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月の寝台に寝転び

 ジョルジュとエステルは、出会ってから何度もジャンヌのバーで会った。セドリックの付き合いでジョルジュが来ることもあったし、エステルが誘って仕事終わりに合流することもあった。

 会話のテンポが合うのだ。

 話していて心地よいし、相槌を打つタイミングも完璧だった。エステルは傾聴と共感が上手く、聞く能力が高い。普段寡黙であまり話さないジョルジュが、自身でも饒舌になっている自覚があるほどにはよく話せた。

 例え沈黙が訪れようともそこに気まずさはなく、穏やかに横たわる沈黙の中にも信頼があった。触れようと思えば触れられる距離。それを超えないのが二人の均衡だった。

 二人は自然とプライベートでも出かけるようになった。デート先は主に夜のバー。のんびりと酒を飲み、穏やかな時間を過ごすのはささやかな幸せだった。

 そのうち互いの家に行き来するようになり、遅い時間には家に泊まりあったりもした。二人とも異性愛者であったが、友人として成り立っていた。

 ように見えた。


 先に動いたのはジョルジュだった。

 その夜はジョルジュが珍しく苦戦した後で、かすり傷や打撲が多かった。エステルも戦闘に参加、サポートして二人でへろへろになりながら勝利し、ジョルジュの家に帰った。シャワーを浴びて手当てをしあい、さて帰ろうか、とエステルが腰を上げた時だった。

「じゃあ、私はこれで。おやすみジョルジュ、ゆっくり休んでね」

 エステルがソファから腰を上げ、背を向けてリビングの扉に手をかけた。その小さな背中には警戒の色は全くない。

 ハンターの巣で、狩られる側の者が、あまりにも信用し切っている姿はいっそ哀れにも感じる。だが、その信頼こそが、お互いに何もしないと分かる安心こそが、二人を繋いできた。

 ドアノブにかかったエステルの小さな手を、ジョルジュの大きな手が包んで柔く引き剥がし、握りこむ。

息を呑んでエステルが後ずさると、すぐに厚い胸板に当たって動きが止まった。慌てて見上げると、長い黒髪の隙間から、甘やかな琥珀がエステルを見つめている。

「ジョルジュ……? 」

「本当に、帰るのか」

 ぎく、とエステルの背筋が震える。動きを止めて久しい心臓の音はどきりとも言わないが、もし動いていたなら破裂寸前まで拍動しただろう。吸血鬼の超常的な聴力はジョルジュの力強い心臓の音を確と聞き取った。

 早鐘を打つような、どくどくと速い血潮のおと。

 エステルもジョルジュが放つ蠱惑的な空気に影響されはじめ、内股が震え出した。

 恐怖ではない、期待から。

「か、かえ、る……だって、ジョルジュ、疲れてるでしょう」

「疲れていない」

「あ、」

軽くひょいと薄い身体が抱き上げられる。それから間髪入れずに口を吸われた。どちらが吸血鬼がわからぬほど、濃厚で深い口吸いにエステルの脳髄が動きを止めて溶けだす。

 気持ちいい。

 ジョルジュの体温は、粘膜に触れるのは、こんなに心満ちるものなのか。驚愕で縮こまっていた細い体の力が抜け、全てを男に預ける。控えめに指先が胸板に添えられた。

 エステルは生まれて長い。五百年は生きた個体だが、その実誰かに肌はおろか、唇も許したことがない。それでもジョルジュにされる全てを許容できた。暖かな体温に求められて、素直にとても嬉しかったのだ。

「抱きたい」

 熱烈な口吸いの合間にそう言われる。

熱のこもる囁きに息を呑んだ。逃げたいとは思わない。それだけエステル自身もジョルジュを望んだ。すっかりとろけた思考はこの先の夢のような時間を望んで、朧げながらも首をこくりと頷かせる。

「帰らなくてもいいな」

「……ん」

鼻先や額を擦り合わせ、触れるだけのキスを繰り返す。

 夜はどんどん深まって、恋人たちの時間が始まった。


 翌朝、エステルのためにカーテンを閉めた寝室で、ジョルジュは目を覚ました。腕の中で丸まって寝ている恋人は、ぷうぷうと寝息を立てて安心した顔をしている。ハンターの男に抱かれて、その閨でする顔ではおおよそないが、信頼されていると思うと愛おしかった。

 今日は休日だ。報告書を協会にあげるのも明日で良い。

 二度寝をしよう。エステルは起きれば羞恥で逃げるだろうから、がっちり抱きついて離さなければいい。たまには夕方まで寝よう。ジョルジュは細い体を腕の中に閉じ込め、瞼を閉じた。

 夕方に目が覚めると、ジョルジュの腕の中でエステルは両手で顔を覆っていた。はみ出た耳は真っ赤に染まっている。

「ころして……」

「なぜ?」

 エステルの頬にかかる髪を耳にかけてやると、指の隙間から蚊の鳴くような声がした。

「恥ずかしい……」

「他人に肌を許すのは初めてか?」

「それどころか、キスも初めて……」

 初々しい反応に、胸をくすぐられたような気になる。五百年生きた個体の『初めて』がまだあったとは。

「恋って、こんなに熱いんだね」

 エステルは自身の胸を押さえてうずくまる。頭をジョルジュの胸板に預け、ぽつりとこぼした。

「溶けちゃいそう」

 すでに死んだ体は代謝がないから体温もない。代わりに、人の熱を移せば温まることはできる。穏やかにジョルジュの体温を移され、染まっていくことにエステルは喜びを覚えた。

 愛した人と同じ、優しさの温度。自身の凍てついた、死を望む心が柔らかく解けていく。存在していてもいい。苦しまなくてもいい。ただ存在を認めてくれる懐深い包容力に、エステルは甘えた。

「……好き、ジョルジュ」

「私もだ」

 額を合わせ、キスの代わりに鼻先を擦りあった。そこから先は言葉も必要ない。瞳で問いかける。瞬きと少しの仕草で互いの欲するものを察した。

 キスをして、柔らかに触れ合って、また二人はベッドに沈んだ。

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