諫凪流古武道
道場に入って奥の更衣室で空手着に着替え、同じく空手着姿の那美ちゃんと道場の真ん中で正座しました。僕は白帯、那美ちゃんは黒帯です。百襲師範に礼をします。
「じゃあ、さっそく組手をやってもらいましょうか。」
「えっ? 普通、腹筋とか腕立てとか、基礎訓練が先じゃないですか? 」
「そんなの必要ないでしょ? 私はあなたの心裡攻撃特性を早く見極めたいのです。」
「そう言われましても、僕、空手やったことないし・・・ 」
「じゃ、那美ちゃん、よろしくね。」
え?! 空手3段の那美ちゃんと組手? さっき、フルぼっことか歌ってなかったっけ・・・
「押忍! 」
人が違ったように気合の入った返事をする那美ちゃん。まいったなー、3段ってどのくらい強いんだろう。
「始め! 」
那美ちゃん、両足のひざを少し曲げ、左後ろ足に重心を置き、右足を少し前に出します。右手を前に、左手をやや後方に出し構えます。「猫足」立ちという型です(後に那美ちゃんから聞きました。)。
「はっ! 」
気合の入った一声とともに、伸びあがったかと思うと、鋭く右足で蹴りを入れてきました。当たると痛そうなので、僕はぽんっと半身程後ろに跳んで、辛くも蹴りをかわします。
続けざまに、下ろした右足を軸に左足を前に出し、その勢いで右正拳突きが繰り出されます。女の子の拳とはいえ、十分なスピードと訓練の成果を乗せたものなので、やっぱり当ると痛そうです。僕は左手を巻きとるように那美ちゃんの右手横から当て下に力を逃がしました。そのまま、彼女の左足の前下に僕の右足を置き、勢い余った彼女の背中の方を右手でぽんっと押してあげました。
ごめんね、那美ちゃん。那美ちゃんは、そのまま前のめりに倒れてしまいました。どっすん!
「いたぁ~い! お兄ちゃん、ずるいよ! 空手やったことないっていったじゃない! 」
「う、ウソじゃないよ、空手『は』やったことないんだ。」
「諫凪さん、空手としてはかなりはずれた防御方法だけど、やはり、武道は習っておいででしたのね? 合気道かしら? 」
「いえ、諫凪流古武道です。」
「諫凪流・・・? はじめて聞く流派ですわ。」
「僕のうちは古い家系でして、代々神職をやってます。諫凪流も代々受け継がれてきた武道なんですけど、攻撃技は少なくて、護身術に近い防御技が多いんです。神職ですから、自ら攻撃するってのはあんまりなかったようで。ただ、諫凪神道はメインストリームからするとやや異端だったらしく、攻撃を受けることは結構あったみたいなんです。」
「ふーん、面白いわね。思念体への攻撃は、心臓を狙えばいいんだから・・・。そこに集中して攻撃技を身につければ、いけるかもね。」
「そうですか。」
昨日の怒れる大イノシシちゃんからも、逃げてばっかりだった僕。攻撃をかわしきれずに、あやうくやられちゃうところを課長に助けられたんだっけ。
ぶつぶつぶつ・・・
ん? 那美ちゃんがぺたんと女の子座りをして、何やらぶつくさ言ってます。
「お兄ちゃんをボコボコにして、それから優しくケガの手当てして、はい、お兄ちゃんは男の子だから我慢して、痛くないよ、よく我慢したね、ご褒美のチュ! ナミはただのかわいい女の子じゃなかったんだね、お兄ちゃん強い子好きだな、これからもずっとずっと一緒だよ、お兄ちゃんを支えておくれ、お返しのチュッチュッ!! っていう展開になるはずだったのに・・・ なるはずだったのに・・・ 」
・・・ 妄想としてもいろいろ破綻していますが、なーんにも聞かなかったとこにします。
「よし、諫凪さん、私と手合わせ願います。」
互いに礼をして、百襲先生も猫足の構えをした・・ 途端に鋭い正拳突きやら蹴りやらがものすごい勢いで繰り出されます。往年のアニメで、ゴムゴムのなんとかという技がありましたが、百襲先生の手の形やら足の形やらの残像が網膜に残るようなハイスピードなパンチ&キックです。僕は10秒程は防御で持ちこたえましたが、すぐさま頬やら腹やらスネやらに打撃をくらい、ドウっと後ろにひっくり返ってしまいました。
「諫凪さん、立ち上がりなさい。」
「・・・ つつつ・・・ オス! 」
「やはり、防御だけでは限界がありますね。私の隙をついて、1本でも私のココに、拳か蹴りを入れてごらんなさい。」
「おおお、おっぱい?! 」
「ばかっ! 心臓です! 」
この後20回は師範と組手をしましたが、僕は1本も攻撃を入れることはできませんでした。
去り際、EPPSを通じて連絡がありました。
『こちら指令室。特務課課長より伝言です。1900(イチキューマルマル。午後7時のことです。)例の店で待つ。以上です。』
『了解。』
ナイスバディちゃん、EPPSだと丁寧な言葉使いなんだよな。直に会うと、なんであんなに口が悪いんだろう。
なぜか不機嫌な那美ちゃんと、例の店に向かって歩きだしました。