第九話 アンリエッタの事情と魔物
すっかり暗くなった林の中を、アンリエッタガランタンを照らしながら進む。
俺はその後ろを着いて歩いている。担いだ槍がずしりとのしかかってくる感じがして、明らかに疲れを感じていた。
幸い、村までの距離はそれほど離れていない。入り口の灯りが見えたあたりで俺はホッと胸をなでおろしていた。
しかし、村へ入ろうとしたその時。
「ぐあああ!? う、腕がぁ!?」
暗くてよく見えなかったが、すれ違い様に誰かと接触して俺の肩が折れる――
「そんなに当たりは強くなかっただろうが!?」
「だ、大丈夫ですか!」
――ということは無く、疲れにより足取りがおぼつかず跳ね飛ばされただけである。
アンリエッタが相手を心配してランタンを向けようとしたが、もう一人居るらしく、『おい、いいからいこうぜ』という言葉と共にそそくさと闇夜に消えて行った。
「何だったんだ?」
「……さあ? でも、村の人じゃないわね。ランタンの灯りで私の顔は向こうから見えていたはずだから声をかけてこないことはないはずだもの」
ま、別に村にお客さんが来ない訳でもないからいいけどねと、さして気にしない様子で再び歩き出す。やがて、果樹園の傍にある一軒家に入って行った。
「ただいまー!」
「お、おじゃましまっす!」
女の子の家に呼ばれるなど産まれてから一度も無かったことを思い出して緊張する。
落ち着け俺、たかが女の子の家に入っただけじゃあないか。何も取って食われたりするわけでもない、まずは深呼吸を――
「おかえりなさい!」
「もろへいあ!?」
深呼吸の「深」くらいの時に、目の前に女性が現れ挨拶をしてきた。
さっきまで誰も居なかったのに……この人は縮地でも使えるのだろうか……勿論、俺は驚いて尻餅をついた。
「あらあら、ごめんなさいね」
柔和な笑みを浮かべて俺に手を差し出してくる女性。どことなくアンリエッタに似ているなと思いながら立ち上がって挨拶をする。
「い、いえ、大丈夫です。俺はカケル、アンリエッタに依頼されてフォレストボアを退治しにきた者です。アンリエッタのお姉さんですか?」
すると、女性はにっこりとほほ笑み、アンリエッタはジト目で俺を見てきた。そして女性が自己紹介を始めた。
「私はニルアナと言います。アンリエッタの……母です」
「はは、そうですかアンリエッタのお母さん……お母さん!? し、失礼ですが、おいく#痛__つう__#!?」
俺が尋ねたところでアンリエッタの蹴りが俺の尻にヒットした。
「尻が割れた……!?」
「横に割れてたらいい病院を紹介するわね。お母さん、アホのことはいいからご飯の用意をしましょ」
「ふふ、カケルさんもどうぞ上がってください。あ、洗面台で手を洗っておいてくださいね」
「あ、はい……」
俺は尻をさすりながら玄関横にあった洗面台で手を洗う。
蛇口はないが、ポンプっぽいシーソーのようなレバーを下げると水が出てくる仕組みのようだ。
手を洗いって奥へ向かうといい匂いが立ち込めてきた。そこで俺の腹が盛大に鳴りはじめたので槍を玄関に立てかけてフラフラと食卓の席へついた。
「はい、カケルの分ね」
アンリエッタが俺の前に料理を並べてくれ、すぐに三人分の料理が並んだ。どれも美味しそうだ。
「それでは召し上がれ♪」
「いただきます」
「……いただきます」
この世界でも『いただきます』は共通のようで何か安心した。
それではと俺は野菜たっぷりのスープを口に運ぶ。
鶏ガラと思わしきコンソメっぽいスープが空腹の胃に染み渡る。いきなり重いものを食べると腹を壊すからまずはスープだ。
そして中には人参とブロッコリーが入っており、人参は甘く柔らかいしブロッコリーは芯がほどよい硬さになっている。いい仕事だ。
スープで腹を温めた後、今度はパンに手を伸ばす。
異世界の庶民のパンは小説などで固いイメージがあったものの、実際は柔らかかった。バターを練りこんであるのか、滑らかな風味と柔らかい味が口の中に広がった。
最後に主菜である肉へ取りかかる。
先程スープを取った鶏と同じだろうか? トマトソースがかかったもも肉が『食べて』と存在感を示してくる。ナイフを入れるとスッと切れるほど柔らかく、トマトソースも絶品だった。
「満足いただけたみたいですね、良かったわ♪」
「ふふぁいでふよ、ふぉれ! ふぉふにふぉれが!」
