第7話 : 手つなぎの接触実験(暴走する心拍)
放課後の理科準備室。
蛍光灯の白光が、静かな空気の粒を浮かび上がらせていた。
昨日までのあやの乱れを思い返し、
胸の奥がざわつく。
扉を開けると、白衣の少女がすぐそこに立っていた。
「……来たのね、安藤」
声は平静──のはずなのに、
袖を握る指先だけが、かすかに震えている。
「今日の実験は……“接触テスト”。
皮膚刺激が心拍に与える影響の、確認……のつもり」
「つもりって言ったよな今!?」
「……細かいことは気にしないで。座って」
拘束具はない。
代わりにあや自身が俺の正面に腰を下ろした。
距離、四十センチ。
それだけなのに、あやの肩が小さく揺れる。
(やっぱ昨日の“囁き事件”効いてるよな……)
あやは机の上に右手を置き、
そのすぐ隣に、自分の左手をそっと差し出してきた。
「安藤……手を。
触れるだけでいいから……その……先端だけ」
言い終える前に、あやの指先がピクッと跳ねた。
(落ち着いてるどころじゃねぇ)
逃げ場も猶予もない空気の中、
俺はそっと手を伸ばした。
触れた瞬間──
──ピッ。
微かな電流のような震えが走り、
あやの呼吸がひゅっと詰まる。
「……っ!」
次の瞬間──
ピッ……ピピッ……ピピピピピッ!!
心拍計が、昨日以上の悲鳴を上げた。
「く、黒羽!? 俺じゃなくてそっちの反応やばいぞ!?」
「ち、違っ……これは……観測値で……っ」
あやの指先は震え続けるのに、
なぜか離れない。
むしろ、かすかに絡んでくる。
(……おい、今のは“触れる”じゃなくて“つないだ”だよな!?)
あやの胸が大きく上下し、
密着しているわけでもないのに、距離の熱が伝わってくる。
「や……っ……
思ったより……ずっと……強い……刺激……」
「手、触れただけだよな!?」
「そ、そこが……問題なのよ……っ!」
あやは顔を真っ赤に染め、
触れた指先を見つめたまま息を乱す。
「……安藤の手……あったか……」
「言わなくていいって!!」
「か、観察よ……! 今のは観察……!」
声が震えすぎて、説得力が粉々だ。
触れた一点から広がる体温が、
こっちの胸にも妙な熱を落とす。
(……なんだよこれ……俺まで変になる……)
指先がほんの少し動いた。
逃げない。
離れない。
そしてあやは、小さく息を飲んだあと、
「……安藤……手、離さないで……」
言った瞬間──
あや自身が息を呑んだ。
瞳が震え、肩が固まり、
まるで“自分の口から出た言葉”に一番驚いているみたいだった。
「い、今なんて!?」
「ち、違う!! これは……観測のためで……っ
は、離したら……揺れが……不正確になる……っ!」
「言い訳が苦しすぎるだろ!」
あやの耳から首筋まで真っ赤に染まり、
白衣の襟元まで赤みが広がっている。
ピピッ、ピピピッ、ピピピピッ!!
心拍計は、ほぼ測定放棄状態。
「黒羽、大丈夫か!? 本当に!」
「だ、大丈夫じゃ……ない……っ
安藤が……近くて……
手、あったかくて……っ
脳が……処理……追いつか……っ!」
「だから処理落ち言うな!」
「う、うるさい……っ……!
言語野まで……干渉……してるだけ……!」
あやはとうとう顔を両手で覆い──
次の瞬間、勢いよく手を離した。
「……今日はもう無理!!」
「早っ!?」
「む、無理なの!!!
これ以上やったら……心拍……壊れる……!!」
両手で顔を隠しても、
耳の赤さは隠しきれない。
「……あぁぁ……最悪……
冷静じゃない……全然冷静じゃない……」
机にノートを広げ、震える指で書く。
『接触テスト → 観測者Bの心拍暴走』
『離したくない反応 → 解釈不能』
『手の温度 → 好意反応……?』
『原因:被験者A(安藤)』
「……原因って俺かよ」
「安藤以外、考えられない……っ!!」
「なんで怒るんだよ!?」
「怒ってない!!
……ただ……混乱……してるだけ……!」
あやは白衣の胸元を両手で押さえ、
伏し目がちのまま深呼吸を重ねた。
その震えは、指からも声からも消えていない。




