僕の必殺技
若頭後藤康雄はやはり、憑依体でした。我ら公安省特特課に追い詰められ、巨大なカマキリに変身しました。
ブンッ!
カマキリの鎌が横殴りに走ります。空気が裂ける音がしました。百襲主任と僕は、ぱっと後ろに飛び退ります。
百襲主任は、飛びのいた位置から、カマキリの背中を蹴りつけます。大きい腹部がぼよんと波打っただけでした。巨大カマキリは、三角形の頭を百襲主任に向けるとすぐに腕の鎌で切りつけます。ヒュッ!
百襲主任の腰紐が切られ、袴がストンと落ちました。
「きゃっ」
袴の下は、生足・・・。道着の下部からちらちら見える、薄桃色の・・・ おぱんちゅ。百襲主任は、前を両手でおさえて、うずくまります。
すかさず、カマキリの鎌が僕の方に水平に飛んできます。ヒュッ!
腕で受けたら、腕が瞬時に切られてしまいます。ぱっと腰を沈めて、鎌の水平面を平手で押し上げ、インパクトを避けました。別の腕の鎌が僕の斜め右上から振り降ろされます。体を右横に裂け、右手のひらを左方向に出し、鎌の平面を押します。
「だ、だめだ! 近づけない! 」
近づけないと、憑依体の弱点である心臓をつけません。課長が心裡剣を正眼に構えました。
「うおりゃ~~!! 」
気合一発、課長が心裡剣でカマキリに向かって切りかかります。
カィーーーン!!
火花が散ります。巨大カマキリは鎌で心裡剣の刃を受け、じりじりと課長を押していきます。
ジャキン! 巨大カマキリの力押しに負け、課長が後ろに飛ばされました。すかさず襲いかかるカマキリ! 危ない! 僕は巨大カマキリの鎌に向けて飛び蹴りを食らわしました。よろけるカマキリ。チクリ、痛みが太ももに走ります。しまった、鎌で少し切ってしまったようです。ズボンが裂け、血がにじんできました。あー、このズボンもう、修理きかないな~。
「諫凪君! これ使って! 」
さっきまでうずくまっていた百襲主任、道着の懐から銀色に光るものを取り出しました。パンツ丸見え。あ、いや今はそれどころでなく。道着から出てきたものは、手袋?
「特務部技術課特製の長手袋! 超合金製よ! 」
ぽいっと手袋を投げます。受け取って手にはめましたが、腕の半分まで隠れます。テラテラと銀色に輝きメタルな雰囲気を醸し出していますが、見た目にかかわらず柔らかく、そして軽いです。
後ろからカマキリの気配。頭の上から鎌が降りてきます! 振り向きざま、超合金手袋をはめた腕で下から鎌を受けます。
カィーーーン!!
おお! これはいい! 切れてないっす。腕には何の損傷もありません。よし、行ける!
カキン! カキン! カキン! カキン!
連続パンチのように僕を襲ってくる鎌を、超合金手袋で防御しながら、カマキリに迫っていきます。そうです、百襲主任の特訓どおり、防御しながら、隙をねらいます。
「グモォオオオ! 」
巨大カマキリが咆哮をあげました。カマキリって、鳴くんだ。しかも、カマ~とかじゃないんだ。
大技がくる! カマキリは両腕を大きくひろげ、僕を抱きかかえるようにして、両鎌のハサミを閉じようとします!
腰を思い切り落とし、頭の上の両鎌を避けます。チリッ! 髪の毛が結構な量、切られた感触が。両足に力をこめ地面を蹴り、カマキリの腹に頭突きをくらわします。ぼにゅん!
カマキリが後ろによろけ、両腕を広げたところに、僕の右ストレートで胸の真ん中を打ちます!
どうだ、超合金パンチ! ガツン!
