第十五話 明日の約束
「しまった!?」
俺は親子を助けられる案を考えながら寝てしまったことに気付き、慌てて体を起こす。
ポケットに手を伸ばしてスマホの時間を見るとディスプレイには七時二十分の表示を見て息を吐く。
「朝か……でも時間はあまり無いな」
ってスマホ?
「色々あって気付かなかったけどポケットにスマホが入ったままだったのか……」
大学で昼寝する時の癖でポケットから取り出してしまった。焦るとよくあったが……。
とりあえず少しいじってみるが、通話は勿論、アプリも通信ができないので動かなかった。時計機能は問題なさそうなので、腕時計代わりに使えるのだけでも僥倖だろう。
「とりあえず今夜のために養成所に顔を出すか」
身支度を整えユニオンの受付へ向かっていると、その方向から良い匂いが漂ってくる。そういえばフードコートみたいになっていたっけか。
もしかしたらモーニングメニューみたいなものがあるのかもしれないと、俺はいそいそとホールへ出る。
「ほわあ、こりゃすごいな……」
昨日の朝はアンリエッタの家でゆっくり食べていたのでこの人だかりには出くわさなかった。
だが、今日は冒険者がわいわいしているところを見ることが出来た。田舎だからと言っていたが予想より人は多いようだ。エルフ耳……ネコミミっぽいのもいるな。
「あそこか」
何人か並んで待っているところがあり、料理をもらっているようだ。俺もその列に並ぶことにする。
「はいよ、食パンに野菜スープ、ゆで卵にサラダと干し肉とジュースだ! 三百セラだよ」
「安いな、それじゃ三百セラ」
「しっかり食べて稼ぐんだよ!」
豪快なおばさんがニシシと笑いながら見送ってくれ、次の人にまた提供していた。さて、適当な場所を探して食べるか。
シンプルな食パン二枚にはそれぞれバターとジャムが塗られており、ゆで卵は固ゆでで、塩はなし。
こういう異世界は塩が貴重だったりするからそういうものだと思おう。サラダはトマトにリンゴの薄切りと千切りキャベツ。
向こうの世界でもよく見かけるサラダだ。干し肉は……干し肉だ……ビーフジャーキーより気持ち厚いかな? 程度の肉は噛めば噛むほど味が出る。最後にリンゴジュースを飲み干して手を合わせる。
「ふう、朝からいい食事だ。三百セラは懐に優しいのもいい。国が運営しているってのが関係しているのかね?」
ただ、個人的にはアンリエッタの家で食べた朝食が美味しかった気はする。
後は――
「サラダとリンゴジュースのリンゴは多分アンリエッタん家のリンゴだな? 露店でも売って、卸してもいるとなると実はあいつの家お金持ちなんじゃ……? だからか?」
俺が一つの仮説を考えていると、ポンポンと肩を叩かれたので振り返ると……。
「おう、兄ちゃん。いいもん食ってるじゃねぇか? 昨日金が無いって言ったのは嘘か? 俺達にも奢ってくれよ」
そこに居たのは昨日俺に金をせびってきた冒険者二人組だった。面倒な奴等に見つかったもんだと思いながら俺はため息をついた。
「昨日、金が無かったのは本当だぞ? あの後に運よくフォレストボアを倒す依頼を受けて金が入ったんだ」
「……こいつが? しかし初心者の槍だな……」
「へえ……おかげで美味い汁が吸えるってわけか……」
「ん? なんだ?」
立てかけてある槍を見ながらぶつぶつと二人組が耳打ちしていた俺が訝しんでいると、二人は慌てて愛想笑いをしながら肩をポンポンと叩きながら言った。
「いやいや、何でも無いぜぇ! お前も冒険者だったんだな! 食事中に悪かったな!」
「じゃあな、せいぜい小金を稼ぐんだな」
「……何だってんだ?」
もう少し絡まれると思ったけど意外とあっさり引いたことに違和感を覚える。ま、絡まれないに越したことはないか。食器を片づけて俺はゼルトナ爺さんの講習部屋へと向かった。
◆ ◇ ◆
「お、今日もあんちゃん来たのな!」
「えらいのです」
「今日はオイラ達、文字とかの勉強らしいぜ」
