第8話 「絵の具がぶつかるみたいに」
絢が玲央を呼び止めようとした、その瞬間。
「おはよう、玲央。……あら、神宮寺さんも?」
青髪をふわりとなびかせながら、
セレナが王女様の笑みを浮かべて現れた。
絢の眉がピクリと動く。
玲央は完全に固まる。
(……で、出た……! この空気どうすれば……!)
セレナは玲央に一歩近づくと、
自然すぎる動作で肩に触れようとする。
「昨日の続き、今日の放課後どうかな?
君と話したいことが、まだ山ほどあるの」
その声音は穏やかで、美しいのに――
どこか“奪いに来ている”圧があった。
玲央は困った顔で後ずさる。
「え、えっと……その……絢とも話す予定が――」
その瞬間。
絢が一歩、前へ出た。
無表情。
だけど目だけが鋭く光っていた。
「……ちょっと待てよ、あんた」
セレナがゆっくり振り返る。
余裕の微笑を保ったまま、冷たい光を宿した目で絢を見る。
「なにかしら、神宮寺さん?」
玲央の背筋が凍る。
(い、いやな予感しかしない……!!)
絢はセレナに真正面から向き合い、
一度だけ小さく息を吸い――
「……悪いけど。
そいつ、あたしのだ。」
堂々と、そう言った。
声は震えていた。
でも、絢はもう目を逸らさなかった。
玲央の心臓が飛び跳ねる。
「え、えぇぇぇぇぇぇっ!?」
セレナは少しだけ目を丸くし――
すぐに、楽しげな笑みを浮かべた。
「……ふふ。
面白いこと言うね、神宮寺絢
なら、証明してみせて?」
挑発ではなく、純粋な“興味”。
王女が見つけた“強い騎士”に向けるような視線 はたまた獣が好敵手を見つけた時の視線なのかもしれない。
絢は一瞬だけ目を細め、
まるで睨み返すようにセレナをまっすぐ見返した。
「……言われなくても。
最初からそのつもりだよ」
(やっべぇ……なんだこの二人の視線!!
俺が知らないところで勝手に戦闘入らないで……!!)
玲央は完全に固まっていた。
絢は、そんな玲央の横顔を見て――
(うわあああ言っちまった言っちまった言っちまった……!!
どうすんだあたし……!!)
心の中では大絶叫だった。
セレナはこの状況を楽しむように、
ゆっくりと絢に視線を移した。
「じゃあ――見せてもらうわ。
“黒瀬玲央を守る”あなたの覚悟を」
絢は息を呑んだ。
しかし、すぐに言い返す。
「守るんじゃねぇよ。
……隣にいるだけだ」
(やっべまた言っちまったぁぁぁぁぁぁ!!)
外はクール、
中身はパニック。
● 三人の周囲に流れる空気は――
乾いた風が、三人の前髪を揺らす。
張りつめた空気。
視線と視線がぶつかる音が聞こえるような静寂。
セレナはわずかに目を見開き――
すぐに、余裕の微笑へと戻った。
「……気に入ったわ、神宮寺絢」
その中心に玲央。パニックである。
(な、なんで!?
なんで絢が褒められてるの!?
もう意味わかんねーよ!)
(だ、誰か助けて……!
っていうか誰がこの状況作ったんだよ……!)
だが、その祈りは風に消えた。
――こうして、静かな放課後は
この日を最後に完全に終わりを告げた。
絢の決意。
セレナの宣戦布告。
そして、玲央をめぐる戦いの幕が静かに上がる。