カマキリの動きが停まりました。「課長! お願いします! 」
課長は、心裡剣でカマキリの後ろから心臓を突き抜けるように刺しました。
心裡剣が突き出た胸の穴から、ピンク色の煙が立ち上ってきます。思念体です。
「確保します! 」 万年筆タイプの思念体捕獲機で、ピンクの煙を吸い取ります。
「ミッション・コンプリート」僕は、EPPSを通じ『指令室』に報告しました。
「あ、お前! それ、課長の役目だ! 」
「ええ! す、すいません! 知りませんでした」
まるでしゅるしゅると音がするように、カマキリが縮み、裸の男に変身していきます。
「課長、若頭とゴリ店長、どうしましょうか。」
「ゴリ店長ってこいつのことか? あー、放っておいていいんじゃね? バンと銃置いてさ。そうしたら、警察が適正に始末してくれることでしょうってことで」
腰紐の切れた袴を手で持ち上げながら、百襲主任が切なげに提案しました。
「は、早く撤収しましょう」
☆
巨大カマキリを退治してから、さらに数日経ちました。僕は田舎に帰るという名目で、キャバクラ『やんちゃレディース』を退職しました。ちょっと意外だったのは、レディースの皆さんがそれはそれはお怒りで、なだめすかすは泣きわめくは抱きつくはで、『辞めるんじゃねえ』と引きとめてくれたことです。とくに、元総長さん、たわわな胸に僕の頭をうずめるように抱っこしてくれて、おまけにチューまでしてくれました。「こいつには、こいつの事情があんだよ。みんな、もう引き留めるんじゃねえ。・・・ ボクちゃん、元気でな」
今晩は、久しぶりの割烹スナック『とくとく』です。カラカラと引き戸を開けます。
「こんばんは~。あ! 主任! 」
百襲主任が席にいらっしゃいました。
「おい、こっちは? 」
「・・・ と課長」
「ずいぶんなご挨拶だな」
「お兄ちゃん! ナミぴょんもいるのに! ナミぴょんもいるのに! 」
「はいはい。那美さん、お元気なようで、なによりです」
「ぶー! お兄ちゃんのいけず! 」
ママさんが、「まぁまぁ、みんな久しぶりなんだから、仲良くね」と仲裁に入ってくれました。今日のお通しは、冬瓜の鶏そぼろあんかけです。緑が美しい。
「課長、あの後若頭、どうなったんですかね、ご存知ですか? 」
「んー、消えた」
「消えた? 」
「思念体が抜けると、あいつはキレ者じゃないただのヤクザ。でも至誠会の守旧派からすると、危険人物のまま。行方しれずになって、ずいぶん経ちます。いまごろ、東京湾の底で、お魚さんでも眺めてるんじゃないかな~」
うぐ。なんだか、気の毒な気がします。
「銀座の店も、諫凪君の大好きな『やんちゃレディース』も、堅気の人達に売られたわよ。元総長さん、キャバ嬢を引退して、店長やってるようよ、今度行ってみたら? 」
元総長さんのチューを思い出しました。
「お兄ちゃん?? 何で顔赤くなってんの?? ちょっと! 可愛い妻にわかるように説明して! 」
「こら、父さんは結婚なんか認めてないぞ、とくに女装男とは」
ぶほっ! 鼻からビールを吹きだしてしまいました。ツーンと鼻腔上部が痛みます。
「課長、那美さんから何聞いたかしらないですが、それは誤解でして・・・」
「まぁ、いいじゃないか、若いんだし。俺も少しは気持ち、わかるよ」
・・・って聞く耳もたねえし。
「稲山会の方は、どうしたんですか? やっぱり、百襲主任のツテですか? 」
「ええ。特暴課はなにかと稲山会に便宜を図ってきたこともあるしね。今回は『稲山会』の名前を借りただけだけど、何人かの幹部が犯した罪について、すこーしお目こぼしをすることを条件にしたの。」
「そ、そうですか・・・」
それは何だかなー、いいのかなー、公務員として。
がたん!
どうしたことでしょう、那美ちゃんが突然、カウンターに突っ伏してしまいました。
「来る・・・」
え? 何がですか? それより、那美ちゃん、大丈夫ですか?!
「来るぞ・・・ 『反乱分子』が」