第十六話 残り数分の攻防
アンリエッタを見送った後、俺は町へと戻りってできそうな準備を進めることにした。
あの調子じゃビーンもゼルトナ爺さんも来てはくれるとは思えない。ならば俺一人でもなんとかできるようにしなければならない。
何度か寿命を使っても簡単に俺が死ぬことは無いだろうしな。
「ロープにランタン、油……ナイフと……」
なけなしのお金で道具屋で雑貨を買い、大部屋で品定めと装備をしていき、そのまま時計が0時を回るまで目を瞑らずに待つ。
「……来なかったか」
ここで待つと言っておいたが、ゼルトナ爺さんもビーンも来なかった。
昨日今日会った男の言葉を信用しろと言われても困るだろうから仕方ない。叩きだされなかっただけマシと思うことにする。
「……残り四十五分……」
「あれ? カケルさん、どこへ行くんですか?」
槍を担いでユニオンのホールへ出たところでミルコットさんに出くわし、こんな夜中にどうしたんですか? と声をかけられた……ちょうどいい、一応、彼女にも話しておこう。
「ちょっとアンリエッタの家まで。ちょっと荒事になりそうなんだ」
「……? 何でそんなことを……? 夜這いに行くってハッキリ言ったらどうです?」
「違うよ!? ミルコットさんだから言うけど、もしかしたらアンリエッタが死ぬかもしれないんだ。俺はそれを止めに行く。信じてもらえるとは思えないけど、三十分経っても俺が戻って来なかったら、強いヤツを何人か連れてアンリエッタの家まで様子を見に来てくれないか?」
俺の言葉に益々胡散臭そうな顔をして覗き込んでくるミルコッタさん。ま、これも予想範囲内だ。
「それじゃ!」
時間が無い。俺はそれだけ言うと一気に走りだした。
「あ、ちょっと! もう、一体なにを言ってるのかしら? 待てよ、カケルさんが家に行く……アンリエッタちゃんが死ぬ……もしかしてカケルさん、アンリエッタちゃんと心中する気なんじゃ!? あわわ、ど、どうしましょう!?」
◆ ◇ ◆
村までは歩いて十五分。
町を出るときに『速』に振り分けた俺は、村まで数分程度で辿り着く。ランタンの火を消し、足を戸を立てないようにゆっくりと果樹園へと向かう。
「(静かだな……スキルの誤作動ならいいんだけど)」
と、思っていたがやはり甘くは無かった。
この時間なら寝ているはずのアンリエッタの家からは明かりが漏れていた。スッと近づき、割られた窓を覗くが誰も居ない……だが、ぼそぼそと奥の部屋から声が聞こえてくるのが分かった。
「(やっぱ強盗か……?)」
スマホを見ると十二時三十五分を表示していた。
そっと玄関を開け、中へ入ると奥の寝室から男の声が響いており、少し開いていたドアから覗きこんでみると――
「んー! んんー!」
「元気のいいお嬢ちゃんだ、殺すには惜しいなぁ」
「あ、あなた達、こんなことをしてタダで済まないわよ」
隙間から見えたのはロープで縛られて床に座らせられているアンリエッタとニルアナさんだった。
アンリエッタは口に布を噛ませられて喋れないようにされていた。恐らくかなり暴れたのだろう、頬にはぶたれた痛々しい痕が見える。
「(……落ち着け俺……何人いるかを確認しないと……)」
再び部屋を覗き、落ち着いて観察するとベッドに腰掛けている二人の顔には見覚えがあった。
「(あいつら……!? 冒険者じゃなかったのか!?)」
昨日と今日で俺に絡んできたあの二人組だった。
ダガーと剣をチラつかせながらにやにやと笑って親子を見ていたのだ。相手が二人なら何とかなるか? そう思った直後、もう一つ人影が現れる。
「早く始末してくれ、夜は長いといっても長居はできん」
「そう言うな村長。少し楽しませてくれてもいいだろう?」
村長だと!? 怪しいとは思ったが、どんぴしゃかよ!? さらに男達は話を続ける。
「しかし……」
「へっへ……仕事はするさ。その前に……」
「んんーー!?」
アンリエッタをベッドへ放り、舌なめずりをするダガーの男。服に手をかけたその時だ!
「うぐ……!?」
アンリエッタの蹴りが男の腹に突き刺さった。俺も受けたことがあるが、あれは効く。だが、男はすぐに持ち直し髪を掴んで怒鳴りつける。
「すぐに死にたいみたいだなぁ? そこのボーイフレンドの後を追うか?」
「……!」
ボーイフレンド? 何のことだ?
男の視線を辿ると、薄暗くて見えなかったが――
「(……!? ビーン! お、お前来ていたのか……!)」
肩から血を流してぐったりしているビーンが床に倒れていた。
死んでるのか!? 俺は咄嗟に『生命の終焉』を使いビーンを見る。
『ビーン 寿命残:二時間半』
大丈夫、まだ生きている。回復魔法を使えば、二時間以内なら助かるはずだ……!
「……殺すなら殺しなさい……村長、あなたがなにを考えてこんなことをするのか理解できませんが、きっと誰かが地獄へ落としてくれるでしょう」
くそ、ニルアナさんの寿命も残り十分か! 踏み込むしか……!
