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賞金稼ぎ、少女を探す

ベニヤ板などで急造したであろう、簡素な家が軒を連ねている。

 空気は澱み、ジョンは奇異の視線を一身に受けている。それもそのはずだ。スラム街で傷一つない綺麗な黒いロングコートを着ている時点で、ここの住民ではないことは一目瞭然だ。

 

 「これじゃ、悪目立ちだな」


 ジョンは道の脇でブルーシートを敷き、路上販売している老婆に近づいた。

 

 「なあ、婆さん。このシャツとズボンはいくらだい?」


 ジョンが選んだのは、染みのついた白いシャツに、あちこちが破れたダメージジーンズだ。

 これらを身に纏えば、スラムの住人にも目立つことなく行動できるだろう。


 「こいつかい?こんなの300ギランでいいよ」


 ジョンはヒューっと口笛を吹いた。


 「いいのかい?こんな安値で売っちゃって?」


 「いいんだよ。私だって趣味でやってんだい。売れるだけで感謝さ」


 「そうかい。ありがとな」


 老婆にロングコートの内に隠し持っていた1000ギラン札を差し出す。


 「釣りはいいよ。生活の足しにでもしといてくれ」


 そう一方的に言い放ち、その場を去った。




 黒いロングコートを脱ぎ、先ほど買った服に着替える。これなら目立つことはないだろう。

 ロングコートは折り畳み、ゴミ捨て場にあるゴミ箱の裏に隠しておく。

 耐刃、対弾、夏でも涼しく感じる通気性のよさが特徴のロングコートだ。当然高額であり、無くなりでもしたらショックで2日は寝たきりになるだろう。

 フゥ、と息を吸い込み、ハァ、と吐く。草原の空気とは打って変わって、澱みのある汚い空気だ。


 「まずは、情報収集だな」


 近隣の住人に聞き込み調査をすることにした。

 

 目的のエリアは住宅地になっており、大小様々な家が建っている。

 適当な家を選び、コンコン、とベニヤ板の扉を鳴らした。すると、「はーい」という女性の声が返ってきた。

 しばらくして扉が開かれると、中肉中背の人間の女性が現れた。容貌からして中年くらいだろう。


 「いきなり、すみませんね。私、最近になってスラムで生活し始めたからここでの常識とかよく分かんなくて……」


 ジョンは頼りない一般男性を演じる。


 「たしかに見ない顔だね。お名前はなんていうのかしら?」


 「私……ですか?えーと、ジョゼフとでも呼んでください」


 偽名を騙ることにした。


 「ジョゼフ……うん、いい名前ね。覚えたわ。ところで何を聞きたいのかしら?」


 「いや〜、噂で聞いたんですけど。ここら辺に白い髪に琥珀色の瞳をした少女が目撃されてるとか。それって本当でしょうか?」


 第一にこんな質問をするのは違和感だらけだが余計な時間は食ってられない。

 返ってきた言葉は……


「あなた本当にスラムの人かい?始めの質問がそれって」


 ギクリとした。背筋に冷たい金属を突っ込まれた感覚。無理矢理笑顔で取り繕うと。


 「まあいいわ。本当のことよ、それ」


 冷たい金属が引っこ抜かれ、胸を撫で下ろす。


 「その娘よく見るんだけど、誰とも関わってないみたいなのよね」


 「誰とも関わってない?」


 「そう。うちの息子が遊ぼうって誘っても反応しないし、ずうっと地面に咲いてる花を見てたり、野良犬に餌をあげたりしてるんだよ。不思議な娘よ」


 「そうなんですか。あの少女に両親とか親族はいないんですか?」


 「さあねぇ、少なくとも見たことはないわね」


 「そうですか。もう一つ質問してもよろしいでしょうか?」


 「ええ、いいわよ」


 「グレイブって組織知ってますか?」


 その言葉を聞いた女性は僅かに眉を顰め、あからさまに不愉快といった表情を作った。


 「あんま、あれの話はしないでおくれ」


 「なぜ、でしょうか?」


 「身寄りのない子供を捨て駒みたいに使って犯罪行為させたり、ここいらの商売人たちにみかじめ料を徴収したりしてんのさ。その割にはあちこちで乱闘騒ぎが起こって……たまったもんじゃないよ。ヤツらのボスは一流の魔法士(ソーサリスト)らしいし、逆らうことができないのさ」