「ああ、芽花椰菜は美味しいですよね」
心の中でカッコつけては見たが現実はこんなものである。
ふがふがと一心不乱に料理を口に運び、俺は一気に平らげる。最後にスープと芽花椰菜というブロッコリーもどきを口に運び俺は一息ついた。
「ご馳走様でした!」
「いいえ、まだこれからなんですよね? 少しゆっくりなさっててくださいね」
「早いわね……で、どうなの?」
もも肉を小さな口でもぐもぐさせながらアンリエッタが俺の方を見て呟く。
「フォレストボアか? ……レベルは上げて来たけど正直分からん。魔物と戦うのも初めてだし」
「そっか。ごめんね、冒険者登録もしていないレベル一だったのに……だけど、どうしても今日中に依頼を受ける人が欲しかったの」
「? なにか急ぐ理由でもあるのか?」
「依頼金、三千セラだったでしょ? 相場より低いってミルコットさんも言ってたけど、その内の半分……千五百セラはウチが出しているの。被害が一番大きいのはウチで、他の人達はそれほど被害が無いから退治したければ多く出せって言われてさ。村長さんが今日までに受けてくれる人が居なかったら、三千セラは貯蓄してもう少し貯めてから依頼をしようってなったの」
などとアンリエッタが説明をしてくれた。
しかし貯蓄される場合、千五百セラを取られた上に被害は減らないわでかなり損をすることになる。
だからとりあえずでもいいのっから依頼を受けてくれる人を見つけたかったのだそうだ。
「利用した形になったのはごめんなさい。すぐに達成できなくてもいいし、追い払うだけでもいいからね?」
「ああ、俺も死にたくはないからその辺はな」
「すいませんなんだか娘が無理を言って……」
「い、いや、大丈夫ですよ。こうやってご飯もいただいていますし……それより、女性二人の所に男を入れるなんて不用心じゃないか?」
するとアンリエッタがキョトンとして俺の顔を見て笑った。
「そうね、カケルはあまり変な感じがしなかったのはあるかもね。普段なら絶対言わないわよ? まあ、町で顔はもう覚えられているし、ユニオンで依頼をかけているからカードに登録もされている。犯罪をしたらすぐに捕まるわよ」
「セキュリティが高いんだか低いんだか……」
押しかけ強盗だったらどうなるのだろう、とか考えてしまうが平和な村にはそんなことがそもそも無かったのかもしれない。
そんなことを考えながらしばらく二人が食べ終わるのを待つ間のんびりさせてもらった。
「さてと」
片付けの途中だったが、俺は席を立って玄関へ向かうと槍を担ぐ。
「もう行く? フォレストボアって二十二時過ぎからよく出るからもう少しゆっくりしてもいいわ」
アンリエッタがチラリと壁にかかっている時計を見ると、二十時前を指していた。この世界の時間も同じとなればいよいよありがたいと感じる。
「ここに居たら眠ってしまいそうだし、外で張っておくよ。もしかしたら早く出てくるかもしれないしな」
片手を上げて外に出ると、アンリエッタがランタンを持って追いかけてきた。
「はいランタン。貸してあげるわ。気を付けてね!」
「お、サンキュー。お前も気をつけろよ」
アンリエッタと別れて俺は村の中を少し歩く。街灯なんて代物はないのでところどこ松明の灯りがあるのみだ。
出歩く時間は終わっているのだろう。村人の姿は無かった。
「静かだな……」
それでも家には明かりが灯っているので寂しいという感じはしない。
畑、厩舎といった村って感じの趣を視線に入れながら周囲を警戒する。
現状、異常はないことを確認して俺は一旦村の中央へと戻った。
「祭りでもする広場ってとこか? ここなら全体が見えるし、ここで待つか……」
適当な石に腰掛けて目を閉じる。
虫の声すら聞こえない静寂の中、来訪者をじっと待つ。
「フゴ――」
「……!」
――――あまり寒くない夜の闇の中でウトウトしかけたとき、俺は気配を感じ、微かな声を聞いた。
「来たか……!」
目を開いて豚のような鳴き声と土を掘る音がする方へ慎重に足を運ぶ。すると畑の一角に『それ』は居た。
「でかっ!?」
俺は思わず叫んでしまった。言い訳をするつもりはないが、異世界から来た俺には無理も無いと思うんだ。
「ブルォ?」
二メートルちょっとはあろう体躯を揺らし、ヤツは俺に気づきこちらを向いた。




