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ルナソルの魔封城  作者: TIEphone Studio
第一章 フォージア編~俺こそが、かつて魔王を封印した張本人…勇者だよ~
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第六話 勇者の記憶

 俺こと屈魅 狭霧は彼女、菟梁 萃那の首に当てた手刀をゆっくりと離した。

 久しぶりすぎて力加減を間違えただろうか。気絶させるだけのつもりだったのに、かなり強烈な一撃をお見舞いしてしまった。


「おい、見てくれよ!この首の痣!可哀そうに!」

「?」


 先ほどまで彼女と戦っていた殺人鬼に声を発する。

 見ていた感じ瞬間移動系の殺人鬼だろう。萃那の8連撃も見事なものだったが、こいつの瞬間移動切りは初見殺しだ。萃那も避けただけ上出来と言える。

 例え俺が初見でやられたとしたら、防ぐことができなかったかもしれない。


「大人しくそこを退きな。そうしたらお前は見逃してやるよ」


 俺はその言葉に違和感を覚えた。先程まで殺気立っていた殺人鬼が見逃してやる?


「ほら、早くしろ」


 なるほど。目的の人間は確殺し、それ以外の人間はそうやってわざと逃がしていたのか。つまり萃那は、この男の殺害対象となる条件を握っているということになる。

 あまり目立ちたくはないが、こいつを捉えるのが今のところの最優先事項だ。

 命を懸けて庇ってくれるような友人を見捨てるほど、俺の性根は腐っていない。

 それにこいつはレグウスじゃない。萃那に逃がしてもらった後周りでコソコソと覗き見ていた俺を、こいつはずっと警戒していた。レグウスであれば、戦績最底辺で有名な俺を知っているはずで、警戒などしないだろう。


「俺がここから去ったとして、彼女をどうするつもりだ」

「簡単だ。殺す。そいつは知ってはならないことに辿り着いてしまった。こうなったのはお前の責任でもある」

「何でだよ。大体、そんな重要な情報って…。」

「お前には教えられない」


 食い気味で返答した殺人鬼。

 非常に気になるな。その情報とやら。やたら秘密にされると余計に気になってしまう。


「直接聞き出してやろうか?」

「出来ない。今のお前にそんな力は存在しない」

「試してみろよ」

「後悔しても知らないぞ」

「ここで彼女を見捨てるほうが、後悔しそうなんでね!」


 手で来いと挑発しながら、ゆっくりと殺人鬼に近づく。


「ルナソル破戒」


 正直、勝算はない。萃那が手も足も出せなかった実力者だ。俺が勝てる確率は薄いだろう。それでも俺は奴の行く手を阻む。赤級の奴の攻撃は加護を無効化する。萃那を絶対に殺させない。


 重たい空気がこの場を占拠する。

 お互いがお互いを睨みあい、攻撃を仕掛けるその瞬間を見定める。先に動くのは俺か、それとも奴か。緊張が辺りに走り、お互いにじりじりとその距離を縮める。


 そして次の瞬間、動いたのは俺だった。

 いつの間にか構えたナイフを奴の懐目掛けて刺突させる。しかし殺人鬼はそれを容易くよけ、首元目掛けて刀を振り下ろす。

 ぎりぎりで回避に成功した俺は殺人鬼の追撃を躱しつつ、カウンターを狙う。


「その程度でよく、俺に歯向かってこられたな!」

「止せよ。照れるだろ」

「ところで何故あの女を気絶させた?二人で掛かってきたほうがまだ勝機はあっただろう」

「お前に言うことじゃない」

「ふん。気になるなあ」


 会話中にも奴は攻撃を止めない。まるで隙が無いのだ。どれだけカウンターを狙っても、殺人鬼はその行動を全て先読みしてくる。俺とはまるで経験が違うのだろう。

 記憶を失ってから魔物としか戦っていない俺と、対人戦を繰り返してきたのであろう殺人鬼。勝てるビジョンが見えない。


「おらよ!」

「くっ!」


 激しい攻防戦の中、殺人鬼の回し蹴りが直撃する。ナイフばかりに気を取られて反応が遅れた。ガードすることもできず、左脇に激痛が走る。


「ゴホッゴホッ!」


 後方に下がり、殺人鬼と距離をとる。

 なんとか骨は無事か?

