間隙を縫う
だぁーーーー!!!
またひっくり返された・・・。今朝は既に10回転んでいます。百襲主任のおっぱ・・・胸には1回も手拳が入りません。
「もう一回お願いします! 」
百襲主任は、至誠会が経営する銀座の高級クラブにもぐりこみ、ターゲットである若頭後藤康雄との接近に成功しています。強いだけじゃなく、綺麗で仕事もできる。パーフェクト・ウーマンとは、彼女のことです。
パシッパシッパシッ!!! 拳の突きが僕に向かって打ち出されます。それを平手でかわしながら後退します。くるりと回転して、攻撃に転じます。パシッパシッパシッ!!! 正拳突きを繰り返します。白く細い腕で、華麗にかわされてしまいました。
主任は、攻撃に移ろうと、右足を振り上げ横蹴りを僕に入れようとしました。僕は彼女の足をよけるのではなく、そのまま足に巻き込まれるように、蹴りの力を利用して彼女の方に体を回転させ近づきます。
「なっ!?」
彼女の顔10cm前から、右手の平で彼女の胸の間、胸骨の部分をトンと押しました。
「やった! 初めてできた! 」
主任は腕で胸を包むようにして、真っ赤な顔で僕を睨んでました。そして気を取り直したように、「も、もう一度! 」と仰ると、先ほどに倍する勢いで拳が繰り出されます。今度はよけるだけで精いっぱいで、敢え無くダウン。「まだまだ~!! 」なんだか主任のエス心に火をつけてしまったようで、この日は二度と主任の胸を突くことはできませんでした。でも、攻略法、見えてきた気がします。
稽古が終って、道場のシャワー室で汗を流してから、少し主任と話をすることができました。
「若頭、組を飛び出すつもりらしいわよ。」
「え? 至誠会をやめるということですか? 」
「そうね。自分に従う若い連中を全部連れて、『稲山会』と合流する計画よ。」
「稲山会って、関東じゃ構成員数ナンバーワンの組織じゃないすか。」
「当然、守旧派は面白くない。でも稲山会と正面衝突したらつぶされるのは至誠会だから、合流する前に、若頭一派をナンとかしようとするでしょうね。」
「そこに、隙が生じそうですね。」
「ええ。課長が工作に入ったらしいわ。」
忘れてました。おっさん課長のこと、長らく忘れてました。そういえば、今日は那美ちゃん稽古休んでるな。どうしたんだろう?
☆
道場を後にして、自分のアパートに戻りました。さいたまにレディースを迎えに行く少しの間、お昼ごはんと休憩を楽しむのがこのところの日課です。
がちゃがちゃ・・・ あれ? 違和感が。鍵かけてったはずなのに、開いてる?
僕は緊張感を高め息を殺し、自分のアパートに入って行きます。僕の素状が組にバレた?
リビングに入ろうとしたとき・・・
「お兄ちゃんっ! 」
顔を真っ赤にして、怒りをあらわにしている那美ちゃんが立っていました。
「あれ? どうして僕のうちへ? 鍵はどうしたの? 」
「不二さんに言って、鍵渡してもらったの! そんな些細なことはどうでもいいのですっ! 」
些細でしょうか。たしかにここは、公安省が借りている物件ですが、僕にはプライバシーはないのでしょうか。指令室の不二さん、僕に無断で部屋の合鍵を他人に渡すのもどうかと思いますけど?
「お兄ちゃん。これを可愛い妻にわかるように、説明してご覧なさい。」
手には、赤いジャージ(下)と、大柄なピンクの女性用下着、いわゆるパンティーが握られています。あ、ボクちゃんハウス嘔吐事件のとき、レディースの一人から借りたというか、もらったアイテムです。あれ? 今妻とか何だとか、さらっと変なこと言いませんでしたか?
「お兄ちゃん? 私というものがありながら、まさか、おおおんなの人を、ここに泊めたりして、そのええええっちなこと・・!!! 」
「あ、いや、これ僕のです。」
「なんですってぇぇええええ!!! まさかっ! そんなっ! 」
那美ちゃん、今度は顔が青ざめています。・・・ 盛大に勘違いしてませんか? 僕のものと言ったって、これらは緊急避難的にいただいたアイテムで、こういうものを履く趣味があるとかそういうのじゃありませんよ?
「・・・ しっかりして、ナミぴょん! まだ、直る。幼い妻の献身的な愛で、きっと立ち直らせて見せる・・・ 」
ぶつぶつ言って、那美ちゃん、そのままふらぁっとアパートを出て行ってしまいました。
なんなんだろ、あの娘。
ふと気がつくと、テーブルの上におにぎりが3個、ラップに包まれておいてありました。キッチンの鍋には、まだ熱いお味噌汁までありました。那美ちゃん、作ってくれたんだ。カップラーメンが続いていたので、ありがたい。部屋を見渡すと、だいぶ綺麗になってます。掃除もしてくれたようです。
ラップをはがし、おにぎりを一つとって、口に運びます。んまい! ちょっとしょっぱいかなと思ったけど、ともかく嬉しい。那美ちゃんが思念体に憑依されている、コードネーム『反乱分子』とは、とても思えないんだけどな。