「ふん、旦那が死んで少しは大人しくなったかと思ったがそんなことは無いようじゃな」
「……当たり前です。あの人の分までアンリを育てなければいけないのですから」
「あの男もワシの言うことを聞いておれば死ぬことは無かったのにのう、ひっひ……」
「何を言って……?」
「お前の旦那を殺したのはワシじゃよ。二年前、崖から突き落としてな! この果樹園……かなり儲かっておるじゃろ? 同じ村に住んでいながら不公平じゃないか。だから売上の一部を寄付するように言ったんじゃ。そしたら、あの馬鹿め『そのお金を村の為に使うなら少しは出そう、だがあんたは自分のものにしたいだけだろう』とな!」
「そんな……村長があの人を……! くっ……!」
あの穏やかなニルアナさんが泣きながら凄い形相で村長を睨みつけて叫ぶ。
それを剣の男が押し返していた。ニルアナさんの叫びなど聞こえていないかのように村長は話を続ける。
「ワシは思ったんじゃ……この果樹園を乗っ取ってしまえば、と。そこでテイムしたフォレストボアを譲ってもらい、果樹園にけしかけることを思いついた。お前達はすぐに根をあげて村を出て行くと思ったが生意気にも耐えおった。しかも冒険者を雇って退治してもらおうなどと言い出しおって!」
バシっとアンリエッタを叩くと、口から布が取れ、アンリエッタが口を開いた。
「このクズ……! なにが村長よ! ただの犯罪者じゃない! 思惑が外れて残念だったわね! 私を殺したら化けて出てやるから!」
「何を……!」
「う!? ……!」
村長が激高してアンリエッタの首を絞めはじめた。その時、隙間を覗いていた俺の目とアンリエッタの目が合う。驚いて目を見開いた後、口を動かした。
『に げ て』
「……っ」
口の形は確かにそう動いたと思った。
こんな時まで人の心配をしてるんじゃねえよ……どうせなら『助けて』って言えってんだ。
俺は心の中でオープンを唱え、ステータスを変更する。
力:32
速:15
知:8
体:16
魔:10
運:14
『魔』を12減らして『力』に全振り。これなら力負けはしない……あの時はなにも出来なかった……だけど今の俺には力がある。今度こそ……!
俺は扉を蹴破り槍を構えて躍り出た。まず狙うはダガーの男。
「な!? てめぇは! クソなんでここに!」
外した……!
今のを避けるのかよ! 急ブレーキをかけて今度は槍を振るとダガーの男はそれを受け流して迫ってきた。
「力はすげぇな!? ちょっとビビったぜ、これなら確かにフォレストボアを殺れるかもなぁ。だがぁ!」
「くっ……ヒール」
「回復魔法か? ますますフォレストボアじゃ相手にならんか」
「まだだ!」
剣の男に槍を振ると剣で受け止められた。マジか……!?
「おっとっと……!? 凄い力だな! だが、戦い慣れしていないからバランスが悪いし、この狭い中で槍を使うとはアホのすることだぞ」
槍をすり抜けて頭部に剣を振り下ろしてきた。
慌てて身をよじるとダガーの男が俺の足に刃を突き立てて来ていた。いつの間に来ていた……!
「痛ぅう!?」
「こっちは二人だぞ? 周囲に気を配っていないとこういう目にあうのさ。せめて剣だったらいい勝負になったかもしれねぇなー。ちなみに俺達のレベルは十だ。力だけじゃ……勝てんなぁ」
剣の男の攻撃を捌くのに精一杯で、ダガーの男の攻撃は躱しきれなかった。ヒールを使う間もなく俺はあっという間に血だるまにされ……。
「ぐあああああ!?」
俺はビーンの近くの床に転がされてしまった。強い……狭い室内で槍不利か……HPは……。
24/170
ぎ、ギリギリか……寿命で死ななくてもここで気絶したらアンリエッタは殺される……か、回復をしないと……
しかし、意識が朦朧としている中でヒールをかけようとしてもうまく行かなかった……な、なら槍を……
「ヒュー、まだ動けるのか。体力の高さもあなどれねぇな」
「成長すれば中々いい冒険者になったかもしれないが……運が無かったな」
「カケル!? ねえ! 死なないでよ! ねえってば!」
ああ……何かアンリエッタが叫んでる……? 安心しろ……すぐ助けてやるから――
「は、早く全員殺せ! 四人を埋める時間を考えると時間は無いぞ!」
「チッ、削がれちまったなぁ……仕方ねぇ……母親から、な?」
「俺がやろう。武器を使うと足がつくからこれで……」
「……! うう……!?」
「お母さん! あ!?」
「すぐに後を追わせてやるからな?」
ニルアナさんの首にロープが巻かれ、呻き声が上がる。
そこでアンリエッタも村長に首を絞められていた。寿命が後二分……本気で殺しに来たみたいだ……何か……今の俺にできることは……こいつらを倒す方法を考えろ――
俺が考えていると、何故か無意識にオープンが発動し、特殊の中にある『TIPS』が激しく点滅していた。
震える指でTIPSの文字をスライドすると、同じ特殊枠にある『魔王の慈悲』と『生命の終焉』が鈍く光りスキルの説明が頭の中に入ってくる……これは、このスキルは――
俺は口から血を流しながらも口元に笑みを浮かべていた。