入って早々子供たちに群がられた。妙に懐かれてしまったが悪い気はしない。
「こらこら、まずはおはようだろ?」
すると三人そろっておはよう、と返してくれた。素直な奴等は好きだぞ? 席に着くと、ビーンも部屋へ入ってきた。
とりあえず目が合ったあと、鼻を鳴らして自分の席について目を瞑っていた。俺は頬杖をついてビーンを見る。
……昨日考えた案にはこいつが必要だ、講習が終わったらゼルトナ爺さんと一緒に残ってもらわないといかん。そうしているとゼルトナ爺さんが部屋に入ってきて授業が始まった。
まずは子供たちに文学……いわゆる国語を教え、その後俺達の講習に入る。子供たちは冒険者ではないが、話を聞くのは
「今日は職業についてじゃな。まだお主たちはジョブを手に入れておらんな?」
「ええ」
「俺もレベルしか上がってないな」
「うむ。ジョブはユニオンの養成所の教官……ここじゃとワシじゃな。その教官の許可を得る必要があるのじゃ」
――爺さん曰く、なりたい各職業を申告した後、試験を受ける必要があるらしい。ペーパーテストと職業によっては実地訓練か教官とのタイマンといったものがあるとのこと。
また、各ジョブは初級職から中級職、そして上級職があり、それぞれ試験に合格する必要があるのだそうだ。
「なあなあ、爺ちゃん! オイラも強くなれば受けられるのか?」
俺の横でゴルが手を上げて叫ぶと、ゼルトナ爺さんが顎髭を触りながら笑う。
「そうじゃのう、きちんと数字と文学を勉強すればな」
「うぇ、やぶへびだよ……」
ははは、と爺さんと俺が笑い、ビーンも腕を組んでふんぞり返っていたが口元をゆるませていた。
やがて今日はこれまでと終了した。
俺はさっさと帰ろうとしていたビーンとゼルトナ爺さんを呼び止める。子供達はさっさと部屋を出て行ったので好都合だ。
「すまん、ビーンだっけ? ちょっといいか。ゼルトナ爺さんも」
「……? オレはお前に用などないぞ……」
「なんじゃ? ……真面目な話か?」
「俺はいつだって真面目だよ!? まあいい……今夜、それも深夜一時なんだが、その時間に……アンリエッタと母親が死ぬらしい」
俺が言い終わると、黙って聞いていたビーンが激高して胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「なにを言ってんだあんた! 冗談にしてはタチが悪いぞ!」
「い、いや……本当なんだって……」
「ビーン、話を聞いてみようじゃないか。冗談でこんなことを言う奴はそうおらん。訳がありそうじゃ」
ゼルトナ爺さんに宥められて手を離すビーンだったが、俺を見る目は完全におかしいやつを見る目だった。無理もないとは思う。
それはともかく俺は自身のスキル『生命の終焉』について二人に説明した。
爺さんとビーンは寿命と思われる時期まで生きる数字があるが、アンリエッタ達は残り数時間と見えていたことを。
「ふうむ……寿命を見る、そんなスキルは聞いたことがないのう……」
「そうなのか……俺もいきなりのことで戸惑っているんだけどな。で、俺としては助けたいと思っている。原因が何かまでは分からないが村の人達の寿命はそのままだったところを見ると、村に魔物が入って暴れるってことは無さそうなんだ。恐らく強盗かなにかが押し入るんじゃないかって考えている」
「確かにあそこは蓄えがあってもおかしくは無いがのう……しかしそんなことをするメリットは……」
「適当な事を言ってるんじゃないのか? ……バカバカしい……」
二人は信じられないといった感じで、考え込む。
「で、提案なんだけどその時間付近にアンリエッタの家へ行って様子を見ようと思うんだ、だから二人にも着いて来てほしい。できれば強い人も居ると助かる」
「む、むう……これでもワシは現役時代は結構ぶいぶい言わせていたから強盗や盗賊程度には負けはせんが……しかしのう……」
「……」
