第十九話 徐々に判明する『規格外』
「ねえカケル……助けてくれてありがとう……こんなことしかできないけど……」
「お、おいアンリエッタ!?」
頬を赤らめたアンリエッタがいきなり服を脱ぎ始め、俺にぴったりと寄り添ってくる。下着越しだがわずかなふくらみが分かる程近い。
「私じゃ……ダメ……?」
「う、むう……ダメではないけど……」
上目使いに見上げてくるその目は潤んでおり、不覚にも可愛いと思ってしまった。しかしここまでされて黙っているのはアンリエッタに失礼……!
「じゃ、じゃあ……」
と、抱きしめようとしたとき、後ろから声がかかる。
「あら、私の方がいいんじゃないですか? そんなお子様よりね」
「な、なにぃ!?」
そこには黒を基調としたものすごくエッチィ下着をつけたミルコットさんだと……!? 金髪にその胸と下着は反則……!
「お、おお……!」
「カケル! あんなおばさんじゃ嫌よね? やっぱり若い私でしょ?」
「若いしかないお子様じゃ話にならないですね? さ、カケルさん、あっちに……」
なんてことだ……!
俺は今まさかのモテ期到来!? どちらも捨てがたい……ど、どうする……!? そんな贅沢な悩みをしているところでまたも声が――
「ふふ、命の恩人なんですからぜひ私も……」
ニルアナさんだった。
「ええー!? ニルアナさんはマズイでしょう!?」
「……私は、助けてもらった時にあなたのことが……」
「お母さん! ダメよ、カケルは私のよ!」
「いーえ、私ですよ!」
「ふふ、ここは年上の私が……」
年下、お姉さん、人妻とは……! 誰も捨てがたい……!
「誰を選ぶのよカケル!」
「カケルさん!」
「カケルさん♪」
三人が詰め寄ってきて、選べと言う。
「い、いや、少し待って……」
「早くしなさいカケル!」
「カケルさん!」
「カケルさん♪」
うう……お、俺は――
「――ル」
「――ケル!」
「――カケル!」
「うえへへ、こうなったらもう皆一緒に……」
「起きんかカケル!」
「ぐあああああ!? あれ? アンリエッタ? ミルコットさん? ニルアナさんは!?」
「朝っぱらから酒でも飲んどるのかお主は!」
頭に鈍痛を感じながら俺はガバリと身を起こすと、目の前には眉をひそめたゼルトナ爺さんが居た。
その横にはガキンチョ三人組もいて、じっと俺を見ていた。隣にいたビーンはこめかみに青筋を立てて怒っているようだ。
「ゆ、夢だったのか……」
「怒られてやんの!」
「ダメな男ね。でも、女はそういう男も嫌いじゃない……」
「え!? スィー!?」
「まったくどんな夢をみておったのやら……今日はこれまでじゃ、また明日な」
はーい、と子供達が元気よく帰っていき、ゼルトナ爺さんとビーンも部屋から出て行った。俺も伸びをしてから帰り支度をする。
惜しい夢だった……というのはさておき、病院を退院してからすでに二日が経っていた。
アンリエッタとビーンが見舞いに来てくれた日はそのまま病院で過ごし、次の日にはハイヒールをかけて完全回復したのでささっと病院を後にしたのだ。
で、#退院したその日は__・__#良いことがあったんだけど……。
◆ ◇ ◆
「あ、退院してきたんですね」
「うん、おかげさまで。ミルコットさんが手配してくれたって聞いたからお礼をと思って」
「それはわざわざありがとうございます! あ、リンゴですか?」
「いやあ、持ち合わせがあまり無いからこれで……」
「アンリエッタちゃんのお家で作ったリンゴは美味しいですからみんな喜びますよ。ありがとうございます! で、丁度カケルさんに用があったのでラッキーでした」
「俺に? デートのお誘いならいつでもいいけど……」
俺の冗談にニコニコと笑いながらミルコットさんが俺に封筒を差し出してきた。
「デートはまた今度、ということで……中を見てください」
え!? それは頼めばデートしてくれるってことか!?
