3 リストランテ美木にて
まるで別世界だった。
店内は入り口からずっと板張りの床が続いており、さすがは洋館といったたたずまいだった。
いたるところに鉢植えの大きな植物が置いてあり、外と同じように森の中にいるような気分になる。広さは三十畳ほど。大き目のテーブルが八つほどあり、天井が二階を突き抜けるほどに高かった。
窓も多い。それぞれのガラス窓の上に、教会にあるような小さなステンドグラスがはまっていた。緑色を基調としたその色ガラスたちは、外からの自然光によって店内に緑色の光彩を落としている。
贅が尽くされた、すてきなお店だ。
思わず目を見張っていると、紳士が自己紹介しはじめた。
「改めまして。僕は、美木博司といいます。この店のオーナー兼、料理長です」
「美木さん。昨日はお声掛けいただき、また本日はお目通りいただきありがとうございます。わたしは三俣葉子と申します」
「三俣葉子さん、本当によく来てくれました。ああ、では、そちらにおかけください」
客席の一つを案内された。
テーブルをはさんで、わたしと三木オーナーが座る。相変わらず落ち着いた声の、品の良さが感じられる人だった。
「来ていただいて、とっても感謝しています。さっそくいろいろとお聞きしたいのですが、よろしいですか」
「はい」
こうして採用のための面接が始まった。
「失礼ですが、葉子さんは昨日のあの孤児院にお住まいなのですか?」
「はい。父母は空襲で亡くなりました。身寄りは他にありません。ですので、十二の時からあそこで暮らしています」
「今はおいくつになるのですか」
「もうすぐ十八になります」
「なるほど。いままでどこかで働いたご経験は?」
「ありません」
「では、ここが初めて働く場所というわけですね」
「はい」
「いろいろと覚えることも多いでしょうが、大丈夫ですか」
「至らぬところは多々あるとは思います。ですが、精一杯務めさせていただく所存です」
「わかりました、では……。さっそくお願いしたします」
「えっ」
我が耳を疑った。美木オーナーはあいかわらず優しく微笑んでいる。
「ほ、本当に……わたしのような孤児育ちでいいのですか」
「昨日も言いましたが、うちの店はいま人手が圧倒的に足りていないのです。お客様方にご不便をかけてしまっています。ですので、今日からでも働いてほしいくらいです。あの……というわけでどうでしょうか、葉子さん」
「えっ、まさか……。今日からですか?」
即採用。しかも今日から、とは。
思ってもいない提案だったが、別に断る理由もないのでうなづく。
「ええと、では、よろしくお願いします……?」
そう言うと、美木オーナーは立ち上がってわたしの両手を強く握ってきた。
「本当ですか! いやあ助かります!」
「え、ああ……どういたしまして……」
「ではさっそくお願いいたしますね。ああ、そのお召し物では……そうですね、汚すといけないのでうちの仕事着に着替えてもらいましょうか。おーい、昭!」
手を離されたかと思うと、美木オーナーは店の奥に声をかけた。すると厨房と思しき場所からさきほど掃除していた男性が現れる。
「はい、なんですか料理長」
「葉子さん、この子は僕の息子の昭といいます。ここの料理人の一人です。彼に案内させますので、あとはいろいろと教えてもらってください」
「えっ」
「僕はこれから大事な仕込みがありますので、これで。昭、彼女に女子更衣室と仕事着の場所を教えてあげて」
「はい、わかりました」
そう言って、美木オーナーは行ってしまった。
あとにはわたしと美木オーナーの息子、昭さんだけが残される。
「ええと……」
「こっちだ」
「は、はい!」
すたすたと歩いていくので慌てて後を追う。
愛想のない人だった。
店の入り口近くまで戻って、奥の廊下へと入っていく。途中、客用のトイレがあったがそこをさらに奥へと進む。
これからどうなるのだろう。わたしは胸の動悸を抑えられずにいた。