課長の工作
「おい、お前明日な、昼に店に来れるか? 」
お店が始まる前、さいたまレディースの面々を無事店にお届けしたとき、ゴリ店長が僕に言いました。
「明日昼だよ、わかったな? 」ボスっ。尻を蹴りあげられます。
「は、はい! 」
間違えてはいけません。ゴリ店長は、話すとき語尾が上がっているときでも、けして質問ではなく、確定的命令であることが多いのです。
「わかりました。で、何をすればよろしいのでしょうか? 」
精一杯、忠実な下僕の振りをして聞いてみました。
「あ? 車転がしてもらう。それ以上聞いたら、まぐろ漁船にしっ出向命令だすよ? 」
出向命令のところで噛んでます。最近憶えたての言葉なのでしょう、明らかに使い慣れてません。
「できれば食べるだけにしたいので、明日は一生懸命運転させていただきます! 」
つまらなそうに、ゴリ店長は事務室に消えて行きました。
「ホール長さん、仕入れ行ってきます。」「おうよ! 」
ピスタチオ、鱈チーズ、キスチョコなど乾き物と、特大ペットボトルのウイスキー『レッド』を、お店近くのペンギンマークのディスカウントストアーに買いに出かけました。ちなみに『レッド』は、お店ではシーバス・リーガルに化けます。いいんです、お客さんは味を求めに来ているのじゃないのですから。
さて、道すがら、EPPS(Enhanced Psychic Powers System)で『指令室』に連絡をとります。
「こちら諫凪。店長から、明日昼に車を運転しろと命令されました。背景情報ありますか? 」
「明日、稲山会がターゲット(後藤若頭)に接触予定。稲山会とターゲットとで、武器の売買が行われます。」
「了解。そのまま流れでよろしいのでしょうか。」
「課長が工作中。現場の指示に従って下さい。」
「・・・ 了解。」
一体どういう工作だろう。情報が少ないのは、不安の素だ。
「お兄ちゃん! 」
「那美ちゃん?! だめじゃないか、EPPSを勝手に使っちゃ! 」
「勝手じゃないもん! ナミぴょんは特別なの! いつでも介入できるの! 」
「『指令室』、本当ですか? 」
「本当です。『反乱分子』の特権です。EPPSは反乱分子なくして完成できませんでしたから。」
「お兄ちゃん? 女装はだめだよ? 女装したくなったら、ナミぴょんに言うんだよ? 二人きりのとき、ナミぴょんのを貸してあげるからね? 」
「・・・ そんな趣味ねえし。那美ちゃん、やっぱり勘違いしてる! それに今仕事中! 」
「この件は特務部長に報告させていただきます。では。」
ぷち。突然EPPS通信が切断された。あ、ちくしょう! 『指令室』特務課担当の不二美禰子さんは、僕に恨みでもあるのでしょうか。
☆
翌日お昼少し前に、お店に到着しました。ゴリ店長、なんと、あわいピンクのポロシャツに白いスラックス、ゴルフバックなんぞ抱えてます。早朝ならともかく、お昼過ぎにはあまりみかけない格好のように思います。彼なりに、世間に溶け込もうとしたのでしょう。
「おら、行くぞ。」
ばしんっとお尻を蹴られます。行き先は、某高速道路、錦S町近くのパーキングエリアです。
パーキングエリアにお店のバンを駐車すると、すぐにシルバーのベントレーが入ってきました。運転席からババっと五分刈りの兄ちゃんが出てきたかと思うと、後部座席のドアを開けます。
のっそりと白いスーツの若頭が降りてきます。黒髪をバックになでつけ、ナイフで切ったような細い目。細面に白い肌。
「ご苦労さまです! 」ゴリ店長が叫びます。
すかさず僕の後頭部にゲンコが飛びます。
「ご、ご苦労さまです! 」慌てて挨拶しましたが、僕は何も杯を交わした舎弟ではありません。もちろん、そんなことは飲み込むほかないわけですが。
「持ってきたか? 」
「へい。」といってゴリ店長はゴルフバックの頭をぽんっと手ではたきます。
不二さんは、武器売買って言ってたな。てことは、あのバックの中は、集団の諭吉さんが入っていらっしゃるのだろう。
すうっと、黒い大きなベンツのバンが入ってきました。若頭と僕らの前に、ピタッと停車し、横開きのドアが、パフ・シューと開きます。
そこから降りてきた人物は・・・
ぶほっ。思わず、鼻水を吹いてしまうところでした。工作って、こういうこと?
紫でテラテラの素材でできたスーツに、古臭いグラサン、ちょっと薄めな髪の毛をぴっちゃんこと後ろになでつけた50前のおっさんが出てきたのです。
そうです、我らが天照課長です。