9 リストランテの秘密
お店の建物と寮の間には、屋根付きの渡り廊下があった。
ここは、表からは完全に見えない位置になっている。左右の庭には色とりどりの花が植わっていて、右手の奥には菜園のようなものがあり、左手には洗濯場と物干し台があった。シーツや肌着類が風にはためいている。
早苗さんはキョロキョロとあたりを見回しているわたしの動きに合わせて、ゆっくりと先導してくれていた。
「午後は洗濯物を取り込んだり、お風呂の用意をしたりします。みなで生活をともにするなら、そうしたこまごまとした仕事もしなくてはなりません」
「はい」
寮は木造の二階建てで、渡り廊下の先には、その入り口となる観音開きの扉があった。扉には店内にあったのと同じ、緑色を基調としたステンドグラスが嵌められている。
早苗さんはその扉を開き、中に入った。
広い土間で左手に大きな下駄入れがある。上がり框の上にはたくさんのふしぎな室内履きが置かれていた。
「これはスリッパといいます。寮に上がるときには、下駄入れの番号と同じ数字が書かれたものを履くことになっています。葉子さんは……そうですね、いま誰も使っていないこの十八番を使ってください」
十八、と書かれた下駄入れの扉を開けると、中に同じ番号の書かれたスリッパが入っていた。それを取り出し、履いていた下駄と交換する。
「そういえば、葉子さんは今日、その下駄でいらしたのですね。この制服は洋装なので本来なら靴を取り合わせた方がいいんですが……」
「すみません。普段からあまりいい靴を持っていませんで。今日もお世話になっている方にいろいろお借りしてきたんです」
「そうでしたか。では、あとで私の使っていない靴をお貸ししましょう」
「え、本当ですか?」
「はい。給料が入ったら自分に合った靴を買って、返してください」
「あ、ありがとうございます!」
本当になんていい人なんだろう。こんなに優しくされたら、また涙腺がゆるんできてしまう。そっと涙をぬぐうと、十一番のスリッパを履いた早苗さんについていった。
上がった先の廊下は少し広くなっていて、窓際に長椅子がふたつ並べられている。
「ここの奥は脱衣所と浴室です。時間で男湯女湯が変わります。また一階が男性部屋、二階が女性部屋となっています」
廊下の突き当りには確かにそうした札のかかった扉があった。壁に時間帯の書かれた紙も貼られていて、「この掟を破った者にはひどい制裁を加える!」などと注意書きがしてある。
廊下は右手に曲がっており、その先には左右にたくさんのドアが並んでいた。その一つは男子トイレと書かれてある。真横に階段があるが、きっと二階も似たような造りになっているのだろう。
そのとき、どこからか猫の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「あれ? 早苗さん、いま何か……鳴き声が聞こえてきませんでしたか?」
「…………」
早苗さんはなぜか黙っている。
耳を澄ましてみた。
やはり、声が。
「あ……」
わたしはあることに気付いて、途端に恥ずかしくなってきた。
声の聞こえる方向は、一階の奥の方からだ。
「あの、あの先は……」
「料理長の部屋ですね。私たちは入ったことがありませんが……昭さんが嘆くのもわかります」
何度も聞こえてくる。
これはきっと、あの薫子様の声だ。
わたしは知ってはいけない秘密を知ってしまったようだった。まさかあの、紳士然とした美木料理長と薫子様がそんな仲だとは。
「幻滅しましたか? このことに耐えられないのであれば、今からでもここを去っていいんですよ」
「い、いえ……」
「では気にせず、仕事に戻りましょう」
わたしは何も聞かなかったことにして、早苗さんの仕事を手伝うことにした。