 蹴られた個所を手探りで確認する。

 激痛に耐えながら上体を起こし、ナイフを構える。


「!」


 ほぼ条件反射。それでなんとか、迫ってきた斬撃を回避することに成功していた。


「ぶねっ!」


 しかし安堵も束の間、次の瞬間俺の鳩尾に殺人鬼の刀が深々と突き刺さる。致命傷かと思ったが、よく見てみれば柄のほうで突いてやがる。とんだ舐めプだ。


「ゴホッゴホッ!」


 俺は痛さに堪え切れず、鳩尾を押さえて膝をついた。

 本来、今の攻撃で俺は確実に負けていた。奴の攻撃に俺は一ミリも反応が出来ていなかった。もし奴が本気だったら、今頃俺の腹は掻っ切られている頃だ。


「グッ」


 ナイフはどこかに飛んでしまったが、予備は持っている。まだ戦うことは可能だ。

 そうして俺は腹部を抑えたまま立ち上がる。時間を与えれば、奴に萃那を殺すチャンスを与えることになる。

 懐から予備のナイフを取り出し、殺人鬼に構える。

 それを見た殺人鬼は嘲るように笑った。


「何が面白い」

「大切な人を守るためにそこまで躍起になるか。とんだ大馬鹿者だな。どうせ助けられない者のために、自分を犠牲にする必要はあるのか?」

「何が言いたい?」

「諦めろ」

「…は?」


 一瞬で真顔に戻る殺人鬼に、強い不快感を覚える。

 何だ、この感じ。感情が濁ったようにグチャグチャになる。


「あの友人のことは諦めてこの場を去れ。俺にとってお前まで殺す必要性はない。もう十分わかっただろう、俺とお前の力量差。お前が俺に勝つ可能性は0に等しい。背を向けて逃げる者に、俺は寛容だ。ここまで食らいついたことを称えて見逃してやる」


 なんだろう。この感じ。俺はどこかでこの言葉を聞いたことがある気がする。どこだ?いつだ?誰から聞いた?

 思考をフル回転させ、その朧げな記憶を辿るが霞に巻かれるかのように思い出すことは出来ない。まるで鍵でも掛けられているみたいだ。


「お前の足止めも大した効果はない。お前が死ぬか、まいりましたと言うまでだ」

「!」


 その瞬間、激しい頭痛が俺を襲った。痛みの根源を押さえて、殺人鬼を前にして地に膝をつく。記憶喪失による発作だ。


「こ…んな、時に!」


 殺人鬼は不思議そうにしつつも、その様子を見下ろしている。止めを刺したり、萃那を殺しに行ったり素振りは見えない。

 だがそれもいつまでかわからない。奴は今、突然苦しみだした俺に困惑しているだけだ。


 早く治まれ!治まってくれ!

