第三十一話 これ正に悪役令嬢也……!
ゴクリと俺は喉を鳴らして顎の汗を拭いながら呟く。
「まさかこの目で悪役令嬢を見れるとはな……あ、写真撮っとこう」
俺はポケットからスマホを取り出し、一枚パシャッと写真を撮った。
「カケル、それ何?」
「ん? ああ……これは……って、うおおお!?」
「きゃ!」
俺はトレーネを押しのけ、慌ててスマホをポケットへ入れる!
つい、現代人の癖でスマホ激写してしまった……
なんでも写真に撮ってSNSにアップするという病気を露呈してしまった形だ。
なお、感じ方には個人差があります。
「カケルさん?」
エリンが俺の横に来てひょこっと顔を出すが、俺は手を振って答える。
「い、いや、何でも無い。すまないトレーネ、さっきのは忘れてくれ」
「だいじょぶ。でも気になった」
トレーネを立ち上がらせていると、後ろから怒声が浴びせられた。
「ちょっと!? 人を悪役令嬢とか言っておきながら放置ってどういうつもりですの!?」
「あ、ああ、すまない。少し取り乱してな……あ、もう行っていいよ」
すると頭から湯気が出そうな勢いで顔が真っ赤になった。
取り巻きの女の子がオロオロしている中、彼女は俺に詰め寄り激昂する。
「行きませんわよ! そもそもソシアさんに話があって出てきたのに、どーしてあなたみたいな田舎臭い男に追い払われなければなりませんの!」
確かに言われてみれば俺に用があるわけがない。もちろん俺からも用はない。
「えっと、それじゃソシアさん、どうぞ?」
「あ、あはは……凄いですねカケルさん……では、改めましてレムルさん! こんにちは!」
ソシアさんが元気よく声をかけると、口元を歪ませてふふん、と笑う。
そして髪をバサっと翻して口を開いた。
「ごきげんよう、ソシアさん。聞きましたわよ、ここ最近学院に顔を出していなかったのは家出をしていたそうですね? 何か嫌なこと……もしや、王子との婚約が嫌になったとか? ホーホッホ! そんな体たらくでは次期王女はわたくしに決定ですわね!」
ステレオタイプの悪役令嬢……くそう、動画に取りたい……!
さて、それはともかく情報だな。
俺が助けた日を含めてしばらく学院に顔を出していなかったから噂で家出をした、となっているようだ。
嫌がらせの犯人がこいつならその噂の出所もこいつということになるが、どう返すソシアさん……?
「ええ、おっしゃる通りちょっと嫌なことがあったんです……靴を隠されたり、持ち物が無くなったり……それを両親に言っても聞いてもらえなかったからカチンときて……」
とりあえず、適当にでっちあげたか。
誘拐されたと言えば取りようによっては脛に傷がついてしまうかもしれない。
そう考えると今みたいに適当に散らしておくのが妥当か。
「ホーホッホ! そんなメンタルでは王族に相応しいとは思えませんわね。ま、生誕祭で全ての決着がつきます。楽しみですわ!」
しかし、嫌がらせと聞いて特に動揺した風も無いな……白だろうか。
今日は名前と顔を覚えるくらいでいいだろう。
「選ばれるかは王子次第……私も負けませんよ!」
強気な言葉でソシアさんもレムルに宣言する。大人しいかと思っていたけど、そうでもないんだなソシアさん。
「ホーッホッホ! いいでしょう! 王子も学院の生徒の一人……アプローチする機会はいくらでもあります、わたくしの本気を見せて差し上げますわ」
「美人だけど性格が悪そう……」
高らかに笑うレムルにトレーネがボソッと呟いた。そしてそれを聞き逃す悪役令嬢ではない。
「そこのちびっ子、今なんと?」
「なんでも無い」
ふるふると首を振るトレーネは可愛かった。
「だが、悪役令嬢は美人だけど性格が悪そう、という言葉を聞こえなかったフリをするほど甘くは無い。特に美人は……!」
「カケルさん口に出てます!?」
口に出したからな。じゃないとトレーネが狙われるだろう?
