盗み
町の門をくぐった瞬間、空気が変わった。
赤茶けた石造りの建物が立ち並ぶ宿場町〈アシュレイ〉は、ヴァルザーンの南端に位置し、他国との交易も盛んな土地だ。人々の衣装も肌の色も様々で、馬車に混じってラクダのような獣を引く者も見える。耳が尖った者、獣の尾を持つ者──ここではそれが特別ではなかった。
「……賑やかね」
フレアがぼそりと呟くと、隣でミルが大きくうなずく。
「これこれ!この賑やかさが旅の醍醐味ってやつ!
ちょっと市場でも見てこようかな」
「私は宿でも探しておくわね。」
「ほんとに!よろしくー」
そう言ってミルは人混みに紛れて消えていった。
フレアはひとつ息を吐いてから、ふと市場の方へ目を向けた。
石畳の上には布張りの屋台がずらりと並び、香辛料や干し果物、磨かれた装飾品、そして見たことのない金属細工や魔法具が所狭しと売られている。賑やかな声、売り子の叫び、笑い声、旅人の叫び。
──喧しいけど、嫌いじゃない。
フレアはそう思った。熱気にあふれ、色とりどりの布や顔が行き交うこの場所は、かつて住んでいた整然とした都市とは違い、何か柔らかく、自由な匂いがあった。
そんなことを考えていると、遠くからなにやら大きい声が聞こえた。
「そこの猫耳!止まれ!」
「えっ!? えっ!? にゃ、なんで!? 盗ってないってば!」
____ミル??
フレアが振り返ると、ミルが誰かに追われて逃げていた。
その身には、淡く青く光る鎖のようなものが絡みついていた。
「魔法具……?」
逃走を防ぐ魔法具で、動きを魔力で拘束されている。無理に動こうとすればするほど、鎖は重く強くなる。
ミルは半ば捕まりかけ、ふらつきながら走っていた。
「ま、待ってってば! 僕は盗んで──うわっ!」
足がもつれ、石畳に転がる。市場の人々がざわめく中、数人の衛兵が近づいてくる。
フレアは足を止め、その光景を見つめていた。
──まさか、なにか盗んだの!?
いや、あの慌て方を見るに、本当に盗んだわけではない気がする。
そう思った時には、既に足が動いていた。