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『あきらめましたよどう諦めた あきらめられぬとあきらめた』

作者: 中村 ちこ



 

 胸まで伸びた黒い髪にぱっちりとした目。僕は、同じ学部の女の子に恋をしている。


 


 ――人生で初めての一目惚れだった。

 



 だいたいどの授業も生徒の顔ぶれは変わらない。同じ学部の人の必修科目は同じだからだ。おかげで僕は、彼女と週4日も顔を合わせることができている。


 

 1年生の間はただ見つめるだけで終わった。しかし、突如として恋の女神が微笑んだ。なんと2年生になって、授業の課題発表でグループが同じになり、奇跡的に会話するきっかけができたのだ。



 僕はとにかく嫌われないように、細心の注意を払って話しかけた。「このテーマのここについてどう思う?」「もう自分の担当範囲終わった?」「明日のプレゼンテーション間に合うかな?」


 とにかく授業の内容についてだけ話しかけた。



 


 そんな彼女はひとりでいることが多かった。いつも授業が始まる前に、誰よりも早く教室に来て本を読んでいる。彼女が読む本のほとんどが流行り物だ。



 僕も読書は好きだけど、流行りの本よりは好きな作家さんの本を読み込むタイプ。しかし彼女が読んでいる本は盗み見て、こっそり読むようになった。


 


 彼女はブックカバーをつけないタイプらしい。おかげでいつも読んでいる本がわかる。遠目でどのあたりを読んでいるのか、残りのページの厚さをチェックする僕は変態だろうか?

  


 結果、いつも僕のカバンには彼女が読んでいる本と同じものが入っていた。バレたら気持ち悪がられるかな?と思い、コソコソとブックカバーをつけた。



 


 会話できるようになって半年。たまにお昼ご飯を一緒に食べる仲になった。課題発表が終わった後、グループのみんなでご飯を食べたのがきっかけだ。



 グループのみんなで、学校近くのファミレスに行った。ドリンクバーもつけて2時間はいたと思う。盛り上がって、これからも同じ学部の同じ学年同士、助け合っていこう。なんて話までした。



 結局グループ内の女の子に僕は告白されて、断った後気まずくなり集まることは2度となかったけど。




 それでも僕は彼女と会えば挨拶をして、「髪切った?」とか聞いちゃったりして、自分の中で盛り上がっていた。



 いつだって彼女は優しくて、僕の質問に答えるだけではなく、僕に質問をしてくれることもあった。




 この1年で彼女についてわかったこと。


 実家に住んでいること。猫派で2匹の猫を飼っていること。月に2回は映画館に行くこと。ポップコーンはキャラメル派ということ。髪を染めたことはないが、いつか染めてみたいということ。実はピアスがあいているということ。




 彼女のことを1つ知るたびに、僕の想いは膨らんでいく。彼女は僕のことをただの友だちとして見ていることはわかっていた。でも、会話できるだけでそんなことどうでもいい。どうでもいいと思い込むことにした。



 この関係を崩して、彼女に声をかけた時に無視されることの方が怖い。いや、振られたとしても無視するような人じゃないことはわかってる。でもやっぱりこの関係を壊すことはできなかった。




 もうすぐ春休み。彼女と会えない1ヶ月ちょっとの期間が、永遠のように感じる。「お出かけしない?」なんて聞く勇気もなく、桜は満開になった。

 


『あの小説が待望の映画化』



 そのポスターを見て映画を観に行った。彼女が実家に住んでいるとは知っていても、最寄りの駅までは知らなかった。それでも偶然会えたりしないかな、なんて淡い期待と下心を持ってチケットを買う。



 もちろん家を出てから帰るまでに、彼女と会うことはない。会えないとわかっていても、一応近くの本屋さんで、原作本を買って帰った。



 部屋に積まれた本の山。彼女が読んでいる本を優先的に読んでいるので、自分の好きな本は後回しになっている。この春休みは本の消化で終わるかな、なんて思った。




 そしていよいよ春休み最終日。僕は朝から美容院に行って、髪を切ってもらう。久しぶりに会う彼女に、少しでもかっこいいと思われたい一心だ。



 香水もそろそろなくなるなと思い、デパートの化粧品売り場へ向かう。2年生の時と香りが違ったら、彼女が気づいてくれないかなと思った。



 スパイス系の香水を今までは使っていたが、今回はムスクの入った少し甘めの香水を選んだ。彼女の好みはわからないので、店員さんにおすすめしてもらったものを購入した。



 化粧品売り場に溢れる女の子たちを見て、彼女はこういうのにあまり興味ないのかな?と思った。



 彼女がメイクをがっちりしているイメージはない。眉毛を整えた程度で、ナチュラルに仕上げている感じがする。それだけで本当にかわいい。まあきっと僕が何もわかってないだけだろうから、メイクをきちんとしているのかもしれないけど。




