接吻
「来る・・・ 『反乱分子』が・・・ 」
ここは割烹スナック『とくとく』。あるミッションを完了した後、公安省特特課のメンバーで打ち上げをしていましたが、突然、課長の義理の娘天照那美ちゃんがカウンターに突っ伏してしまったのです。
那美ちゃんには、思念体が憑依しています。その思念体は、他の思念体と違ってこの世の人間を支配しようとはせず、むしろ異世界の情報を流し、こちら側を助けようとしているのです。ゆえに、『反乱分子』。その思念体さんとは、今日はじめてお目にかかります。
がばっ
那美ちゃんが起きあがりました。髪の毛にピンク色の光がまとい、煙のようにゆらゆらしています。那美ちゃんの目が、赤く光っています。
「EPPS(Enhanced Psychic Powers System)で記録開始」 百襲主任が事務的に言いました。
「673984952727384749・・・ 」
なな、何? 数字? ものすごい勢いで、那美ちゃんの口から数字の羅列が飛び出します。
「9773728293149347282・・・ 」
「課長、これって一体・・・? 」
「しっ! 静かに! 」
課長が僕を手招きしました。課長の席に近寄り、
「・・・ いつもこんななんですか? 」
課長はひそひそ声で、
「ああ。突然現れて、数字をダダーッと早口でまくしたてるんだ・・・ これを分析するとよ、いろいろなことがわかるんだと」
「いろいろなことって、例えば? 確か、EPPSも反乱分子のくれた情報から開発されたんですよね? 」
「その通り。この間現れたときは、あのイノシシになった思念体の『邂逅ポイント』を知らせてくれたんだ」
邂逅ポイントは、異世界とこの世との間に亀裂が生じ、そこから思念体が浸潤してくるポイントのことだ。
「ははぁ、じゃ、そのときもこんな風に数字を? 」
「ああ、そうだ」
「・・・ 」
那美ちゃん、いえ『反乱分子』が突然口をつぐみました。僕のことをじっと見ているようです。それにしても、おっかない目だなあ。
「あ、はじめまして。僕、諫凪惣亮といいます」
「・・・ いざ・・・ なぎ・・・? 」
百襲主任が驚いて、
「反乱分子がしゃべった! 」
「え? しゃべったことないんですか? 」
「ええ、少なくとも私は今日はじめて見た」
「俺もだ」と課長。
そうだ、この間危ないと思った、あのことを聞いてみよう。
「あのお、一つ質問していいですか? 『結界』なんですけど、あれ人間に見えなくするだけなんで、結構危ないんです。憑依体との格闘中一般人にぶつかったりしないように、改良できないですかね? 」
「・・・ 2736482920484・・・ 」
また数字に戻った。でもこの数字たち、僕の質問に対する回答なんだろうか?
「・・・ 」
また、反乱分子さんが口を閉ざしました。また、僕のことをじっと見つめていらっしゃいます。
「あの、那美ちゃんは無事ですか? 」
我ながら、マヌケな質問をしてしまった。だって、完全に人格(?)が違っているみたいで、こわいんだもん。
「・・・ いざなぎ」
それだけ言うと、突然僕の方に体を預けてきました。
「??? あの、顔が近・・・ 」
・・・ 唇をふさがれました。何でって? セーラー服女子高生の柔らかい唇です。
生まれてから2回目の異性とのキス(但し母親を除く。)。先日、『やんちゃレディース』の元総長さんに唇を頂かれてしまいましたが、今日は反乱分子さん(だよね?)。頭の中がしびれて、目がスパークして・・・
反乱分子さんの思念が、ほんの少し僕の頭の中に流れてきました。この気持ちはなんだろう・・・? 苦しい、切ない、哀しい・・・ 気の遠くなるくらい昔の、別離・・・?
「ばかっ! やめろ! 許さんぞこらっ! 」
怒れる父親、すなわち課長に甘美なひとときを中断されてしまいました。僕が課長に頭をかなり本気モードでボカスカ殴られている間に、那美ちゃんがまたカウンターに突っ伏してしまいました。
ガバッ!
勢いよく頭をあげた那美ちゃん。
「・・・ 今、来てた? 」
全員で、こくんこくんと頷きます。
「・・・ あたし、何かやらかしたような・・・ お兄ちゃん? 」
那美ちゃん、僕をじっとみつめます。いつものオレンジに近い茶髪に、薄茶っぽい目に戻っています。あの禍々したオーラは消えています。
でもなぜか・・・ ドキドキします。心臓の音、聞かれないだろうか・・・
那美ちゃん、指をそっと伸ばし、僕の唇に触れました。
「・・・ あたしのリップクリーム・・・ まさか?! 」
「あ、いや、ほら、なんちゅうか、反乱分子さんなわけで、那美ちゃんじゃないわけで、なんかきっと理由があるわけで、ほら、人間のそれと意味が違うかもしれないし・・・ 」
「いやあああ! ずるいずるい! お兄ちゃんはナミぴょんのだもん! 」
と叫ぶと、那美ちゃんは勢いよく僕に唇を押しつけてきました。がちん! 前歯が当たり、けっこう痛いです。
「今度こそ、絶対だめー!! 」
課長の叫び声がしましたが、瞬間僕の首の後ろに鈍痛を感じ、そのまま僕の意識が飛んで行きました。
後から確認したところによると、課長は僕に手刀をくらわしたそうです。いつか、きっと、必ず、故なき暴力は己をも苛むものだということを身をもって理解させてあげようと決意しました。
ともかく、今回は異例続きで、『反乱分子』が数字以外の言葉を口にしたことも初めてだし、反乱分子が表にでていたときの記憶を那美ちゃんが少しでも保持していたことも、初めてのようです。