第10話 : ほのか、告白未遂と揺れる心
放課後の河川敷は、夕陽で世界がゆっくりと金色に染まっていた。
川の水面は光を跳ね返し、冷たい風が制服の裾を揺らす。
ほのかは、歩幅を合わせるように、ゆうのすぐ横を歩いていた。
学校から「帰り道を一緒に帰ること」は、これまで何度もあったはずなのに──
今日だけは足元がふわふわして、心臓の拍がうまく数えられない。
(……今日こそ言わなきゃって思ってたのに。
ゆうの隣、こんなに近いのに……言葉が出ない)
何度も唇がわずかに開いては、閉じる。
声にならない音が喉の奥に戻っていく。
ゆうは気づかず、流れる雲を一度見上げた。
「今日、寒いな。ほのか、上着薄くないか?」
「え、だ、大丈夫……!」
即答してしまう。
“気遣われた”だけで胸がぎゅっと縮むなんて、自分でもおかしい。
(やめて……そんな優しくされたら……
言いかけてる言葉が全部、壊れちゃう……)
それでも口にしなきゃ、前に進めない。
ほのかは深く息を吸って、夕陽に染まるゆうの横顔を見つめた。
整っているわけではない。
なのに、誰よりもあたたかい目をする。
(ずっと隣にいたい……そう思ってるのに、言えないなんて)
夕陽の光が差し込み、ほのかの影とゆうの影が重なる。
それがたったそれだけで、胸の奥がまた震えた。
沈黙が長く続いたあと、ほのかはついに口を開いた。
「……ゆうはさ」
「ん?」
ゆうが振り返る。
その仕草だけで心拍が跳ね上がる。
ほのかは夕陽に照らされて、ほんの少しだけ目を細めた。
「ゆうは……誰かの隣にいたいって、思うこと……ある?」
自分の声が震えているのがわかる。
だけど、止められなかった。
「隣……?」
「う、うん……その……
“戻りたい場所”みたいな……
“そばにいたいって思う相手”のこと。そういう……」
言いながら、声が先へ進むのを拒む。
喉の奥で言葉が引っかかる。
(わたしは……ゆうの隣にいたい。
言いたいのは、それだけなのに)
ゆうは少し考えて、真面目に答えてくれた。
「ああ……あるよ。
誰でも、そういう相手の一人や二人、いるだろ?」
その言葉は優しいのに──
ほのかの胸には、冷たい針のように刺さった。
(“誰でも”……か。
わたしじゃなくてもいいって……そういう意味、だよね……)
ゆうは気づかず、続ける。
「俺はあんまりうまく言えないけど……
そばにいたいって思うのは、大事な相手だと思うよ」
「……そ、そっか……」
言いながら、心がざわつく。
“わたしのことを言ってる”──そんな都合のいい期待をしたかったのに、
ゆうの言い方はあまりに“誰にでも当てはまる優しさ”だった。
(そんな答え……ずるいよ……)
沈黙。
でも、逃げ出したい沈黙ではなかった。
ほのかはもう一度だけ勇気を振り絞った。
「……ね、ゆう。
もし……隣にいたいって思うの、変かな?」
声が震えた。
胸の奥の何かが、ぎゅっと絞られていく。
ゆうはすこし驚いた顔をして、すぐ笑った。
「変じゃねぇよ。
むしろ……いいことなんじゃないか?」
「…………」
その笑顔が、ほのかには残酷に見えた。
(だって……
“いいこと”って言ってくれたのに……
ゆうは、その“隣”を……わたしだなんて思ってない)
最後の一歩。
あと一歩踏み出せば、“好き”を言えた。
でも。
喉が固くなり、声が出なかった。
「……そっか。
よかった……」
微笑んだつもりだった。
けれど、自分でもわかるくらい、その笑顔は弱々しかった。
その瞬間だった。
ほのかの目から──
ぽたり、と一滴だけ、涙が落ちた。
風に紛れるように落ちたその涙に、ゆうは気づかなかった。
けれど知っている。
この涙が、彼女の恋の“報われなさ”を静かに告げていることを。
(どうして……こんなに苦しいの……
言えなかっただけで……こんな……)
ほのかはそっと髪を耳にかけ、上を向いた。
夕陽がにじんで見えた。
「帰ろっか、ゆう」
「お、おう。……大丈夫か?顔赤いぞ?」
「夕陽のせい、だよ……」
本当は涙のせいなのに。
ゆうが気づかないからこそ、余計に胸が痛む。
夕陽の中、二人の影は並んで伸びている。
でも──
ほのかはその影が、決して重なることのない未来を知ってしまった。




