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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一時間

作者: 篠義

同課の女性職員たちが盛り上がっている話題が漏れ聞こえた。残り一時間で、世界が破滅するなら、何をしたい? という、戯言で俺は、たはーと息を吐いた。んなことわかったところで、何をするんじゃ? というのと、実際問題として、そういう事態が判明しても、国家は、ひたすら隠し通して終わりにするんちゃう? という、ツッコミとしてもマトモでおもろないことしか思い浮かばなかった。




「世界が後一時間で終わるとしたら、おまえ、最後の一時間に何がしたい? 」


 具材が大量に載せてあるそうめんをずるずると啜っている俺の女房に、昼間の話を尋ねてみた。こいつだけは、何を言い出すのか見当もつかなかったから、ちょっと楽しみだ。


「はあ? 頭のネジが、どうにかなったんか? 花月。」


「今日、うちの課の女性陣が、それを話題にしとったんや、なんかのドラマらしい。」


「ほんで? 」


「おまえやったら、何するんか、疑問やったから。」


 もちろん、女性陣の答えも漏れ聞いた。恋人と最後までエッチして過ごすという熱烈なものだったので、女って・・・・と、ちょっと呆れた。いや、女はいけるかもしれへんけどさ、男のほうは微妙な意見や。それ、うまく盛りあがらへんかった場合、萎えて使いモンにならへんと思うんやけどなあ、と、俺は内心で実情を語ったりした。そんなイタリア人みたいな情熱的なことが、日本人にできるとは思われへん。特に、うちの夫夫みたいに片方が、盛大に壊れている場合は、多分に無理がある。


「別に、いつも通りでええがな。」


 ほらな、こういう意見やろ? と、俺は予想通りの答えに苦笑した。終わるなら終われという考え方の人間は、慌ても騒ぎもせぇーへん。ちゅるりん、と、そうめんを啜り終わると、白メシの上に昆布ときくらげの佃煮を、てんこもりにして麦茶をかけている俺の嫁は、それを胃に流し込んでいる。暑なると、どうしても食欲が落ちるので、俺の嫁は茶漬けが主食だ。それだけではいかんから、なるたけ野菜とかたんぱく質を摂れるものも準備している。今日の場合は、そうめんのトッピングが、海老とか豚肉の梅しそ巻きとか茹でた菊菜なんぞで補充している。


「一時間やったら、家でごろごろしとったら、すぐ終わるわ。」


「あのな、女性陣はエッチしてトロトロで天国に直行って言うとったけど? 」


「一時間やりまくって終わりてか? えらい忙しないこっちゃな。」


 最後のカタマリを流し込んで、茶碗を置くと、すかさず、俺が、その茶碗に麦茶を注ぐ。そして、灰皿とタバコを出すと、「おおきに。」 と、俺の嫁は手を出した。


「でも、なんもわからんと天国いけるてさ。そんな上手い事行くんかな? 」


「微妙やなあ。どういう終わり方かによるんとちゃうか? 一発で消滅やったらええかもしれへんけどさ。じわじわと、そこから始まるんやったら、めんどいでー? べたべたで汗臭いまま動けへんのは最悪や。」


 ぷかーと吐き出した紫煙は、扇風機の風で、ふよふよと流れていく。寝る時は、クーラーをつけるが、それまではつけないようにしている。クーラー病にならないためには、毎日、汗くらいはかかないとあかんからや。だから、どちらも、汗をダラダラと流しつつ、メシを食っている。ふーっと、タバコを短くなるまで吸って、俺の嫁は、「ほな、おまえは、どうしたいんよ? 」 と、返してきた。


「いや、俺も別にないんやわ。できたら、おまえに知られん方向で、おまえを昼寝でもさせて一時間のんびりしてたらええかって思うんやけどな。」


 俺の嫁が、もし情報を知らないなら知らせずに、いつも通りに暮らして、一時間後あたりに昼寝でもさせてしまえばいいな、と、気楽な事を考えていた。俺の嫁は、別に生きる事に執着はしていないし、俺も、それほど、がむしゃらに生きていたいと思わない。まあ、だからこそ、のんびりとふたりで暮らしていられる。


 ふーん、と、俺の嫁は、へらっと笑った。遠くから、花火の音が聞こえているが、光は届かない。


「それ、俺が寝やへんかったら、どうするんよ? 」


「疲れさせたるで? もちろん。」


「どうやって? 」


「そら、手っとり早いのは、エッチやろ? 俺、三時間くらいみっちりとしたやつをやりたいなー。タイムリミットまで足りひんとか嘆きつつやるとか楽しそうやん。」


「あほか、いや、あほにあほ言うてもしゃーないな。」


「え? 基本やろ。」


「俺は、ありのままでええ。」


「ありのままやんか。休日前夜の我が家は、そんなもんやろ。」


 うちの休日前日は、大概、濃いエッチということになっている。昔は、搾りとって限界までやったりしたけど、最近は、そこまではしていない。あそこまでやったら、こっちも体力が厳しくなってきたからだ。


「花月。」


「なに? 」


「どうせ、おまえ、三途の川も極楽の蓮の上もついてくんやろ? 」


「まあ、いけるんならな。」


「ほな、どうでもええんちゃうんか? ずっと一緒や。」


「あーまあーそうやけどなー。」


 世界の終わりが来たとして、もし、死んでも意識があるのなら、やっぱり一緒に冥途の旅をするだろう。なら、今と、なんら変わらないじゃないか? と、俺の嫁は笑いつつ、タバコを消して食器をシンクへ運び出す。料理は、作るのは俺で、片付けは、俺の嫁が担当だ。


「なんか慌てることがあらへんな。」


 俺も、自分の分を運んで、シンクに置く。で、洗い物を始める俺の嫁の横で、その様子を眺めている。世界が終わっても、俺も俺の嫁は、あまり関係ないらしい。相手も、「せやなあー」 と、返している。



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