封筒よりもそっちの方に興味が湧いたが、早くと急かされたので渋々封筒を開くことにした。
「……!? なんで!?」
「今回の件を解決したカケルさんに対する正当な報酬としてユニオンマスターが用意しました。お受け取りください」
いつもより凜とした表情と声で俺にぺこりと頭を下げるミルコットさん。
俺が驚いたのは封筒の中身で、ピン札の一万セラが十枚……十万セラが入っていたからだ。さらにミルコットさんが話を続ける。
「しかし俺はアンリエッタ達を怖い目に遭わせたぞ……」
「でもあなたが私達に打診し、アンリエッタちゃんの家へ行っていなければあの二人は殺され、村長もなに食わぬ顔で居座り、冒険者も逃げ去っていたでしょう。それにあの冒険者は別の町でも悪事を働いていたようですし、今後の犯罪を未然に防いだという意味でもカケルさんがそれを貰う権利はありますよ」
ウインクしながら俺に笑いかけてくれるミルコットさん。
「分かった、ありがたく受け取っておくよ」
「あ、それと今日の夜は当事者でパーティをすることになっているので夜になったら食堂のホールに来てくださいね!」
パーティ、そういうのもやるのか。
曰く、嫌なことは楽しいことで忘れてしまおうというスタイルだそうだ。人によっては逆効果だけど、アンリエッタとニルアナさんは大歓迎だったらしい。
ひとまず用は終わり、夜までアンリエッタの家を訪ねようかと思ったけど、事件は解決したから行く必要も無いかと夜までごろ寝をすることに決めた。
十万セラがどれくらい持つかは分からないけど、パーティが終わるまではゆっくりさせてもらおう……明日から、頑張る!
そして夜――
「「かんぱーい!」」
この世界でもビールはビールというらしい。
そして俺達は食堂のホール……ではなく、寝泊りしている大部屋を宴会場にして乾杯をした。ちなみに俺はリンゴの果実酒である。
「おお、こりゃすごいステーキだな……」
「それはカケルさんの倒したフォレストボアですよ。二日熟成させているので、きっと美味しいと思います」
あいつか……思えば村長にいいように使われてたんだよな。
せめて美味しく食べてやるのが倒した者の務めだろう。ナイフで肉を切ると、スッと抵抗なく切れた。何と柔らかい……そのまま一切れ口に運ぶ。
「くう……美味い……」
豚の仲間であろうということで脂っこいイメージがあったが、しっかりとした歯ごたえがあり、噛めば噛むほど味が出る。
ソースは無くコショウっぽいものがかかっているだけだが、それが逆に肉の味を引き立たせている……!
「さらば、フォレストボア……!」
「なにを訳の分からんことを言っておるんじゃ? ほれ、コップが空じゃぞ」
すでに顔を赤くしたゼルトナ爺さんがビールを注いでくれた。向こうの世界じゃ学生だったからなあ、酒はそれほど得意でもないんだけど。
「カケル、こっちのトマト、村のおばさんが分けてくれたやつも食べてね」
「ふふ、アンリったら。遅くなりましたけど、あの時は本当にありがとうございました」
アンリエッタが俺の取り皿にどさどさと食べ物を入れてきた。それをニルアナさんが微笑みながら窘めつつ、俺にお礼を言ってきた。
「いや、無事で良かったですよ。もし間に合ってなかったらと思うと背筋が寒くなります」
「結局オレも助けてもらったし、結果としては十分だと思う。それにあんたのスキルは凄かった。冒険者があっという間に無力化されたけど、どういうスキルだったんだ?」
「そう! スキル! ゼルトナさんから聞いたけど、私達の寿命が僅かだったんだって? 言ってくれれば迎え撃つことができたかもしれないじゃない?」
ビーンとアンリエッタが、それぞれ疑問を俺にぶつけてくる。
で、俺はこのスキルについて少し思うところがあったので自身への理解も兼ねて口にする。
「俺のスキル……『生命の終焉』って言うんだけど、これは相手の寿命を見ることが出来る。そしてもう一つが相手の寿命を奪うという能力だ。ビーンが見たのは奪い取っていた瞬間だな」
「じゅ、寿命を吸い取る……!? そんなスキル聞いたことが……」
ミルコットさんがコップに口をつけたまま驚きの表情を浮かべるが、構わず俺は続ける。
「問題は寿命を見るほうだ。正直、これがどこまで作用するのかが分からないんだよ。例えば、ビーンにアンリエッタのことを話しただろ?」
「ああ」
「あの時点で、ビーンの寿命は別に普通だったんだ。でも、アンリエッタの家に先行して刺されていた時は寿命が二時間足らずしかなかったんだ」
「ふむ……」
どんどん赤い顔になっていくゼルトナ爺さんが目を細めて考え込む。しばらくしてから口を開いた。
「つまり、アンリエッタとニルアナは『死ぬと分かっていた』のに『助けようとした』ビーンの寿命の変化が分からなかった、ってわけじゃな」
「そういうこと。その差はなんなのかなあって」
実のところ運命の天秤を得たことで仮説は立てられるのだが、今はそれを言っても仕方がない。
どこかに分岐点があってそこから死ぬ運命が変わるのだろうけど。
すると今度はミルコットさんが俺の袖をくいくいと引っ張って話しかけてくる。
「で、カケルさんは何者なんですか? 私の知る限り……エルフの知恵をもってしても、寿命を吸い取ったり見たりするスキルは存在したことがありません」
「俺、ミルコットさんに異世界から来たって言ったよね!? なあアンリエッタ!」
「そうだっけ?」
鳥もも肉(骨付き)をむしゃむしゃと食べながらどうでも良さげに返してくる。
「光の速さで忘れられているっ!?」
「……そういえばそうでしたね。頭のおかしい人だと思っていましたが……」
くそう……何か悔しいので、俺はもう一つの秘密を暴露することにした。
「さらに言うと俺は魔王らしい。回復魔王って肩書きがついている」
「……カードには書いていませんでしたよね? やっぱり……」
やっぱりってなんだ!? おかしい人扱いか!?
