第三十六話 祓い屋と妖怪2
避けきれない。そう感じた瞬間、後方から向ってきたその光弾が俺に当たる前に、素早く立ち上がったロミヤが掌を前に突き出し防御した。
「ハァ…ハァ…これでまた私が貸しだ」
肩で息をしながらロミヤは得意げに胸を張った。肩の傷を押さえながらよろめく彼女の身体を背中で支える。
ロミヤは手を払いながら、光弾が放たれた方を見ながら真顔でせせら笑った。…真顔でせせら笑った。意味不明だと思うが実際意味不明だ。だがこいつは確かに真顔でせせら笑ったのだ。
「今やフォージア唯一の祓い屋がその程度なのか?ハァ…ハァ…源の巫女」
振り向くと、霊歌がこちらに光弾を構えていた。やはりあいつも俺の正体に気づいたか。妖怪を毛嫌いしている霊歌の事だ、鬼族である俺をこの場で葬ろうとしたに違いない。
「防がれちゃったか。せっかくフォージアに紛れ込んだ鬼族を始末できると思ったんだけど…」
霊歌は困ったように頭を掻いた。
「不意打ちとはずいぶん卑怯な手を使ってくれるじゃねぇか」
「種族を偽装してフォージアに潜入していた君が言えたことじゃないだろう」
俺の身体をまじまじと見た霊歌は阿賀に手を当てて君の悪い笑みを浮かべた。
「お前かなり強力な鬼なんだな。かつての酒吞童子の妖力を遥かに超えている」
「酒吞童子に会ったことがあるのか?」
「会ったことがあるというか…3年前に私が殺した」
「⁉」
酒吞童子を殺しただと⁉
3年前の魔族から鬼将山への襲撃、その際に俺の父は死んだ。俺の友人たちも魔族が連れてきたベルツァゴートに焼き払われた。仲間を見捨てて物陰に隠れていた俺だけは助かった。あの時の絶望感と喪失感、劣等感、罪悪感が俺をここまで鍛え上げさせた。
父や仲間の仇を討つために、俺はここまでやってきた。
俺の父の名は“ロビス・サム”。人間でありながら超人的な身体能力と戦闘センスを持ち合わせた、人間でありながら鬼のような存在と謳われた男。人々は父の事を“酒吞童子”と呼んだ。
「…」
そうか。霊歌、お前が3年前鬼族を襲撃した張本人だったのか。
「…ヴァネット?」
この異様な空気に気づいたロミヤが俺の顔を覗き込んでくる。
そこでようやく我に返った俺は持っていたナイフを霊歌に見せつけた。このナイフは父が愛用していたものだ。
「陽月のナイフ?…まさか、お前は七天鬼か?」
「いんや、それは俺の親だ。フォージアを守る退魔の雷の檻を作った張本人だよ。俺は人間と鬼のハーフだ」
「あの雷の檻は鬼族が⁉」
霊歌が知らないのも無理ない。鬼族は人間嫌いだ。だからこそその情報を知っている者は必然的に絞られる。ラジアンお前のようにな。
「そんでもってこのナイフは父から受け継いだものだ」
「へぇ、つまり君は…彼の眷属って訳かい」
「正解。父は妖怪ではないから継承したのはナイフの技術ぐらいだ」
霊歌はラジアンに視線を向けた。
「よう、ラジアン。久しぶりじゃないか」
「ええ、源さんこそ」
ラジアンもいつものヘラヘラした様子で応える。なるほど、祓い屋繋がりって訳か。
「懐かしい結界を見つけてな。丁度私の嫌いな妖怪もいるみたいだし」
そう言って霊歌は俺とロミヤを交互に睨みつけた。
「それは良かった。丁度一人ではてこずりそうだと思っていたんです。ちなみにそこの女の妖怪はフォージアで有名な祓い屋狩りですよ」
こいつ…⁉
「なに⁉そうかお前が…ようやく見つけられた」
霊歌はロミヤを虐げるような目で睨みつけた。ロミヤはそれに全く動じず、スンと真顔を決め込んでいる。
俺はラジアンの言動に腹立たしさを憶えた。
こいつは自分の仲間だったロミヤを霊歌の餌として撒いたのだ。ロミヤの境遇を利用して従わせ、都合が悪くなったら容赦なく切り捨てた。
ただただそれが気に入らなかった。
「ちなみにこの祓い屋狩りは元ラジアンの仲間だぜ」
「あ?」
霊歌が問い詰めるようにラジアンに視線を向けるが、彼は不敵な笑みを崩さないまま…。
「知りませんねぇ。でもいいでしょう。結果的に私と共にこの二人を殺せば」
「そうだね。源式修祓術二重結界発動」
霊歌はラジアンの結界の内側に更に結界を展開させた。
どうやら俺たちを逃がす気は一切ないらしい。
「あの結界も妖怪特化だね」
流石は祓い屋狩り。結界の性質をいち早く見抜いたらしい。
結界の影響で俺の能力は使えないが、同時にロミヤも能力を発動できない。それ故この状態でも俺はロミヤを視認することができた。
「は~、世話の焼ける妖怪だぜ」
俺はやれやれと手を振って見せる。ロミヤは目を細めながら口を尖らせた。
「その妖怪に背中を守られた気分はどうだい。お互い様だろ」
俺は未だ肩で息をするロミヤの肩の傷を見ながら…。
「その身体で戦えるんだろうな」
