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6 初めての料理と初めてのお客様

「注文がないときはここに立っていてください。そう。それとお客様がいらしたら、いらっしゃいませと元気よくお声かけして、開いている席に手早くご案内してください」

「はい」


 わたしと早苗さんは店の入り口付近から、客席のある店内を見渡していた。

 入り口から少し入った右手に客席があるのだが、そのすぐ手前にはお会計のできるカウンターと、厨房につながる出入り口がある。


「私たちはだいたいこの入り口、レジのあるカウンター、厨房間を出入りしますが、もたついていると他の女給から邪魔に思われるので注意してください」


 早苗さんはきびきびと説明してくれるが、わたしは内容を理解していくのにいっぱいいっぱいだった。

 さらに早苗さんがお客様役となって、具体的な案内のやり方を教えてくれる。人数の確認。メニューの出し方。水や料理を置くときは音をなるべく立てないように、など。

 ひととおり終わった後、さらにくわしい注文の取り方を教わった。

 ランチの場合は日替わりメニューが二つあり、食後の飲み物を選べるそうだ。


「今日は、トマトソーススパゲッティとシーフードドリアです。葉子さんは両方ともご存じですか?」

「いいえ」

「まあ実際見ればわかります。あとでまかないとして食べさせてももらえますので、その時に味を覚えておくといいでしょう。今後の接客に役立ちます」

「ま、まかない……」


 いったいどんな食べ物なんだろう。

 わたしはほぼ和食しか食べたことがなかったので、初めての料理に胸が高鳴った。


 開店までの間、そうしてわたしたちは細かい店のルールを確認しあった。

 カウンターの中で、食後の飲み物(コーヒーや紅茶)の準備をしたり、表に出す黒板にランチの料理名を書いたりした。


 十一時半、開店。

 その十五分前に他の女給さんや料理人さんたちが数人、どっとやってくる。彼らもみな奥の寮に住みながら働いている人たちらしい。寮での家事があるので、いつもぎりぎりに来るのだそう。


「い、いらっしゃいませ!」


 そうして初めてのお客様がやってきた。

 緊張するが、早苗さんやほかの先輩女給さんたちに見守られながら、頑張ってご案内する。

 品のよさそうな老夫婦だった。よく見ると、ご婦人の方はなんと先ほど道を教えてくれた方だった。


「あら、あなた。もうここで働くことになったの? 良かったわねえ。制服もよくお似合いよ」

「あっ。さきほどはどうもありがとうございました。おかげさまでここで働かせていただくことになりました。葉子といいます。今後ともよろしくお願いいたします」

「ええ、ええ。こちらこそよろしくね」

「はい!」


 わたしはこのお優しいご夫婦によって、注文も慌てず取れたし、お水や料理も大きな失敗なく運ぶことができた。ご主人はシーフードドリア、奥様の方はトマトソーススパゲッティをご注文された。お二人の前にその料理を一番見栄えの良い向きで置くと、なんともかぐわしい匂いがあたりに立ち込める。


「お待たせいたしました。どうぞごゆっくりお召し上がりください」


 お辞儀をして去ろうとすると、ぐう~~と盛大にお腹が鳴った。

 なんてことだろう。思わず腹を押さえたが、恥ずかしすぎて顔がどんどん熱くなった。


「も、申し訳ございません。失礼いたしました!」

「あらあら。こんなにおいしそうな匂いがしたら、そりゃあお腹もなってしまうわよねえ」

「ふふ。気にしないでおくれ。それだけこの料理がおいしいのだろうとがぜん楽しみになってきたよ」

「あ、ありがとうございます。失礼いたします!」


 ご夫婦はそう言ってくれたが、わたしはいたたまれなくなって早苗さんのいるカウンターに逃げ帰った。


「すいません、早苗さん! お客様の前でお腹が鳴ってしまいました! わたし、恥ずかしくてもう……」

「見てました。でもこういうのはよくあることです。葉子さん、朝ご飯は食べてきましたか?」

「いえ。緊張してたので今朝は……」

「そうですか。では、いったん案内はやめにしましょう。この後からはランチの時間が終わるまで食器の片づけや備品の補充をお願いします」

「は、はい。わかりました」


 ああ、きちんと朝ご飯を食べてくるんだった……。

 後悔先に立たず。でもとりあえず、他にやることができた。今度はそっちを頑張らないと。わたしはお腹が鳴るのをできるだけ我慢しながら他の業務についた。


 それにしても、あのシーフードドリア、見たこともないほどチーズがたっぷり乗っていたなあ……。


 ほかの客席の空いた皿を下げながら、わたしはそれぞれの料理を思い返していた。

 ドリアの、熱でとろけたチーズの下はいったいどうなっているんだろう。

 スパゲッティもだ。うどんやそうめんとは違った太さの麺に、肉やトマトの混ざったたれが絡まっていた。あれはいったいどんな味と触感がするんだろう。

 このあとあれらをまかないで食べせてもらうなんて、信じられない。

 おいしすぎて、頭がおかしくなってしまわないだろうか。


「お会計お願いします」


 そうこうしていると、例のご夫婦がようやく食事を終えて会計するところだった。

 老いているので食べるのが他の客よりゆっくりだったのだ。わたしはこの人たちが最初のお客様で本当に良かったと思った。

 お会計が終わり、ご婦人の方がきょろきょろとわたしの姿を探す。

 わたしは目が合うととびきりの笑顔で言った。


「ありがとうございました!」


 ぺこりとご婦人が会釈をして、ご主人と帰られていく。

 早苗さんはわたしのそばに来てそっとつぶやいた。


「葉子さん、良かったですね。あの方々はこの地区に住まわれているこの店の常連さんなんですよ。幸運でしたね」

「はい、とても。ありがたかったです」

「今後もあの方々にしたように、落ち着いて接客してくださいね」

「はい」


 ランチの時間は刻々と過ぎていく。

 そして、午後二時。

 ついに最後のお客様が帰られて、ランチの時間が終わった。

 心なしか胸をほっとなでおろしていると、早苗さんに呼ばれる。


「葉子さん、客席を片付け終わったら、厨房の奥の休憩所に来てください」

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