ゼルトナ爺さんも半信半疑といったところで、ビーンは無言で席を立ち、どこかへ行こうとする。
「あ、おい! どこ行くんだ!?」
「付き合っていられるか。そんなスキルを聞いたこともない……お前がその強盗なんじゃないのか?」
「お前……!」
「ふん」
こと、アンリエッタの話だから食いつくと思ったが、それ以上に俺が信用されなかったか、。ォレストボアを倒したお礼を聞けたからと調子に乗った俺のミスかね。
「お主はどうするんじゃ?」
「……俺は一人でも行ってみるよ。寿命が確定なら意味が無いのかもしれないかもしれないけど、顔を見て仇は討てるかもしれないだろ?」
「そうか……少し考えさせてくれ」
「分かった。俺は時間近くまでユニオンの大部屋にいる」
とりあえず信用できそうな二人には声をかけた。ビーンもアンリエッタの危機となれば何かしら動いてくれると期待したい。
そして俺は昼飯もそこそこにして村へ足を運ぶ。村長さんの家へ行くと今日は在宅していたようで、ドアから顔を覗かせて話しかけてきた。
「おや、あなたは……本日はどうされましたか? ああ、フォレストボアの討伐、ご苦労様でした。おかげで安眠できます」
「いえ、なんとか出来て良かったです。少し聞きたいことがあるのですが……」
「ああ、申し訳ありません。今、来客中でしてね、明日なら……」
「時間は取らせませんから」
「申し訳ない、では」
バタン、と乱暴にドアを閉じられて俺は門前払いを食らう。
怪しい……だが証拠は無い。会話からボロを出してくれればと思ったけど、応じてくれないとは誤算だった。
仕方なく俺は町へ戻って今夜の為の準備をしようと踵を返す。入口まで歩いていると、果樹園の方からアンリエッタが大声で俺を呼んできた。
「あー! カケルー! 昨日はどうしたの? なんで戻って来なかったのよ」
タタタ、と駆けてきてぷりぷりと怒る姿は初めてリンゴ泥棒と言われた時によく似ていた。
「あー、流石に女性二人の家に泊まるのは俺が恥ずかしかったんだ。だからユニオンの貸し部屋で寝たんだよ」
「そ、そうなんだ。今日も?」
「そうだな、あっちの方が起きて講習を受けるのが楽でいい」
「……そっか……あ、でもお母さんがカケルがいると楽しいって言ってたからまたご飯を食べに来てよ!」
「ん。そうだな、またその内……」
「明日」
「ん?」
「明日でいいじゃない! 夕飯、食べに来てよ!」
明日……か。
「……分かった、約束な」
「うん! 今からは?」
「ちょっと、やることがあるんだ。ミルコットさんに依頼の話とか聞いてみようかなって」
「そう、冒険者になりたてだもんね。うん、頑張ってね! それじゃ、また明日! 忘れないでよ」
「ああ、また、明日」
元気に家へ戻って行くアンリエッタを見送る俺。
その頭上には……『寿命残:10時間』と見えていた。また明日。
明日が来ることが無いかもしれないことを知っている俺は何となく胸が苦しかった。出来る限りのことはやろう。そう思い俺は急いで町へ走って行った。
◆ ◇ ◆
「……ふう」
「どうした?」
「いや、なんでも無い……フォレストボアを倒した小僧が来たんじゃが追いかえした」
「あいつかぁ? なんでまた村長に?」
「分からん……が、気にする必要もあるまい」
「まあ今夜の仕事が済むまではじっとしておいた方がいいだろうな」
「うむ。家政婦も今日は帰らせておる。ここなら実行する前の隠れ家としては間違いないだろう」
村長はカケルに因縁をつけてきた二人組を前にしてそんなことを言う。アンリエッタ達を殺害するよう二人組に依頼したのは、村長だった。
「感づかれていても、明日には親子は死んでいて俺達はずらかる。あんたは親子の死を悲しむふりをする……とんだ村長だぜまったくよぅ♪」
「ふん、お前達が言えたことか。まあいい、夜は頼むぞ」
「任せろ、金を忘れるんじゃないぞ?」
わかっていると言い村長は自室へ戻る。
それぞれの思惑が絡む死へのカウントダウンが始まった――




