蟷螂
「後藤さん、じゃあ、取引と行きましょうか。」
テラテラ紫スーツの課長が若頭に話しかけます。よっこらしょという掛け声とともに、ベンツのバンの中から、スーツケースを運びだしました。
かしゃかしゃとロックを解除して、スーツケースの半分を開き、若頭をあごで呼びつけます。
「ご注文のブツだ。」
若頭、近づいていって中をのぞき、黒光りする物体を手に取りました。・・・ 小銃です。ひとつだけじゃなく、いくつか入っているようです。
若頭、こちらを振り返って、ゴリ店長を手招きしました。ゴリ店長、ゴルフバックを持って若頭に近づき、頭の部分のチャックを開けました。課長、手を突っ込んで中身をひとつ、とりだしました。・・・札束です。
ゴリ店長はゴルフバックを課長に渡し、ふりむいて僕を呼びつけました。
「おい、これを車に入れろ。・・・ お前、中身見たか? 」
「え? なんのことですか? 」おもいっきりすっとぼけました。
「・・・ 早く運べ。」
はーい、と言いつつスーツケースを持ち上げましたが・・・ クソ重い! ひぃひぃ言いながら、やんちゃレディースのバンに運び入れました。
「後藤さんよ、至誠会に妙な動きがあるんだが、承知してるかい? 」
「妙な・・・? いや、それはどういうことだ、稲山の。」
「的屋の親分たちがさ、お前さんをつけ狙ってるとよ。こっちの動きが漏れてんじゃねぇか? 」
「ふん。老いぼれ達に何ができる。」
「頼もしいこった。でもよ、万が一の間違いでもこっちは大損だ。『対策』についてビジネスマン同志、話し合いたいってよ、うちの会長が。これからちょっと顔貸してくれねえか。」
「物騒なことだな。怖くていけねえよ。」
「こっちは俺と会長だけだ。お前さんとこのバンで、●●ホテルまで行こう。そこに会長がいらっしゃる。お前さんとこのバンなら、今渡したブツもあるだろ? こっちに変な動きがあったら、ぶっ放せばいいさ。」
「承知した。」
課長が乗ってきたベンツのバンは、課長を置いて走り去って行きました。課長がやんちゃレディースのバンに乗り込んできました。
「お邪魔しますよ。」 片手で空を切りながら、後ろの方の座席に座りました。まったく余計な挨拶です。サラリーマンじゃないんだから。今、やくざなんだから。
一番近くの高速出口で降りて、渋滞にまきこまれることなく、すぐにめざすホテルの駐車場に入れました。
「コード194(イチキュウヨン)」
突然、EPPSから『指令室』不二さんの声が耳に流れ込みます。
え・・・ ここでやるのか? コード194とは、結界を張って憑依体を追い詰めることです。念のためですが、決して『イクヨ』とは読みません。もっとも、ダジャレ好きの多い部ですので、番号の元はそんなところかも知れません。
駐車場は比較的空いており、僕たちの外に人影がありません。
バンの横開きの戸を開けて、若頭、ゴリ店長、課長が降りました。
「稲山の。会長はどこだ? 」
課長は、くいっとあごを前方に向けました。そこからやってきた者は・・・
白の道着に朱袴、長い髪の毛を後ろでひとつに束ねた女性です。
「エリ? エリじゃないか。なんだその格好は。いやそれよりも、どうしてここに? 」
エリと呼ばれた女性は、若頭の経営する銀座のクラブに潜入した、我らが百襲主任。
「諫凪君、一般人を排除。」
僕はゴリ店長の襟首に思いっきり手刀を打ち込みました。うぐっとうめいて、ゴリ店長が前のめりに倒れ込む前に、そのごつい尻に蹴りを入れました。
「し足りないけど、しかえし。」
どさっ
「お前ら、一体何者だ? 稲山会じゃないな? 」
「指令室、結界をお願いします! 」僕は若頭の声を遮るように叫びました。
パシーーーーーッ!!!!
薄桃色の霧が立ち込めました。結界は、万が一一般人が現場に紛れ込んでも、心裡操作で僕たちと憑依体が見えないようにする技術です。見えなくするだけで、一般人と当たったりぶつかったりしたら、ケガさせちゃうことになります。だから、憑依体と対決するときは、他人が入ってこない、しかも戦えるだけ広い場所が必要なのです。システムの改善が望まれます。那美ちゃん、なんとかできないでしょうか。
「お前が異世界から来た思念体であることはわかってるんだ。」
「エリ? 何言ってんだ、頭おかしいのか? 」
「とぼけてもダメ! 」といいざま、百襲主任が若頭の顔めがけてハイキックを決めにかかります。辛くも頭を後ろに避けましたが、つま先が頬をかすめたようです。若頭の頬から、つーっと一筋、血が流れます。
うるるるるるぅ・・・
若頭が低く唸ると、ぶちぶちぶちっとワイシャツのボタンが飛びました。
ふしゅーっ・・・
結界内に、熱気が立ち込めます。若頭の体がぐんぐん大きくなり、肌が黄緑に変色していきました。腕が細くなって鎌状に変形し、頭が逆三角形になり目がぎょろりと大きくなりました。腹が後ろに向かって大きくなり、足が長く延びましたが大きく折りたたまれています。
「カ・・・ カマキリ! 」