 そんなこんな下心で溢れていた僕は、洋服も見ていこうかなといつも買うお店へと足を運んだ。キレイめカジュアルと呼ばれる服が好きだ。春の新作だと書かれたグレーのカーディガン。こないだの映画の主人公はこんな服を着てたっけ。そう思い購入した。




 我ながら気持ち悪いと思う。でも彼女がちょっとでも僕のことを気にかけてくれるなら、どんな努力も惜しまずする。





 春休み前に同じゼミの友だちに言われたことがある。



「お前さ、高橋さんのこと好きだろ?」


「ああ、好きだよ」


「そんなことみんな知ってるけどさ、なんで告白しないんだよ」


「できるわけないだろ!高橋さんだぞ?」


「意味わかんないわ。お前めっちゃモテるんだから、高橋さんだってお前に告白されたらなびくんじゃねえの?」


「高橋さんは僕に気がない。わかってるんだ」


「モテるってのは否定しないんだな。でも早く告白しないと他のやつに取られるかもしれないよ?」




 最後の言葉で僕は焦った。彼女を好きな男が他に現れたらどうしたらいいのだろうか。彼女に彼氏ができたとき、僕は諦められるのだろうか。



 高橋さんが「彼氏ができたから鈴木くんとはもうご飯を一緒に食べられない」って言われたら、「わかった」と言いながら泣く自信がある。



 僕は告白する勇気もアピールする勇気もないのに、諦める勇気もない。どっちつかずのままじゃダメだ。でもどうしたらいいのかわからない。



 3年生になったら最初の日。とりあえず僕は彼女より少し前の席に座り、本を読んでますよアピールをすることから始めた。きっと自分の本に集中している彼女は、僕の存在になんて気づいていないだろうけど。



 いざという時、諦められるように諦めるための準備を始めることにした。






 


 

 大学3年生になった。実習の兼ね合いもあり、彼女と顔を合わせる回数がぐっと減った。しかし進歩もある。空きコマに一、緒に本を読める関係になったことだ。



 理由は僕の「本を読む」なんて些細なアピールのおかげではない。運が良かっただけだ。


 

 そのきっかけは春休み明け早々。大学の近くの本屋さんで、彼女とたまたま鉢合わせたことだ。大きなその本屋の入り口には「○○大賞受賞」「○○が選ぶおすすめ本」などのアピールされているコーナーがある。彼女はそこで本と睨めっこをしていた。


 


 僕は勇気を出して声をかけてみた。


 


「た、高橋さん。こんにちは」

 


 今思えば挙動不審である。それでも優しい彼女は返事をしてくれた。


 

「鈴木くんじゃん。鈴木くんも本を買いに来たの?」


 

「あぁ、うん。今読んでいる本がもうすぐ読み終わりそうだから」


 

「そうなんだ!鈴木くんが本を読んでるところ見たことなかったけど、好きな作家さんとかいるの?」



 この1週間にも満たない間の、小さなアピール作戦は失敗していたことがわかった。まあわかっていた結果ではあるけども。

 


 とはいえ目の前には僕に質問をしてくれる天使がいる。アピールを兼ねて最近はあなたの前で本を読んでいます。そんなことはもちろん言えず、「家で読んでるんだよね」なんて濁した。

 


 そして質問になんて答えるべきか?好きな作家はいるが、ここは彼女の好きな本に寄せた方が良いのだろうか?それとも素直に言うべきか。この間たった1秒。結局、僕は曖昧な返事を返した。

 

 


「最近はいろんな作家さんの本を読んでるんだ。高橋さんは好きな作家さんとかいるの?」



 我ながら良い質問である。

 


「んー、私は映画化された本を読み漁ってる感じかな」

 


「映画観るんだ」


 

「うん!映画がすごく好きで、映画観た後にいつも原作を読むのがルーティンなの」


 

「そうなんだ。今日は何かお目当ての本が?」


 

「それが読みたい本が2つあってさ。1冊読み終わってから次の本を読みたい派だから悩んでるの」


 


 彼女の手には2冊の本。どちらも大ヒットした映画の原作だ。



 結局彼女は先に公開された映画の方の原作を購入。ちゃっかり僕も同じ本を買った。

 