「まあ信じてもらえるとは思ってないからそれでいいけどな……」
それを聞いてビーンがポツリとつぶやいた。
「……魔王は各属性に一人ずつ、火・水・風・土・光・闇を司っている。なので、回復を司るという魔王は聞いたことが無いな」
「そうか……アウロラのやつどういうつもりなんだ……?」
「アウロラ……って女神様じゃない。女神様がどうかしたの?」
「ん? いや、この世界に来た経緯がアウロラの仕業なんだ。一悶着あった末、回復魔法を持ってこの世界へ来たいと言ったら「回復魔王」を持ってたって訳だ」
ずっと黙って聞いていたゼルトナ爺さんがコップのビールを飲み干してから、神妙な面持ちで俺の顔をじっと見つめた後、話し始めた。
「……あまり知れ渡ってはおらんがこの世界に、百年か千年に一度、二十代から三十代もしくは四十代から五十代の男か女が、女神アウロラによって異世界から送り込まれるというとってつけたような言い伝えがあるんじゃ」
「とってつけたとか言うなよ……」
「で、現れた異世界人は特別な力を持って現れ、災いか幸福をもたらすと言われておる」
俺の呟きは無視されゼルトナ爺さんは尚も話を続ける。というか曖昧な伝説だな。
「じゃあ変なスキルを持っているカケルは魔王様、ってこと? ……えい!
「ぎゃあああああ!? 目がぁあ!?」
「にゃははは! カケルが魔王なわけないわよ! にゃははは!」
冷静に見えていたがアンリエッタだが、どうやらそれなりに酔っているらしい。そんな彼女にサミングを食らい俺は悶絶する。
「ぬう……≪ヒール≫」
「……大丈夫か?」
意外にも心配してくれたのはビーンだった。
ヒールで助けているから、あの時のことを思い出したのかもしれない。俺は問題ないと返してゼルトナ爺さんに尋ねてみる。
「すごく曖昧だけど、どうやって知ったんだ?」
「ワシがまだ冒険者だった頃、中央という場所にあるアウロラ様を称える大教会で聞いたんじゃ。胡散臭い連中じゃが、力はあったからのう……詳しい話を聞きたければユニオンマスターに聞いてみるとええじゃろ」
「そうですね。私もカケルさんのスキルは気になりますし、話を聞いてもらえるよう手配しましょう」
「一応、聞いてみるか……別に穏やかに過ごせればなんでもいいんだけどな……」
「そういえば魔王様って寿命が長いんだけど、カケルさんって自分の寿命は見れるんですか?」
ミルコットさんがいつもの調子に戻り、俺にそんなことを言う。なんだ、魔王って長生きなのか。なら俺の寿命も納得いくな。
「一億年近くあるぞ。それだけ生きれるのかは謎だけど……」
「は?」
「……一億って……」
「おかしいのか?」
「各属性をつかさどる魔王様でも千年くらいですよ……? 私達エルフよりちょっと長生きなくらいで。最近、光翼の魔王様が娘さんに代替わりしたって聞きましたけど……」
「うーむ……カケルが嘘をつくとは思えんし、謎じゃのう……」
皆の話で色々と規格外、というのは把握できた。
ホント、アウロラのやつ一体どういうつもりなんだ……?
ユニオンマスターとやらがなにか知っているといいんだけど、期待は薄いかもしれない。俺はヤケクソになって酒を飲みまくったのだった。




