第20話 : ほのかの決意(涙の前の勇気)
夜の自室。
スタンドライトだけが淡く点り、
その光は開いたノートの上に小さな円を描いていた。
ほのかはページに視線を落としたまま、
その円の中で何度もペン先を止めては動かしていた。
(今日のユウ……なんか沈んでた)
(あやさん……あれ、泣いてたよね……)
あの二人の間に流れた空気を、
ほのかは痛いほど感じ取っていた。
距離を置こうとするあや。
それを追いかけるように悩むユウ。
どちらも苦しそうで──
なのに、自分はただ黙って見ているだけだった。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
ほのかはペンを握りしめ、ページの端に小さく書いた。
『ゆうと話すこと』
そこから文字は止まらなくなる。
『最近の距離のこと』
『あやさんの涙のこと』
『ユウの目が曇っていた理由』
『私の気持ち』
『逃げないこと』
『後悔しないこと』
箇条書きにするたび、
胸に溜め込んでいた痛みがにじみ出るようだった。
(……本当は、答えなんて最初から分かってるのに)
ぽたり、と涙がページを濡らした。
「こんなふうに書き出してる時点で……
私……ユウのこと……」
言葉にした瞬間、胸がズキンと鳴った。
恋が形になったときの痛み。
「譲るつもりなんて……なかったのに」
ずっと一番近くにいるはずだった。
幼なじみだから勝てるなんて傲慢じゃない。
ただ、自然とそう思っていた。
だけど──現実は違った。
ユウが見ている方向にいるのは、
自分じゃなかった。
「逃げてたら……届かないよね……」
ほのかは袖で涙を拭き、深く呼吸した。
涙で文字がにじみ始めていたページを閉じ、
新しいページを開く。
ペン先をゆっくり置き、書く。
『ちゃんと話す。』
『ちゃんと伝える。』
その二行を書いた瞬間、
胸の奥にあった霧がすっと晴れるような感覚がした。
(もう、逃げない)
自分の心がようやく決まった。
涙はぴたりと止まっていた。
翌朝。
まだ誰も起きていない家の中。
ほのかは鏡の前に立っていた。
寝癖を直し、
ポニーテールを一度ほどいてから、
指先で丁寧に整え直す。
特別なアレンジじゃない。
でも、「今日の私」が少しだけ強く見えるように。
制服の襟を整え、
迷った末に、小さくリップをひと塗りした。
鏡の中の自分は──
昨日よりほんの少しだけ大人びて見えた。
「……よし」
小さく呟き、鞄を手に取る。
(ユウ……私、ちゃんと言うから)
(逃げないって……決めたから)
玄関の扉を開くと、
朝のひんやりした空気が頬を撫でた。
でもその冷たさより強く、
ほのかの胸には温かい炎が灯っていた。
決意の光。
小さな靴音が、住宅街に軽く響く。
──今日。
日向ほのかは恋のフィールドに、一歩踏み出す。
涙を流す前に、
勇気を選ぶために。




