確信できます。でも困ったことに、那美ちゃんの大きな目がウルウルして、ほんとに涙がたまってきました。
「あ”-っ、もうわかりました! お兄ちゃんで結構です。」
「わーい、お兄ちゃん、大好き! 」
といって、抱きつかれました。オレンジの髪から、柑橘系のシャンプーが薫ります。
「うほん。もうイチャイチャは終わったかな?」
「美禰子さん。」
「不二さんだ。昨日の邂逅ポイントについてレポートを送ったら、今朝部長から、新人に速やかに攻撃技をマスターさせよとの命令が出た。これからすぐ、ここに行きなさい。」
手渡されたのは、住所と『金剛流空手道場』と書いたメモ書きでした。
「そういえば、課長は?」
「課長は用があるときにしかここに顔を出さないよ。費用の前借りと、領収書を落とすとき。」
昨日の臨時収入の行方についてチカッと記憶がよみがえりましたが、同時に夕べの料理の味も思い出したので、無理やり記憶の外に飛ばすことにしました。
「それから、教育の一環として、那美を連れて行きなさい。」
・・・。
「お兄ちゃん? うれしいよね? ナミぴょんと一緒でうれしいよね? 」
張り付いた笑顔で二の腕をとると、少女とは思えない力でぎゅぎゅーっとつねります。いってえ!
「お・に・い・ちゃん? 」
ぎゅぎゅぎゅーーー
「・・・ はい、よろこんで。」
☆
清掃会社の作業着から、ポロシャツとジーンズに着替え、空手道着と換えの下着とタオルの入ったスポーツバッグを持って、道場に向かいます。那美ちゃんはニコニコしながら、僕についてきます。その小さな肩には、僕とおそろいのスポーツバッグをぶら下げています。
「那美さんも、空手やるの?」
「うん! ナミぴょん、結構強いんだぞー、えいっ! 」
小さな拳で、こつんと僕の肩をつつきます。・・・可愛いなあ。
「ははは。那美さん強そうだけど、黒帯とか持ってたりして?」
「うん! 」
「え? ・・・ まさか初段?」
「ううん! 3段! 」
教育されるのは、もしかして、僕の方なの?! ふと、先ほどつねられた二の腕が痛みます。
「ふんふんふーん♪ お兄ちゃん、ぼっこぼこ~♪ ふんふんふーん♪ フルぼっこ~♪ 」
不穏な鼻歌が聞こえた気がしますが、きっと二日酔いのせいでしょう。
まだ朝なので大丈夫だろうと思い、地下鉄で道場の最寄駅まで行きました。夜地下鉄を利用するのは大変危険で、ならず者か外国人しか乗っていません。
最寄駅から10分ほど歩いて、目指す道場に到着。プレハブ小屋に、不釣り合いなほど大きな「金剛流空手 柔道整復師 百襲」と大書した木の看板が掛けられています。
「おはようご・・・」
「たのもおおおおおーーーー!!! 」
僕の声をかき消すように、那美ちゃんが大声で訪問を告げます。
空手道場の師匠ってどんな人だろう、きっと香港映画のあのスターのような人か、あるいは枯れ切ったじいさんなんだけど実は強い、みたいな人・・・ 勝手な想像をしていたところ、
「ただいま参ります。」
凛と涼やかな声が奥から聞こえました。やがてプレハブの入り口に現れたのは、白い空手着に黒い袴をはいた出で立ち、すらりと背の高い、ベリーショートな黒髪の美女でした。
「この道場を預かっております、百襲姫子と申します。不二さんから連絡を受けております。あなたが、エロさんですね? 」
「・・・ いえ、諫凪惣亮と申します。」
「あら? エロ惣亮さんって、お名前じゃなかったのですか? ごめんなさいっ! 」横を向いて、くっくっくと笑ってます。
「今日はナミぴょんもシュギョーするよ! よろしくね、姫先生! 」
「はい、歓迎しますよ。さ、二人とも中に入って。」
・・・ 修行する前から疲れてしまいました。