「さっきからそこの男はわたくしを馬鹿にしてるんですの……?」
「え?」
「もう勘弁なりませんわ! ツォレ、この男を叩きのめしなさい!」
「畏まりましたお嬢様」
悪役令嬢……レムルが横に居た男に命令すると、彼は前へ出てくる。
「ツォレ様! やっつけちゃってください!」
「ゴーゴー! ツォレ様!」
「レムル様を馬鹿にするなんてゆるせなーい!」
取り巻きの女の子達が口々に喚いていたが、この子達もよくいそうな取り巻きだなあ……
おっと、念のためステータスをいじっておくか。実はジャイアントビーを倒した時、何気にレベル六になったんだよな。
反撃はしない方向で……『体』に振っておくか。
力:26
速:23
知:12
体:22 → 42
魔:32 → 12
運:17
これで良し。
こいつの攻撃がどれくらい強いか分からないけど、そうそうダメージは無いと思う。
グランツやトレーネ、エリンもレベルが上がっていたけど、聞いてみると上がり幅一はか二、多くても三くらいしか上がっていないらしい。
殆ど三ずつ上がっている俺はやはりおかしいようだ。
それはさておき、俺の前に来てツォレが口を開いた。
「オレはツォレ。レムルお嬢様の付き人をしている。貴様は?」
「……俺はカケルだ。ソシエさんの……友達だ」
チラリとソシエさんを見ると、うんうんと頷いている姿が見えた。
なにがそんなに嬉しいのか? 護衛だと言うと面倒になるので、ここでは友達で通して欲しいと言われたからなんだけども。
「そうか。一応、オレはぶちのめす相手の名を聞いておくようにしているのだ」
「どうしてだ?」
「それはな……ぶちのめした後、そいつはオレに怯えて近づかなくなるからだよ!」
ツォレは言い終わる前に俺の顔に拳を放ってきた。まあまあ速いなと思っていると左頬に突き刺さる。
「カケル!」
「カケルさん!」
「お前! ふいうちとは卑怯な!」
「だ、大丈夫ですか!?」
微動だにしない俺にトレーネ達が悲鳴に近い声をあげる。それを聞いたレムルが愉快そうに喋りはじめた。
「フフフ。ツォレは冒険者であればレベル十はある、学院でも屈指の強者ですわ! そんな田舎臭い男を取り巻きにしたのは失敗でしたわね! ホーホッホ!」
「フ、立ったまま気絶した、か……!?」
「え? 終わり?」
俺は顔面に突き刺さっていた拳を払いのけてツォレに声をかけると、すっごい冷や汗をかいて後ろに下がった。
「お? もういいのか? よし、腹も減ったしソシアさん、食堂へ行こう!」
「え!? は、はい! ……えっと、大丈夫、ですか?」
「大丈夫ですよ? フォレストボアの方が何倍も痛かったし」
というかあれで死んだからな。痛いなんてもんじゃあない。
「カケルはやっぱりすごい」
「流石ですね! 俺も精進しないと……!」
「……うーん、カケルさんって……」
俺達がわいわいしながら食堂へ向かおうとすると、我に返ったレムルが後ろから叫んでくる。
「お、お待ちなさい! あ、あなたは一体何者なんですの? ツォレの一撃を受けてなんともないなんて……!」
こちとら冒険者だし、レベル十くらいある実直とはいえ、学生の一撃なんてそうでもないだろ?
とは思いつつも口には出さず聞かれたことを答える。
「あー、ちょっと痛かったぞ。で、さっきも言った通りソシアさんの友達だけど? というかあんた、そんなにカリカリしてると王子に嫌われるぞ? 美人なんだから笑ってた方がいいと思うけど?」
「んな!?」
顔を真っ赤にして言葉に詰まる悪役令嬢。
いかん、どうもまた怒らせてしまったようだ……ここは取り巻き達を含めてボー然としている内にさっさと逃げるが得策か。
「それじゃあな。 ……よし、話は終わった! 行くぞトレーネ! デザートとかあるといいなあ」
「うん! でも私はこの前カケルが作ってくれたパンケーキが食べたい」
「あれは美味しかったわね……」
俺はトレーネ達を引き連れて廊下を早足で進みだす。
「あ!? 待ちなさい!」
「レムルさん、またの機会に!」
「ぐ……田舎男め……覚えてなさい……!」
ソシアさんがやんわりレムルを止め、俺達は食堂へと向かった。
さて、とりあえず容疑者の顔を見ることができたのは僥倖だったな。
煽ったしこれから動きがあるだろう……それにしても王子もこの学院に通っているとは。いずれ顔を見ることがありそうだなと思いながらお昼ご飯を目指した。
◆ ◇ ◆
「ツォレ様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
「……問題ない……お前達は先に戻っていてくれ」
「でもー……」
「わたくしの命令です、教室へ戻っていなさい」
レムルが厳しい顔で女の子三人に声をかけると渋々離れていった。レムルはそれを見届けた後、ツォレに尋ねる。
「手加減しましたの? ツォレ」
「……いえ、オレ……私は全力で殴りつけました。調子に乗った田舎者を懲らしめる所存でした……しかし……」
「まるで効いていない、ということですわね」
「はい。恥ずかしながら申し上げますと、私の一撃は鋼で出来た盾をへこませることができるほど鍛えてあります。だからこそレベル十程度はあるとお伝えしているのですが……」
まだ信じられないといった感じで拳を見ているツォレに、レムルは眉を顰めてから口を開いた。
「もういいですわ。次で挽回なさい。カケル、とか言いましたわね……面白いですわ。わたくしにあれだけ堂々とモノを言う男は初めてです……覚えてらっしゃい……ソシア共々目にもの見せてやりますわ! オーホッホッホッホ!」
(美人なんだから笑ってた方がいいと思うぞ?)
「……っ!?」
「どうされました? いつもより高笑いが短いようですが?」
「な、なんでもありませんわ! それよりあの男とソシアを倒す秘策でも考えなさいな!」
「は、はい!」
カケルの去っていった方角を睨みつけながらレムルはツォレに怒声を浴びせるのだった。