「いけるけど相性が最悪だね。祓い屋と妖怪、結界で私の能力は息をしてない」
「大丈夫だ。俺にとってお前の能力は生まれた時から死んでいる」
「生まれた時から⁉」
「というより、相性が最悪って…祓い屋狩りのお前が言うのか」
「私は能力ありきだからね。君だって固有能力は使えないんだろう?」
「ふん、その程度で俺が負けると思っているのか?」
「勝てるの?」
「ま、勝つのは無理だろうな」
もしも俺一人なら逃げるのが精いっぱいだろう。萃那を退け、狭霧を瀕死に追い込んだ男と、フォージア一の妖怪狩りだ。俺との相性は悪すぎる。
沈黙するロミヤに俺は苦笑を浮かべながら…。
「でもここにはお前がいる」
「…あっそ」
ロミヤは真顔を貫きながら、両剣を顕現させクルクルと回転させた。
本来この勝負は俺たちの完敗になるものだ。なぜなら奴らは俺たちの攻撃の届かない結界の外から光弾を打ち続ければいいからだ。だが奴らは結界の中にいる。その方法をとることは出来ないのだ。
ラジアンと霊歌は俺たちに視線を向けているが、気づいているようだな。
「二人で戦って勝てる可能性は?」
「10%もない」
ロミヤの問いに俺は即答する。ちなみに俺一人で戦った場合は5%未満だ。
ロミヤは結界を一瞥して唇を尖らせた。
「私でも、内側からはこの結界は割れないね」
「だろうな。俺も無理だ」
張られているのは対妖魔結界および修祓結界。カルヤたちに使用されていた対吸血鬼結界とは俺たちへの効力は別格だ。能力の無効化、妖怪の固有能力阻害、身体能力弱体化。その全てが確実に上回っている。
祓い屋狩りのロミヤであっても流石に内側からの破壊は不可能だ。かといって、カルヤたちは外側からでも結界は割れない。
「結界は削らなくていい。とりあえず奴らの体力を削れ。少なくとも新たに結界を張れなくなる程度には…」
「わかった」
肩を押さえながら頷くロミヤに俺は眉間に皺を寄せた。未だ肩の傷が回復しきっていない。この状況では俺たちに持久戦は不利だ。
それでも俺はここで戦わないといけない。こいつらは、妖怪は危険だと決めつけて葬り去る外道だ。いや、確かにカルヤとリアウィールは危険だが、ティモリヴァのように直接的に人間と敵対しているわけだはない。ロミヤも人間と敵対しているわけではなく、妖怪を守るために祓い屋と戦っているだけだ。その証拠に彼女は俺や萃那を殺していない。
しかし、こいつは湖影のように友好な妖怪や、何もしていない鬼族までも葬り去った。俺の父親までもだ。
だからこそ、俺はここで戦わないといけない。紅霞さん。俺は証明しないといけない。貴方が命を懸けて貫いた信念を、俺が曲げていいはずがない。
「奴らの体力を削りきるまで耐えられるんだろうな」
「君次第だね」
そう言ってロミヤは戦闘態勢に入る。同時に俺も薙刀を構え直した。
それを確認したラジアンは後ろ髪を掻きながら手に光弾を輝かせた。
「作戦会議は済みましたか?ま、ここに居る私たちは三大祓い屋と呼ばれたうちの二柱。あなた方に勝ち筋などはありませんが」
「ああ、そうかい。なら試してみろよ。ここに居るのは酒吞童子と八岐大蛇の眷属だ!」
そうして俺たちは同時に地を蹴る。
俺はラジアンをロミヤは霊歌を攻撃する。俺であればラジアンのレーザーの効力も少なくて済むし、ロミヤの手の内を知られている可能性が高い。
ラジアンと霊歌は結界の境界ギリギリの位置に陣取っているせいで後方に回り込まれないようにしている。
だからこそ常に俺たちが挟まれる状況なのだが、お互いが互いの背中を守り致命傷は避け続ける。そうすればそれぞれが前だけに集中でき、回避行動の精度も攻撃性能も上昇する。
しかし妖怪の俺たちも体力が無限にあるわけじゃない。それに加え結界の弱体化によって俺たちの動きはラジアンたちと比べはるかに早い速度で悪くなっていく。身体の修復を前提とした戦闘もできない。
「【退魔の灯火】」
俺がラジアンとの距離を詰めると、奴は両手から焔を撃ちだした。それを薙刀で打ち払い攻撃に転じる。斬撃と光弾を織り交ぜた連撃、ラジアンはそれを小さな防御結界でガードする。
攻撃の威力は小さくていい。奴らの結界を張る体力、霊力を削るのが目的だ。瞬時に攻撃一つ一つの威力を見破ることなどできやしない。
「【聖苑光河】」
ラジアンの放ったレーザーを全て薙刀でいなす。
避けるほうが容易いが、ロミヤが向こうの戦闘に集中できるようになるべく攻撃は相殺する。
チラッとロミヤのほうを確認するがかなり善戦しているようだ。当然だろう。ロミヤの動きは俺ですら予想が難しい。彼女のフェイント重ね、奇想天外な動きに初見で対応するのは不可能だ。だからこそ、初対面の霊歌との相性は悪くない。
このまま奴らを削れば…。