 必死に訴えかけるが頭痛は止むことを知らず、段々とその強さは増していく。

 過去最大級の発作。立ち上がることすらままならない。

 どういうことだ。なぜこのタイミングで…。

 願うも虚しく、頭痛は酷くなる一方で、やがて俺は暗闇の中に落ちていった。


 魔王城付近で魔物を倒す。いwbくいwbかあいhcs魔王城内で交戦する。mzにwyxjばsdsj仲間が倒れる。はdしすbっしえあl奴を城に封印し記憶を消される。


 何だこれ。夢を見ているのか?曖昧過ぎて大まかな内容しか頭に入ってこない。

 というよりもこれは本当に夢か?違う。記憶だ。昔の記憶。俺が記憶喪失になる前の記憶。

 まさか…俺は…。


「ハッ!」


 意識を覚醒させた俺は瞬時に立ち上がった。

 発作は治まっている。ナイフもある。

 目の前には依然殺人鬼が立ち塞がっていた。

 俺が気を失っていたのは時間にして十数秒だろう。萃那を殺しに行ってはいない。


「何が起こった?」

「思い出してきただけだ」


 殺人鬼は説明不足で満足いかないようだったが、俺が知ったことじゃない。


「で…彼女を見捨てて逃げろと言っていたか?」

「そうだ。あいつは元々いなかったとでも考えろ。赤の他人でも良い。自分に関係はないと割切って、自身が生き残ることだけを考えろ。生きていたらどうだってなるんだ」

「なら、彼女はどうにもならない」


 俺が断言すると、殺人鬼は眉間に皺を寄せた。


「…お前」

「俄然やる気が湧いてきたぜ!お前と戦い、彼女を救う。諦めたくないんだよ。俺を大切にしてくれる人を!」


 そう豪語した俺は殺人鬼に向って地を蹴る。

 一瞬見えた記憶の断片が、俺の過去を思い出させてきた。俺は魔王と勇者の決戦に参加していたんだ。

 全ての記憶が戻ったわけじゃないが、ここから導き出せることはただ一つだ。それは容易に想像できる。

 恐らく俺は魔王と交戦し、何らかの理由で俺は記憶を消された。

 少しずつ分かってきた気がする。俺の能力の事。こんなにも魔王を憎んでいたこと。最初から紫級だったこと。全て説明がつく。


 殺人鬼との距離を詰めた俺はナイフを振るう。当然の如く対応した殺人鬼は、瞬間移動で俺の背後に回り込み、刀を振り下ろした。

 その気配を察知した俺はノールックでしゃがみ込む。頭上で刀が空を切る音が鳴り、斬撃を避けたことを確認する。

 すぐに後方にナイフを向けるが、そこに殺人鬼の姿はない。


「こっちだ!」


 背後から声が聞こえ、刀が振り下ろされる。

 またも意識外からの攻撃。能力を存分に生かした戦術だ。常に相手の背後を取り、その姿を視認させない。萃那との一戦にはなかった初見の動きだ。

 だが、過去の記憶を少し思い出すということは、俺が勇者だったころの戦闘経験が蘇ると同義。先程までの俺より格段に動きが良くなる。


 ナイフを後方に回し、またもノールックで斬撃を捌く。

 避け、背後に回られ、避け、背後に回られ、を繰り返す。

 常人なら最初の数回でやられていただろう。しかし、俺は背後からの攻撃も何となく察知できる。ここだ、と直感的に分かるのだ。

 最強ともいえる力だが、攻撃が来る場所がわかるだけで、自分で避けなくてはいけない。つまり絶対に避けられない攻撃は避けられないのである。動きが良くなったとはいっても身体能力が向上するわけではない。経験を糧に思考だけが働くが、身体が追い付くかは別である。


 数十秒、防戦一方の俺だったが、大分この動きにも慣れてきた。

 単純な動きだ。奴は絶対に俺の死角になる所にいる。つまり…。


「そこだぁ!」


 俺が繰り出した後ろ蹴りが奴の腹部に直撃した。


「ぐっ!」


 殺人鬼はそのダメージで後方へたじろぐ。

 その隙を俺は逃さない。一瞬で距離を詰め、奴に向ってナイフを刺突させる。

 しかし、ナイフが直撃する前に殺人鬼は瞬間移動する。


「はぁ!」


 それを見越したうえで既に背後に蹴りを放っていたが、その攻撃も空を切った。

 振り返ってみると殺人鬼は、俺の蹴りが届かないかなり後方にいた。


「そんなところにいるってことは、かなり蹴りが効いたんじゃないか?」


 煽り口調で殺人鬼に言葉を放つと、殺人鬼は腹部を押さえてニヤリと笑った。


「まぐれだな」

「だろうな。だが、俺の足止めなど効果はないんじゃなかったのか?」


 きっともう二度と今の攻撃に引っかかってはくれないだろう。先ほどは俺が防戦一方で、奴が絶対的に有利な立場であることからきた、慢心があったからこそ成功したのだ。

 それでも俺は絶対に引かない。煽り倒して少しでも奴の冷静良さを欠く。


「どうする?今のが最高の好機だったんじゃないのか?」

「そうだな」

「それを逃したお前にできることはない。違うか?確かにお前はジリ貧を装い、俺の慢心を誘って攻撃を命中させた。だが、それは俺が慢心をしていたからこそできた芸当だ。だがそれを逃したお前に俺を倒すことはできない」


