嫉妬
その日、僕は埼玉まで元さいたまレディース総長、サキさんを迎えに行きました。夜7時に、銀座の某高級中華料理店に行かなければならないのです。遅刻なんてしたら、僕の小指ちゃんが行方不明になること確実です。
車で銀座に向かう間、サキさんは終始ごキゲンでした。
「後藤さんってさぁ、カッコいいんだよねー。俺らみたいなもんでも優しくしてくれるしさぁ。」
「後藤さんってさぁ、独身らしいんだよねー。年の頃からいって、俺大丈夫だよねー。ちょっと図々しいかなあ。」
サキさん、どうやら若頭に惚れてるようです。
銀座に早めについて、裏通りのコインパーキングにバンを停めました。指定された中華料理店に入り、ゴリ店長さんの名前を受付に告げました。僕たちが一番最初に着いたようです。よかった、店長が先に着いてたら、構わず尻を蹴りあげられていたと思います。
案内された部屋でしばらく待っていると、店長、副店長、ホール長がほどなくやってきました。皆さんピシッと黒いスーツに身をつつんでいます。全員が丸テーブルに座り、声を発する者がいません。緊張感がひしひしと伝わってきます。
若頭の到着を待っているのですが、不思議なことに気が付きました。空いている席が、2つあります。
「や、待たせたな。」
10分遅れ位で若頭が部屋に入ってきました。ほっそりした印象。髪の毛はつややかな黒で、整髪料で後ろになでつけられています。目はカミソリで切ったかのように細く、瞳が見えないほどです。唇も薄く、肌の色も白いです。おまけに白いスーツに白い靴。
「おい、入れや。」
若頭の後ろから、薄紫のイブニングドレスに身を包んだ美女が入ってきました。
声をあげそうになりましたが、慌ててお茶を飲みごまかしました。百襲主任!?
今朝も特訓で僕のことを散々ぶちのめした金剛流空手師範がそこに佇んでいました。
「今度な、銀座の店のな、ちいママにしようと思ってるんだ。」
「エリと申します。どうぞよろしく。」
銀座の店って、キャバクラじゃなく、高級なクラブのようです。百襲主任、いつの間にそんなところに潜入していたのでしょう。主任の美貌ならすぐホステスのTOPをとれるでしょうが、それにしても若頭に既にこんなに接近しているなんて、さすがです。
当然のように若頭と並んで座ったエリこと百襲主任を、般若のような形相でにらんでいる人がいます。サキさんです。若頭は、なんだって主任をこの場に連れてきたのでしょう?
「今度A山あたりでな、キャバクラより高級だけど、クラブよりカジュアルな店をやろうと思っててな。そこでだ、開店までサキとエリにも手伝ってもらいたい。」
なるほど。それでこの面々とお引き合わせですか。
「エリはな、賢いし、経営学修士とかいう学歴もあるんだ。」
あ~あ、サキさん完全にむくれてますよ。サキさんは、暴走族の元総長、インテリが好きなはずはありません。こんなんでうまくいくのでしょうか。僕が至誠会の資金源となる店の成功を心配するのもどうかとは思いますが。
サキさんの感情は置いてけぼりにして、食事中若頭はずっとA山の新しい店のプランを楽しそうに話していました。サキさんはほぼ無言で紹興酒をぐびぐび飲んでます。店長はじめ、男組はなんだかおまけのようでしたが、やんちゃレディースの売上が好調だったので、一応お礼ということらしいです。僕は会食後サキさんを埼玉の『女子寮』にバンで送り届ける予定でしたので、お酒は飲んでいません。
「ふ~ん、お前、わざわざウチみたいな店に就職したのか。」
若頭が僕に話かけます。
「はい・・・ 僕、なんの取り柄もなくて・・・ 体力だけっていうか・・・ 」
「そうかい。ん? その耳につけてるのは・・・?」
Enhanced Psychic Powers System、略してEPPSの受信装置です。小型の補聴器に似ています。
「あ、これですか。僕、学生の頃喧嘩して、鼓膜傷つけちゃったんです。で、補聴器を・・・ 」
そういうと、百襲主任を除く全員がちょっと驚き、感心したように自分をみて、それ以上突っ込んできませんでした。
「それでだな、お前、今度R本木不動産にかけあってだな・・・」
若頭は店長に向かって新しいお店の話を継続します。店長に顔を向けるその一瞬の隙に、若頭の細い目の奥に、赤い光をみつけました。
僕は諫凪神道の担い手でもあります。子供の頃から霊感が強くて、そのためEPPSとの親和性も高く、公安省でも問題なく特務部特務課への配属が決まったのでした。その僕が、若頭の目の奥に宿る思念体の命の光をかろうじて捉えることができました。やつは憑依体だと確信しました。EPPSを通じて、僕の見た映像は『指令室』で記録されているはずです。
☆
サキさんを女子寮に送る車の中です。
「チクショー、なんだよあの女! 女狐め。後藤さんをたぶらかしやがってよー。」
サキさん、ぐでんぐでんに酔っています。さっきからずっと愚痴っています。
「学歴がなんだってんだよー。所詮、ホステスじゃねえかよ、な? キャバ嬢と何が違うってんだよー。おっぱいなんか、俺の方がでかいのによ! 」
「まあまあ、後藤さんとエリさんでしたっけ? あの人とデキテルって決まったわけじゃないし。」
主任が色仕掛けをしたことは間違いないですが、一線を超えるようなことはしないはずです。
「あ~ん? ボクちゃん、男と女のこと、どれだけわかってんのかな~? お姉さんがテストしてあげるよ~。」
運転中の僕に向かって、酔った顔を近づけてきます。酒くせ~。
「ボクちゃん、ねえ、もしかしてチェりーちゃんなのかな~? お姉さん、今晩超さみしいから、いいこいいこしてあげるよ? 」
僕の左耳たぶをはむはむしてきます。
「ちょ! 運転中です! 危ないですよ、離れてください! 」
「・・・ しくしくしく。ボクちゃんまで、あたいを遠ざけるのかよぉ~。そんなこと言わないでさ・・・ そだ! お姉さん、ボクちゃんのボクちゃんにご挨拶しようかな? 」
ボクちゃんのボクちゃん? サキさん、僕のお腹の上あたりから頭を差し入れ、ズボンの上に顔を置くような格好になりました。生温かい息が、ボクちゃんのボクちゃんが住まう『おうち』のあたりにかかります。
「やややや、やめて下さい! 危ないですってば! 」車を緊急停止しようかと停められそうな道のスペースを探します。
サキさんの左手がボクちゃんハウスのチャックにかかりました・・・
「おうぇえええええええええ・・・ 」
・・・ ボクちゃんハウスがサキさんの吐しゃ物で満室になりました。
女子寮に到着。グロッキーのサキさんをお仲間にまかせ、僕は女子寮のシャワー室をお借りしました。饐えた臭いを放つズボンとパンツは二重にしたゴミ袋に入れ廃棄。代わりに体格のいいマミさん(身長175cm、体重は・・・)というキャバ嬢のパンツ(当然女子用)と赤いジャージ(横に白い線入り)を頂きました。うん、ジャスト・フィット。僕が使用するので洗って返すのもどうかと思い、新しいものを買って返す約束をしました。もちろん、その代金は総長に払っていただくつもりです。
ジャージとパンツを履いて帰ろうとすると、「それ! 」とかいう掛け声と共に、ジャージを脱がせようとたくさんの女子が襲ってきましたが、かろうじで半ケツをさらすことで逃げ切りました。今思うと、女子パンツは余計だったかも知れません。