お狐様と男の子
地元のお祭りに参加していた男の子が親とはぐれて迷子になった。
一人で泣きながら歩いている内に、いつの間にかあれほど聞こえてきてきた喧騒は嘘のように消え、周囲に人の気配がまるでない場所に来ていた。
それに気が付き、どうしたのだろうと疑問を浮かべながら思わず顔を上げた男の子の目の前に、朱塗りの大きな鳥居と神社に続くのであろう石段が姿を現していた。
男の子はフラフラと憑かれたような様子で鳥居をくぐると石段を上がる。石段を登りきった先にはやはりと言うべきなのか神社があり、神社の前には狐の像があった。左右一対かと思ったが、よく見ると片方は台座だけでその上にあるべき狐の像がない。そして狐の乗っていない台座のその前には一人の和服姿の女性が立っていた。
どこか神秘的な雰囲気を漂わせるその女性は男の子の存在に気が付くとおやと声を出し、こんなところに人の子どもが紛れ込むなんてねと独り言のように呟いた。そして当たり前の事を確認するような口調で「お父さんとお母さんのところに帰りたい?」と尋ねてくる。
男の子はその女性の顔に見惚れながらもなんとか頷いた。すると女性はするりと動き男の子の手を握る。男の子は急に手を握られてドキリとするが、しかし女性はそんなことを構うことなく手を引いて歩き始めた。
やがて男の子は気が付くと祭の喧騒の中に戻ってきていた。そして少し離れた場所で男の子の名前を呼んでいる両親の姿が見えた。
女性はここまで来たら大丈夫だよねと言うと、人込みの中へと姿を消そうとする。
男の子はその背中に向けて尋ねる。
「お姉さん、また会える?」
女性は少し寂しそうな顔をするとこう答えた。
「私のことは夢みたいに忘れちゃうよ」
そして女性は男の子の前から完全に姿を消してしまった。
「夢みたいに忘れちゃうはず、だったんだけどねえ……」
それからしばらくの時間が経った頃、女性はそんなことを呟いて首を傾げていた。目の前には成長したあの時の男の子が立っており、女性に対して頭を下げている。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」
女性がこの男性の熱意に負けて折れるには、そう時間はかからなかった。
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