 しっかりと煽りに乗せられて、反論をしてくる殺人鬼に俺は笑みを浮かべて見せた。


「確かにお前を倒す好機は逃したが、俺にとっての好機は逃してないんでね」


 俺の返答を聞いた殺人鬼は、眉を顰めた。俺の言っていることがわかっていない表情だ。


「なんて言っているはわかったが、何を言っているかがわからないな」

「俺もお前の理解力が想像以上に想像以下だったことに驚いているよ」

「否、絶対理解不可能現状不可避だろ」

「いいか、お前の目的は彼女を殺すこと。俺の目的は彼女を守ること。最初から倒そうなんて思ってない」

「だが結局はジリ貧。俺に攻撃を当てることはもう不可能だ。」

「お前がな」

「なに?」

「彼女が交戦している間に仲間は呼んでおいた。俺は耐えれば良いだけなんだよ」

「…」


 殺人鬼を嘲るように笑って見せる。それに無言を返した殺人鬼は、どこか焦っている様子だ。

 俺が一歩、また一歩と近づくにつれ殺人鬼は後退する。

 自身の状況を理解したのだろう。こちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。否、もしかしたら俺を逃がそうとしていたのかもしれない。こいつは無関係な奴を好んで殺そうとはしないようだし。

 しかしここで取り逃がすわけにはいかない。ここで逃がすと常に萃那の身が危険に晒されることになる。


 そうして俺は思いっきり地を蹴って、殺人鬼との間合いを0にする。しかしその瞬間こいつは瞬間移動を使用する。


「逃がさない!」


 すぐさま能力で飛んだ方向を探る。

 後方!萃那が狙いか!

 奴の刀が萃那に当たる直前に、俺はその身体を蹴ってそれを妨害する。もちろん蹴ったのは、萃那の身体だ。こいつは避けることはないし、確実だ。奥の方で激突音がしたが放っておこう。


「ちっ!」


 殺人鬼が俺を睨み倒す。

 それに応えるように刀を持った殺人鬼に素手で攻撃を入れる。

 俺の拳が奴の鳩尾に入った。そして怯んだすきを俺が見逃すはずもなく、連撃を叩き込む。


「残念だったなあ。俺の能力は魔力を吸収する能力」


 近距離なら俺の能力でこいつの魔力の動きを感知し、どの方角に飛んだかくらいはわかる。

 連撃でよろめいた殺人鬼の顔に、回し蹴りを喰らわせる。その衝撃で奴は後方に7,8メートル吹き飛んだ。

 殺人鬼の表情が歪む。察しがついたのだろう。俺の正体に。


「まさか、記憶が…」

「ああ、少しずつ戻ってきた。ご存じの通り。奴を魔王城に封印した張本人」

「あ…あ…」

「勇者だよ」

「!」


 想宣言すると、先ほどまで絶望していた殺人鬼は笑い出した。最初は小さな声だったがやがて声量が上がっていき、大笑いをする。

 気持ちの悪い奴だ。

 何かの作戦かと警戒していると、突然月明かりがなにかに遮られた。上を見上げると巨大な馬車が上空を飛んでいる。しかし、その馬には翼が生えており、それがペガサスであることが確認できた。

 そんなことより不味いぞ。奴が笑っていた理由が、こいつだとしたら…。


 不意に御者(馬車を操縦する人)が俺に向って光弾を放ってくる。当然赤級だ。

 殺人鬼の仲間!

 後ろに後ずさるようにしてそれを回避するが、そいつは追撃を止めない。

 そのせいで殺人鬼とは距離が開く一方であり、殺人鬼はその空飛ぶ馬車に乗り込む気満々だ。


 予想が的中する。こいつ撤退する気だ。仲間がいたとは予測できなかった。

 殺人は複数犯の犯行なのか?


「待ちやがれ!」


 御者の弾幕を掻い潜り、殺人鬼との距離を詰める。

 こいつが瞬間移動で逃げなかったということは、逃げられるほどの距離を飛べないか、体力消費のある能力なのだろう。なら、馬車に乗り込む前に捉えることができる。


 間に合う!そう俺が確信した瞬間、御者の光弾の狙いは萃那の方向に向いた。巨大な光弾を萃那に向ける。魔力量からして気絶している彼女に当たれば、死は確実だろう。

 しかし位置的に、萃那を庇えば奴を取り逃がすことになる。さすがの俺でも空を飛ぶ物体を追いかけることは出来ない。

 だが、その程度じゃ俺を足止めできない!


