表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/35

第35話 : 遠ざかる心、触れたい想い──それでも一歩だけ

 ゆうとは昇降口で靴を履き替えながら、今日一日のことを思い返していた。


 教室でも、廊下でも、昼休みでも──

 あやはゆうとを“避けているつもりはないのに避けている”態度だった。


 昨日より、今日のほうが距離が遠い。


(……恋人って、こんなに難しかったっけ)


 付き合った瞬間から距離が縮まるどころか、

 まるで逆方向に走り出したような感覚。


 靴ひもを結ぶ手が止まる。

 胸の奥に、ずっと刺さっている疑問がまた顔を出した。


(黒羽は……俺のことが本当に好きなのか?)


 あやが「好きすぎてこわい」と言ったのは本心だとわかる。

 だが、その本心に触れられないまま、すれ違いだけが積み重なっていく。


 下校しようと校門へ向かったとき、背後から小さな足音が追ってきた。


「ゆうと……!」


 あやだった。


 息を切らし、髪を揺らし、走ってきたらしい。

 普段なら絶対しない行動。


「どうしたんだよ。こんなところまで……」


「き、今日……ちゃんと言えてなかったことが……あるから……!」


 あやは胸の前で手を握り、視線を下げたまま震えている。

 心拍が速いのが、距離を隔ててもわかる。


「……ゆうとに、誤解されたままなのは……いや、だから」


「誤解って……俺、お前に嫌われてるのかなって……」


 その言葉に、あやは顔を上げた。

 驚愕で目を見開き、次の瞬間、首を大きく横に振る。


「ち、違う!! 嫌いなんかじゃない!!」


 声が校門前に響く。

 自分でも驚いたのか、あやは両手で口を押さえた。


「ご、ごめん……その……嫌われてるって、思わせちゃうの……ほんとに、いやで……」


「でも実際逃げてるし……」


「逃げてるんじゃ……ないの。

 近づきたいのに、好きすぎて……息が止まるくらい、苦しくなって……」


(やっぱり……そこなんだ)


 ゆうとは少しだけ納得しつつも、痛みが消えるわけではなかった。


「黒羽……俺、どうしたらいいんだろ」


「……わかんない」


「俺もわかんない」


 二人は夕方の校門前で、静かに向き合った。

 校庭から吹いてくる風が、あやの髪を揺らす。


 あやはぎゅっと拳を握りしめると、

 一歩だけ、ゆうとに近づいた。


 ほんの十センチ。

 その十センチに、彼女の全力の勇気が詰まっていた。


「……これが、今の私の……限界。

 でも、ゆうとと……ちゃんと恋人になりたい気持ちは……ほんとう、なの」


「黒羽……」


「だから……逃げるように見えても……ほんとは、近づこうとしてる……つもりで……」


 あやの声は震えていたが、言葉は止まらなかった。


「昨日より、今日のほうが……たぶん……ちょっとだけ……近い、はず……」


 ゆうとの胸の痛みが、少しだけほぐれた。


 あやの“近づきたいけど近づけない”という苦しさは

 ゆうとの“嫌われたのかもしれない”という不安と同じ場所を向いていた。


 ただ、歩幅が違うだけ。


「……わかった。じゃあさ」


 ゆうとはそっと、手を前に差し出す。


 握るのではなく、触れもしない。

 ただ“ここにいるよ”と示す距離。


 あやは迷いながらも、同じ高さに自分の手を浮かせた。

 触れるか触れないかのギリギリの間に、二人の影が重なる。


「今日のところは……これくらい、で……」


「うん。無理はしなくていい」


 あやはそっと息を吐き、わずかに笑った。

 それは今まででいちばん“恋人らしい表情”だった。


「明日……もう五センチ、がんばる……」


「お、おう……そんな細かく!?」


「大事なの……こういうの……!」


 あやは恥ずかしさを抱えながらも、ちゃんとゆうとを見ていた。

 距離はまだ遠い。

 でも、ようやくその距離を縮める“方向だけ”は揃った。


 すれ違いはまだ続く。

 だけど、そのすれ違いはもう昨日までのものと違った。


 むしろ──

 恋が動き出すために必要な、最初の揺れだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