3 5/4 隠れた花畑(ニーナ)
「退屈です!」
王城の庭園に、王女の声が響く。
「退屈です、退屈です、退屈です!」
豪奢な服が汚れるのも気にせず、王女は芝生に寝転がった。
そして思いの限り、空に向かってうっぷんを叫ぶ。
そばに立っていた近衛騎士のルークは、深々とため息をついた。
「ニーナ様……。淑女は芝生で転がりません」
「転がります!」
「転がりませんよ」
「転がります! ローリンガ――」
「ストップです!」
まずい発言をしそうになったニーナの口を、ルークは大慌てでふさいだ。
「――ぷはっ。何をするんですか!? 不敬ですよ。息が止まってしまうじゃないですか」
「それは元ネタに忠実なのでは? じゃなくて。……王家の歴史上、転がった王女なんて聞いたことがありませんよ」
「では、わたくしが第一号ですね」
「そんな馬鹿な」
言ったそばから、寝転がることに飽きたニーナが勢いよく立ち上がっていた。
「ルーク! 散歩に行きましょう」
「ホント脈絡ないな、この人」
「城の外はいかがでしょう?」
「ダメだと思いますよ」
「森なら?」
「ダメでしょうね」
「冒険ですよ」
「ダメですよ!」
段々と力強く否定して来るルークに、ニーナは唇を尖らせた。
「つまらない人生です……」
それを言われると耳が痛い。
ルークは困ったように、後頭部を搔きむしった。
「秘密にしてくださいよ。あとで怒られるのは俺なんですから」
ニーナがぱあっと表情を明るくした。
警備の隙間を縫って、どうにか城の背後にある森にまで足を伸ばす。
ルークからすれば、何がいいのかさっぱりわからないが、ニーナはきらきらとした目で周囲を見回している。そんな王女の姿を見られる点だけは、ルークとしても悪くない気分だった。
「森っていいですよね。虫がいて、泥があって、苔があります」
「うーん、木の要素がほぼゼロ」
ずんずんと歩くニーナの後ろを、ルークもとぼとぼとついていく。
「見てください、ルーク! 斑点紫小灰蝶です」
「なんです?」
「斑点紫小灰蝶、ありていに言えば蝶々です。かわいいですね」
「……。姫さまって、無駄に物知りですよね」
「はい! ルークがこの前、女の人の挿絵がたくさ~んついた本を、こっそりと自室に持ちこんだことも知っています」
「マジで勘弁してください!」
これ以上の発言を封じるため、ルークはニーナの背中をぐいぐいと押して、この場からの移動を試みる。
「あっ、ちょっと」
木々の隙間から光が漏れている。
それに気がついたニーナが足を止め、急に押さなきゃいけない力が増したために、ルークは前につんのめった。
「ニーナ様、急に立ち止まらないでくださいよ」
「ルーク」
「なんです?」
「あちらはいずこに?」
近衛騎士としてルークは城周辺の地形を頭に入れてあったが、即答することができない。仕方なく草をかき分けて、ニーナの指さすほうへと進んだ。
ほどなくして視界が開ける。
ルークのあとをついて来ていたニーナは、目の前に広がる景色に感嘆の声を上げていた。
「わあ……。きれい。なんて素敵なところなんでしょう」
そこには一面の花畑があったのだ。
赤・黄色・青・白・紫……。
無数の花々が咲き乱れ、風に揺れている。
「ルークは、ここに花畑があるのを知っていたんですか?」
「いえ、俺も今初めて知りました」
森の奥にある小さな空き地。
それはまるで誰も知らない秘密基地のようで、自分たちの宝物にするのには大して時間がかからなかった。
ゆっくりと、ニーナが花畑の中央へ歩きだす。
しゃがみ、そのうちの一輪にそっと手を触れた。
「こんな場所があったんですね」
風が吹くたびに、花が波のように揺れる。
それに合わせ、くるくると回り始めたニーナが、まもなく芝生のときと同じように寝転がった。
「いい匂い」
今度ばかりはルークもニーナを注意しない。ニーナの気持ちに共感できたからだ。
「よっこらせ」
ニーナの真似をしたルークも、花畑の上で横になった。
「あら、ルークも?」
「ちょっともったいない気がしますけどね」
寝転がれば、どうしてもいくつかの花は折れてしまう。
「いいじゃない。だれからも見向きもされないより、ずっと素敵だわ」
ルークがニーナとともに空を見上げる。
「……そうかもしれないっすね」
「今日は勝ちですね」
「何がです?」
「わかりませんけど、勝ちました!」
屈託なく笑うニーナに釣られ、ルークも思わず笑ってしまった。
「たしかに、これなら勝ちかもですね」
風がまた吹いた。
花が揺れる。
ニーナが小さくつぶやいた。
「明日は湖に……行きましょう……ね」
「……。ほどほどにしてくださいよ」
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