なるほど。武力をいいように利用し、荒稼ぎしている典型的な半グレだ。


 「なるほど、それは気の毒に。ところでヤツら(グレイブ)のアジトってどこにあるのでしょうか?」


 「どこって……あっちの角を右に曲がってその突き当たりだよ。あんた……まさかあいつらと揉め事起こすんじゃないでしょうね?」


 「いえいえ、近づきたくないから聞いたんですよ。いろいろ教えてくださりありがとうございます」


 「もう質問は済んだのかい?」


 「ええ、十分です。ありがとうございます」


 女性は扉を閉め、もとの生活に戻る。

 あの少女はおそらく身寄りがいないのだろう。ならグレイブに利用されている可能性は大だ。

 

 「準備したら、()()でも咲かせにいくかな」

 

 ロングコートを取りに、ゴミ捨て場へ戻る。手荒く行かなければサイフは取り戻せなさそうだ。



        ◇◆◇◆◇◆◇◆




 パンッ!という空気が破裂するような音が室内に響く。


 「……ぐっ!」


 少女の腕に鞭が直撃した。赤い打撃痕が刻まれる。


 「つっかえねえガキだな」


 少女の眼前には、狼顔の獣人が鞭をしならせ立っている。


 「誰が貧乏人を狙えなんて言った?足りねえんだよ!たった5000ギランしか入ってねえじゃねえか!」


 次に飛んできたのは剛拳。少女の頰に直撃し、後方に吹っ飛ばされる。


 「おいおい、あんま傷つけんじゃねえぞ。売れなくなっちまうじゃねえか」


 背後の声に狼顔の獣人は身を竦めた。


 「すいやせん、ブランぺ様」


 ブランぺと呼ばれた男は青い髪に尖った耳のエルフだ。高そうなジャケットで身を包み、ニタニタと歪な笑みを浮かべて少女に近寄ってきた。


 「まあいいさ。今朝コイツを買いたいってやつが現れたんだ。使い果たしたら娼館にでも売ろうかと思ったんだがな、そっちよりも高額で買うっていうんだ。」


 「そうなんですかい。こんな不気味なやつ買いたいだなんてどんな物好きだい」


 不気味、という言葉には意味がある。人形のような容姿もそうだが、もう一つ……


 先ほどの鞭で打たれた腕の打撃痕、頰にできた痣が()()()()()()()()()()のだ。


 「誰だって構わないさ。金さえ出してくれれば誰にだって売ってやる」


 少女は男たちのやり取りを理解しているのかいないのか、無表情に静観している。


 「気持ち悪いガキめ」 

 

 狼顔の男が悪態をつく。


 「おい、そのサイフよこせ」


 「へい」


 狼顔の男は少女が盗んできたサイフをブランぺに差し出す。


 「たった5000ギランか。いやまて、こいつは……」


ブランぺはジョンのC級ライセンスを抜き取り、顔写真を見る。ハンターの顔はあらかたチェックしているが見覚えのない顔だった。


 「ハンターネームJ(ジェイ)……こんなガキに盗まれるなんて、マヌケなハンターもいたもんだな」


 ブランぺは、ハハハ!と声をあげて笑った。


 「まあいい、受け渡しは明日だ。それまで監禁部屋に突っ込んどけ」


 「わかりやした」


 狼顔の男に乱暴に手を引かれる。少女は一切の抵抗もなく連れて行かれた。




ブランぺは思案する。


 (J。ジョン・パリサー……か。所詮C級。取るに足らないゴミハンターだ。報復してくるのなら俺が叩き潰してやる)


 彼はニタニタと歪な笑みを浮かべながら階段を上がり、自室に消えていった。


 


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