割烹すなっく『とくとく』
シュルルル・・・ 大きなイノシシがしぼんでいき、ピンクのブラウスのおばさんに戻っていきます・・・
いや、待てよ? 確かさっき、服は・・・
「きゃあぁぁぁああああああ!!!」
夜の住宅街におばさんの絶叫が響きわたります。そうです、おばさん、真っ裸なのです。もちろん! 見たくなんかありません。
絶叫を聞きつけたのか、SG信仰会の建物から中年の男女が数人でてきました。
「あ! 何やってんだ! 」
「・・・? もしかして、支部長? 」
「あ、支部長だ! おお、お前ら、まさか支部長を・・・?」
「おいおい、待ってくれよ! いくらなんでも、ババ・・ いや、そんな趣味ないぜ。」と課長。
「ひどいっ! じゃ何で支部長裸なのよ! ヘンタイ! 」
「警察だ、警察を呼べ! 」
「その前に、毛布とか服とか持ってきたらどうですか? 」
僕の声に少し冷静さを取り戻したのか、女性が建物に戻って行き、毛布を持ってきて裸の支部長さんにかけてあげました。
「支部長が何で裸なのか、説明しろ! それに、体のあちこちにケガをしているじゃないか。」
人のこと責めてますけど、あなたしっかり見てるじゃないですか、支部長さんの裸。
課長、あごに手をやって、考え深げに・・・
「カマイタチだ。」
「「「???」」」
全員が呆気にとられます。
「ミニ竜巻だよ、た・つ・ま・き。ビュビュビューって空気の渦巻きができてさ、このおばさん・・支部長さんを包んじゃって、ピシピシピシーって服を引き裂いちゃったんだよ。俺らそれを目撃したところなんだ。」
いい年をした男が、擬音だらけで説明するのはみっともないと思います。
ピピピピーッ! 警笛を鳴らしつつ、おまわりさんがやってきました。
「こいつらか、怪しいやつとは! お前たち、何者だ? 名を名乗れ? どこからきた? 」
来年あたり、定年退職かなとおぼしき老年のおまわりさんでした。そう矢次ばやに聞かれても返答に困ります。
「あー、僕たち、こういう者です。」
僕は、公安省から支給されている、警察記章、いわゆるバッジを見せました。もちろん、ニセモノです。公安省特務部の職員には、官命詐称の罪は適用されません。
「あ、本庁の方々でしたか! 」ピシッと敬礼してくれました。
SG信仰会の人たちの顔に、安堵の気分があらわれました。
「本庁の方々がカマイタチとおっしゃるなら、間違いないだろう。さ、支部長さんも早く服を着て、みんな解散! 」
「ちょっと待った、支部長さん。はいこれ、忘れ物。」
課長は支部長さんに、『なんでもスラッシャー』を渡しました。
☆
波乱の初日を終え、「歓迎会」とやらでN野区にある割烹スナック『とくとく』に来ています。
ママさんは和服を着た美人で、年のころは40代前半といったところでしょうか、なんともいえない色気があふれ出ています。ここ、毎日通おうかな。
「邂逅ポイントは、西急デパートのあの階に出ることがわかってたんだ。そこでだ、このスマートな俺様ちゃんは、あそこで実演販売をしようと考えた。わかるか? 新人。」
課長さん、結構出来上がってきました。ビール大ジョッキを飲み干し、麦焼酎のロックを飲っています。僕はまだ、ビールのジョッキを半分あけられていません。
「思念体が誰狙ってんかなんて、わからねぇからよ。フロア中ぷよぷよ飛びまわられたんじゃ、逃がすかもしれないだろ? そこで、邂逅ポイントの下に人集めちゃえばいいんだってひらめいちゃったんだな、これが! 催事場フロアだもん、やることは実演販売が最適だねっ! えへっ! 」
きもい、やめろおっさん。
「はい、これ、さばの竜田揚げ。ビールに合うわよ。」
おっうまそっ。一口食べてみます。さくさくジューシー、良質な魚の脂が口の中にひろがります。
「おいしいです、これ! 」
ママさん、にこっと微笑みをかえしてくれました。いかん、ほれてしまいそうだ。ママさん、年下、オーケーかな?
「思念体の野郎はよ、なぜか権力あるやつに憑依するみてぇなんだ。フランス革命後のナポレオンとか、第二次大戦のヒトラーとか、戦後のスターリンとか、憑依体だったんじゃないかって。証拠も発見されてきたみてぇだぞ。それであのイノシシおばさん、SG信仰会の東京支部長だろ。SG信仰会内部でもトップグループの中の一人で、あの会の親玉にも随分と気に入られているんだって。そんなのが思念体に支配されたら、やばかったよなあ。」
「じゃあ、思念体はわざわざ、権力者を狙って邂逅ポイントを作るんでしょうか?」
「それはないんじゃないかなー。それができるんなら、それこそSG信仰会の親玉とかアメリカ大統領だとかの居場所にポイントを発現させればいいんだし。現にやってないってことは、邂逅ポイント自体は偶然で、思念体は一瞬にして憑依候補の中から一番偉い奴に憑依するっていうところかな。随分効率悪いが、あちらさんも、ままならねぇことがあるんだろうよ。あ、ママ、焼酎お代わりね。」
「ピッチ早すぎよ。」
「まあそう言うねぇ。今夜はこいつの歓迎会だし、早速特務課の洗礼を受けてもらいましょう! さあ、新人、いつまでビール飲んでんだ、次いけ、次! 」
「課長、そういえばホントに実演販売の売り上げでここ、払うんですか? 」
「そうだよ。職務上行ったフェイクの商売での上がりは、もらっていいという暗黙の了解なのだ。」
「ふーん。でも仕入れは確か、課の予算から出してませんでしたか?」
「・・・ じゃ、原材料費は戻すということで。」
「嘘ですね?! 嘘だったんですね?! どうすんですか、支払? 僕給料まだもらってないし・・ 」
「心配するな、新人! 解決策は、君がすこーし健忘症になればよいのだ! ところでだな・・・ 」
ガラガラガラ
「わんばんこーっ!! 」
思わずずっこけそうになる超レトロなギャグ挨拶とともに、セーラー服の女の子が入ってきた。