冤罪
市場の空気が一瞬にして変わった。熱を帯びた魔力が空気を震わせている。
ミルの体を束縛していた魔法具が、パシンと弾けたような音を立てて砕け散った。
人々の視線の先に立っていたのは、赤い髪の少女――フレア。
ゆっくりと前に歩み出る彼女の気配に、警備兵たちは思わず身構える。
「この子は犯人じゃない。あなたたちが使ったその術具、対象の魔力に反応して自動発動するものよね?」
一人の衛兵が顔をしかめて言い返す。
「だったらなおさら、こいつが怪しいってことだろ。反応があったのは事実だ」
「だからって、根拠もなく縛るのは違うと思うわ。……精霊の加護も感じない、粗雑な術具で判断するのは、少し乱暴すぎない?」
フレアの言葉は穏やかだったが、背後に立つ炎の精霊がちらりと顔を覗かせたかのように、空気が熱を帯びる。
「じっとしてて。すぐに解くから」
フレアは手を差し出し、ミルを縛る魔力の鎖に軽く指を触れた。
微かな熱と共に、魔法具の術式が解除されていく。
「な……何者だ、あんた……」
兵士が一歩引くが、そこへ声が割って入る。
「その子が魔法具泥棒なんかじゃないって、あたしが証言するよ!」
人混みをかき分けて現れたのは、一人の女商人。
やや癖のある赤毛を揺らし、商人らしい大声で言い放った。
「うちの店から盗まれた品の記録と、証拠もある! あの子は盗難の時間には、あたしの店の前でフルーツにじゃれついてたのを見たもん!」
フレアが小さく息を吐いた。
「じゃあ、話は終わりね」
フレアが静かに一歩引くと、兵士たちは渋い顔をしながらも、拘束していた魔力の鎖を解いた。
「証人がいるなら、ひとまずは不問とする。だが、後で詰所に来てもらうぞ、魔法具商人」
「はいはい。まったく、どこの町もお堅いんだから」
女商人は軽口を叩きつつ手を振り、兵士たちの背を見送り、フレアとミルに向き直る。
「助けてくれてありがとね、剣のお姉さん。あたしはシェリル。あたしも、あの子がとっつかまってるの見たら、じっとしてられなかったわ」
「……別に。ちょっと見過ごせなかっただけよ」
フレアは視線を外し、淡々と言った。
その横で、ミルが軽く手を振る。
「いやあ、ナイス判断。あそこで助けに入るなんて、さすが“燃えるお姉さん”」
「またその呼び方……」
「だって、炎みたいだったし。剣筋も、雰囲気も。かっこよかったよ? ほんと、ヒーロー登場って感じ」
フレアが少しだけ目を細める。
「……褒めてるつもり?」
「もちろん。僕、意外と素直なんだよ?」
ミルはにこりと笑った。
「ところで、あれ。あのまま連れてかれたら、どうするつもりだったの?」
「んー……逃げればよかったんじゃない? あの程度の拘束具なら、ちょっと本気出せばなんとかなるし」
「なら、なんで逃げなかったのよ」
「面倒だったから。逃げたら追いかけられるし、騒ぎは大きくなるし……それに、こういうときは誰かが止めてくれるかもしれないって、ちょっとだけ期待もするしね?」
掴みどころのないやつだ。どこまでが冗談で、どこまでが本音か分からない。
「…….まあいいわ」
「ふふーん。あんたたち、なかなかおもしろいコンビじゃないの」
シェリルが満足げに腕を組む。
「うちでお茶でもどう? お礼と、ちょっと気になる話もあるしね」
「……あまり長居するつもりはないのだけど」
「まあまあ、せっかくだからお邪魔しようよ」
ミルが笑って言うと、フレアは小さく肩をすくめて、黙って頷いた。