 その日から僕は彼女の前で見せつけるように、彼女の隣の席で本を読むようになった。初めて彼女に「今どこ読んでるの?」なんて聞かれた日の夜は、興奮して眠れなかった。



 僕も少しずつ「あの映画観た?」とか「もう原作読んだ?」なんて聞けるようになっていった。




 とはいえ解決していない問題がある。

 

 彼女に好きな人がいるのでは?という不安に駆られることだ。しかしそのことを直球で聞く勇気はない。なんとか絞り出した精一杯の質問は「彼氏はいるの?」だった。



 

「彼氏?いないいない、いたことないし」


 

 

 僕は心の中でガッツポーズをした。例え彼女に好きな人がいても、まだチャンスがある!



 

  この日から僕は彼女への好意を隠すのをやめた。


 ……一応言っておくが、隠すのをやめただけなので関係は特にないも変わらなかった。



 

 僕は彼女に気になる人がいたらどうしよう。いや、彼氏がいないんだ。きっと好きな人もいないさ。


 そう悩んで「チャンスだ」とぐいぐい話しかける時もあれば、「好きな人の幸せを願った方がいいよな」と落ち込む日々が交互にやってきた。

 


 


 僕が変わったのは、ある日の日本文学の授業を受けた後だ。



 この授業を彼女は取っておらず、隣でうとうとする友人を眺めながら、先生の話なんて上の空だった。本日の授業内容は、短歌や俳句についてだったが、興味が無かった。

 


 メインは百人一首の歴史やその意味などで、最低限のノートを取る。早くお昼にならないかな。そしたら彼女に会えるのに。なんて思っていた。

 



 授業が残り5分と言う時、先生が余談だと小話を始めた。


 

「今日話したのは短歌や俳句についてだが、私が1番好きなのは都都逸である。江戸の芸能であり、文学という内容からはちょっとズレるんだが、これが面白いのなんの」

 


 そういって先生はお気に入りだという都都逸を、3つ教えてくれた。

 

 

 1つ目は、

 

『恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす』


 

 2つ目は、

 

『面白いときゃ お前とふたり 苦労するときゃ わしゃひとり』


 

 そして3つ目の都都逸に僕は頭を殴られような衝撃を感じ、心が震えた。この時から、僕は彼女にどんどんアピールをするようになった。まるで吹っ切れたかのように。



 


 本の映画化が決まれば映画に誘い、映画を観た後は2人で本屋に行く。授業が終われば新作のドリンクを飲みに行かないかと誘い、とうとう学校内ではほとんど彼女と過ごすようになった。


 


 冬休みを目の前に控えたある日。学食のテラスで今日も彼女とお昼ご飯を食べていた。次は2人揃って空きコマなのでダラダラと過ごしていたところである。


 


 そんな時に、彼女から唐突に質問が飛んできた。

 



「鈴木くんはさ、なんでそんなに私に構うの?」


「嫌なの?」


「あ、えっと、そういうわけじゃないんだけどさ?ほら、鈴木くんってモテるじゃん?」


「モテてるように見える?」


「見えるも何も、昨日も告白されてたじゃん」



 確かに3年生になってから、この半年で告白された回数は2桁を超えた。でも彼女以外の女の子のことなんて、どうでもよかった。


 僕は素直な気持ちを彼女に伝えた。



「僕は高橋さんといたいんだけど、ダメかな?」


「だ、ダメじゃない。でも……」


「でも?」


「私、誰かと付き合うつもりとかなくて」


「彼氏いないんだよね?」


「うん、付き合う気がないからね」


「ということは、まだ僕にもチャンスあるよね?」


「えっと、話聞いてる?」


「聞いてるよ。高橋さんは今彼氏がいないんでしょ?」


「あの〜、自意識過剰かもしれないんだけど。その、鈴木くんってさ……」


「自意識過剰じゃないよ。鈴木さんの思ってる通り」


「でも、じゃあなんで……私は付き合う気がないって言ってるのに」


――「なんで猛アタックしてるのって?」


「うん。あのさ、諦めないの?」


「高橋さんと付き合うことを?」


「全部。付き合う気がない人と付き合おうとするのって、無理だな〜とか思わないの?」


「思うさ。だから諦めたんだ」


「全然諦めてるように見えないんだけど」





 

 僕は高橋さんに、とびきりの笑顔で強がりを伝える。








「僕は高橋さんのことを諦め切れないって諦めたんだ」





 




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