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公安省特特課  作者: ひざ小僧
第2章 Mission 002 Praying Mantis (蟷螂)
12/22

やんちゃレディース


関東極心連合松山一家 至誠組。もともとは関東を中心に的屋を営んできたグループだが、この数年、若頭を中心に急速に勢力を拡大してきた。若頭の名前は、後藤康雄(ごとうやすお)。幼少の頃のあだ名は「やっちゃん」。やっちゃんが大きくなって、ほんとにやんちゃな『やっちゃん』になったというから、笑えない。百襲(ももそ)主任が「イケメン」と評したように、実際いい男らしく、女性遍歴も甚だしいようだ。逮捕及び起訴されたもので傷害事件を二件起こし、いずれも女性絡み。二件目の事件で服役し出所してきたところで、まるで『人が変わったように』キレ者の才覚を発揮しだした。いわゆる(しの)ぎ、資金稼ぎに長じ、キャバクラや風俗店をはじめ、ITや不動産等々、舎弟企業の経営に成功しだした。さらに、もともとやんちゃなやっちゃん、敵対する暴力団との抗争にも勝利し、関東において至誠組を最大勢力に押し上げた。


以上が、百襲主任から伝えられた若頭の情報です。特務部特殊暴力課では、その変貌ぶりから、若頭が憑依体である可能性が高いとみています。そこで、百襲主任が異世界担当の特務課へ転任し、至誠会を特務課で引き続き担当することとなった次第です。


そして、僕の次なるミッションは若頭の情報収集です。組にまともに乗り込んで行ったらそのまま帰らぬ人になってしまいますから、一計を案じました。


急成長した会社にありがちなこと。それは、人手不足です。


至誠会傘下の店、会社から求人広告がでているものをいくつかみつけました。なんとか僕がもぐりこめそうなのが、東京はS橋に所在する「キャバクラ やんちゃレディース」の運転手兼ホール担当の募集です。「高級優遇 へこたれないガッツのある若者募集!」とあります。暴力団の店だとわかって読むと、ものすごく不安なものがあります。


百襲主任も傘下の店に潜り込むとおっしゃっていましたが、どの店かは教えてくれませんでした。


「エロ君、お店の女の子に手を出したりするなよ? 」


「指令室」ことEPPS管理課の不二美禰子さんが、僕にフェイクの身分証明書(運転免許証・健康保険証)、写真付履歴書を手渡しながらのたまいました。


「お兄ちゃん! 私以外の女にててて、手を出したら、思念体に言って生きていることを激しく後悔するような目に合わせますからね! 」


那美ちゃん、目が本気です。頭の後ろから、なにやらどす黒いオーラを放ってます。私以外って、那美ちゃんに手を出すことはオーケーなのでしょうか。


「これは仕事だよ、し・ご・と。じゃ、面接行ってきます! 」


お父さんが取引先と楽しい酒を飲むいいわけのようなセリフを残し、特務部という地下秘密基地から脱出しました。面接は午後1時の予定です。





「えっと、佐藤真君22歳ね。就職に失敗したの? ふーん、そう。いい大学でたって、就職できないんだね。キャバクラで遊んだことは? ない? 飲食店で働いたことは? え、喫茶店か。まあ、いいか。経験者募集じゃないしな。」


面接をしているのは、店長と名乗った人です。スポーツ刈りというかほぼ丸刈りにちかい頭で、眉毛がなく、するどい目つきに薄い唇、筋骨隆々、ダークスーツがだいぶピチピチな感じの、いかにもあっち方面のお方です。


「前のやつが突然やめちゃって、困ってんだ、うち。いつから来れる? あ、今晩から? それは助かるなあ。」


返事も聞かず勝手に話を進めていらっしゃいます。わざとらしく、左手を頬にもっていきます。・・・ 薬指と小指が行方不明中です。


「前のやつさぁ、遅刻はするは、客に酒こぼすは、あげくの果てに店の女の子に手をつけてさ。ちょいと注意したら、店に来なくなっちゃった。今も入院中だけどね。」


注意、というところで、右拳を横に振るしぐさをなさいました。前の人、突然やめたって言いませんでした、さっき? やめたんじゃなくて、来れないようにしたんじゃないか。


「まじめに働いてくれればさ、きちんと払うもんは払うよ。高級優遇にはウソはねえ。」


じゃ、ほかのことは嘘だらけなんでしょうか。もちろん、口に出して突っ込んだりはしません。


「今日の・・・3時頃にもう一度ここに来て。すぐ先の駐車場に、店のバンが停めてある。それでここの住所にタコ部屋・・・じゃなかった、女子寮があるから、女の子達迎えに行って。」


右手は指が5本そろってました。チラシの裏に殴り書きのメモを渡されました。埼玉県の某市にある住所、アパート名と部屋番号が書いてありました。


僕は、「はい」と小さく答えました。


店をいったん出て、EPPS通信で指令室に経過を報告しました。喫茶店で時間をつぶした後、約束の3時に店に再び出頭しました。


「はいこれ、バンの鍵。これからはお前が管理しろよ。・・・ なにぐずぐずしてんだ、早く迎えに行け。」


店長は、僕の尻を結構な力加減で蹴りました。「6時までに連れてこなかったら、この尻、2つに割るからな。」


前の人、何日位もったんだろう。1日でももったら、尊敬に値します。


バンは10名位乗れそうな大きな車でした。小一時間ほどで埼玉県某市の「女子寮」に到着しました。


プレハブに毛が生えた程のアパートの2階に、その部屋がありました。音符記号のついた呼び鈴を押します。


ピンポーン♪


ドア越しに、ハスキーというより、酒焼けした女の人の声がします。


「だれー? 」


「あ、あの、僕・・・ 今日から運転手になりました、佐藤といいます。やんちゃレディースの店長から、皆さんをお迎えにあがれと仰せつかりました。」


「あ~? 何言ってんの、それ日本語~?」


「ですから、・・・ いいから、早く出てきてください! 6時までに戻らないと、店長に僕の尻を割られちゃいます! 」


語気を強めたら、がちゃがちゃと鍵を開ける音がしました。


「尻ははじめから割れてるっつうの! 」


煙草くさっ。開けられたドアからもうもうと煙草の煙が逃げていきます。金髪ロング、化粧焼けした浅黒い肌、ノーブラとおぼしきキャミソール姿の女性がドアを開けてくれました。


「あがってちょっと待っててくれよ。仕度すっからさ。」


部屋は1LDK、8畳くらいの広さに、ほぼ下着姿の若い女性が7,8名ひしめき合ってます。畳に座りこんで、それぞれポーチとか手鏡とかいじりながら、パタパタと化粧しています。部屋のまわりの壁には、ハンガーにかけられた色とりどりな薄手のドレスがたくさんかけられています。


ザバーッ。水を流す音とともに、バンっとトイレの戸が開き、中から桃色で面積の小さいパンツを片手でずりあげ、口には歯ブラシをつっこんだ若い女性が出てきました。


婚活検討中の僕としては、あまり目にしたくはなかった光景です。それにしても、皆さん僕のこと、1ミリほども気にする様子がありません。



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