「俺の得意技…見捨てる!」


 自分で言うのもなんだが、判断能力は誰よりも早い自身がある。優柔不断なんて言葉は俺には当てはまらないのだ。

 見捨てる判断を下すまでに要した思考時間、実に0.83秒。周りから見れば薄情などの域を出した早業である。


「ハハハッ!」


 俺は萃那のほうには目もくれず、闇雲に殺人鬼に接近する。


「⁉」


 萃那を見捨てるのは想定外だったのか、御者と殺人鬼は同時に目を見開いた。必然的に御者の狙いが萃那から俺に代わる。

 当然だ。こいつらの優先順位は撤退、萃那の始末、そして最後に俺の始末だ。それなのにこの状況で俺にターゲットを変えない理由はない。


 結局、俺は萃那を見捨てるなどできないのだ。記憶喪失で無気力だった俺に絡み続けてくれ、常に俺のことを心配してくれるような彼女を。レグウスに所属してからずっと一緒に過ごしてきた同期を、俺の目の前で死なせはしない。

 完全に俺の勝ちだ。殺人鬼!


 そして俺の手が奴に届く瞬間、奥に見える塔がキラリと光った。

 その刹那、そこから何かが発光しながら飛来してくる。俺は何とか身体を捻り飛来したそれを回避した。光弾ではない。それ放たれた塔からここまでは800ヤード。その距離を一瞬で移動してきたのだ。

 後方の地面に着弾すると同時に、その場が抉れる。飛来してきたのは光の矢だった。ここに到達するまで矢の形を保っていたが、役目を終えると同時に消失する。


 まだ仲間がいた!俺に破戒の布告をせず攻撃をしたということは赤帯だろう。おそらく魔力で生成された弓使い。この距離をあの速度で射撃するのは通常の弓では不可能だ。

 不可能を可能にする…それが能力。


 俺の意識が一瞬塔に向いたことにより、殺人鬼が俺と距離を開ける。

 慌てて追うが、塔の上がまたも点滅する。追撃!

 まずい。俺がその射手なら…萃那を狙う!


「クソがぁぁ‼」


 高速で引き返し、萃那を光の矢から庇う。矢はすぐ横に着弾。正確無比な遠距離射撃。

 急いで気の裏に身を隠す。

 その隙に殺人鬼は空馬車に乗り込んでいってしまった。


「おら!」


 やけくそに光弾を放ったが、それが着弾する直前馬車は高速で走り去る。

 途中、塔の上で弓使いの仲間を回収しているのが見えるが、今の俺にはそれをどうすることもできない。

 不思議な乗り物だ。その巨体のどこに推進力があるのか。


 横で眠っている萃那に目やると、彼女はすぅ、すぅと穏やかな呼吸を繰り返していた。その寝顔を見るたび改めて顔立ちの良さを思い知らされる。

 今の彼女は俺に命を救われたなんて、微塵も考えてはいない。当然だ。組織一のサボり魔がこんな実力を持っていたとは考えられない。


 何か所か打撲の跡があるが、殺人鬼がやったことにしよう。結果的に彼女を救うためだったのだから仕方のないことだ。


「畜生…」


 俺は木にもたれるように座り込み、地面を拳で叩く。

 最大のチャンスを逃した。

 奴らの目的が分からない以上、これからも萃那が狙われる可能性がある。動機が分からないということは、標的が誰になるかわからないということだ。

 彼女が悪いわけではない。俺の準備が足りてなかっただけだ。俺の記憶がもっと早くに戻っていれば、勇者だというとこを悟っていればこんな事態にならずに済んだだろう。


 しかし記憶を見ても理解が出来ない部分がある。

 自身の命と引き換えに魔王を封印した俺が、何故ここにいる?

 輪廻転生というものなのか…。

 大体俺が勇者だったのなら、何故ヴァルはそれを隠していたんだ?発作の事を心配したとも考えられなくはないが、普通最初に伝えるものだと思うのだが。


 幾ら考えを巡らせてもその答えは出なかった。しかしわざわざ黙っていたということは何らかの理由があるはずだ。これをヴァルに聞くのは流石に亡状を極めるか。いつかヴァルの方から聞かせてくれるのを待つとしよう。

 奴らの気配がなくなったことを確認した俺は、萃那を抱えてレグウス本拠地への帰路に就く。自分の不甲斐無さに憤りを感じつつ歩を進めた。

 しかしヴァル、いったいお前は何を隠している?

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