第三十話 霊歌の思惑
「人類の最高傑作…ですか」
私こと兎梁 萃那はアグレスの言葉に首を捻った。
人類の最高傑作。それはリアドロレウスの異名だ。アグレス曰く、あの妖怪は人類の手によって生み出されたものらしい。しかしあまり信じられない。生み出した方法、動機、それらに納得のいく答えが私の中で用意できなかったからだ。
アグレスの話が本当だとしてそれがなんのためになる?一体誰がそんなことをするのだろうか。
「信じていなさそうな顔ね」
「いいえ、信じていない顔です」
「やっぱり」
「は?」
「貴方が信じられないのも無理はないわ。貴方たち人類の記録は3年前で止まっている。リアドロレウスが生み出されたのは時間も場所も遠いからね」
「はぁ…」
面倒臭い話が始まりそう。
否、待てよ。古参の魔法使いならティモリヴァの情報も知っているんじゃないか?もしここで情報を得られたらヴァネットに連絡し、あんなケチ巫女との約束はすっぽかして帰れる。面倒なリアドロレウスの討伐もやらなくていいし一石二鳥だな!
「アグレスさん、鬼将山に封印されていた災厄妖怪ティモリヴァをご存じですか?」
「ああ、最近復活して退治された奴ね。もちろん知っているわよ」
私は、無表情でけろっとそんなことを言ってみせるアグレスに顔を寄せた。
「それなら、かつてティモリヴァを封印した人物も知っていますか?」
「そんなこと聞いてどうするのよ」
私の異様なまでの態度に半笑いを浮かべるアグレス。私は俯きながら答える。
「そいつが父を殺した敵かもしれないんです。ここに来たのも、父の敵を討つため。もしなにか知っていれば…」
「そう…残念ながらそこまでは知らないわ」
アグレスは一度肩を落とすと、視線を逸らしながら答えた。やっぱり知らないか。使えないなぁ。まあ、鬼族でさえ知らなかったんだ。そう簡単に入手できる情報ではないのかもしれない。
「そ、そうですか」
その時、霊歌から通信魔法が掛かってきて…。
▲ △ ▲
私こと源 霊歌はリアドロレウスの巨体を眺めながら、二つの発光魔法を展開させた。
地上から濃霧を貫通して見えるほどに眩しく輝いた赤と青の光の筋が天高く昇っていく。
「さあ、リアドロレウス。お前たちを葬るときが来たよ」
そう言ってにやりと笑みを浮かべる私の視線の先でリアドロレウスが咆哮を上げた。思った以上に時間をかけてしまった。私は奴らを倒すのに3年かかったのだ。それでも今日で決着を付けられる。
私は蟀谷に手を当て、通信魔法を使い始めた。相手はヴァネットだ。
「ヴァネット、リアドロレウスの本体の位置が分かった」
「なに?」
「今、赤いビーコンを立てた。その位置に向って。私は別の件があるの」
「別の件?」
「私は今、結界で奴を弱体化させていて動けないの」
「…なるほど。了解した」
続いて萃那にも通信魔法を使う。
「萃那、聞こえる?」
「あ、霊歌さん。聞こえますよ」
「リアドロレウスの本体の位置を突き止めた。私はいけないけど、青いビーコンの位置に向って」
「わかりました」
こいつは馬鹿だな。本当に使いやすい。
通信を切った私は再び不敵な笑みを浮かべながら…。
「長い間厄介だったけど、ようやく終わる。ルナソル瓦解【烈日の修祓結界】」
▲ △ ▲
「萃那聞こえるか」
霊歌からの通信魔法を切った途端、またも通信魔法が私こと兎梁 萃那に掛かってきた。相手は迷子の子羊ヴァネットだ。私は「はぁ~」とため息を吐きながらも少し口角を上げた。今になってようやく寂しくなったらしい。
やれやれと首を振りながら、横にいる魔法使いアグレスから少し距離を取る。これはヴァネットの泣き言を彼女に聞かれないようにしてあげる私なりの配慮だ。
「はい、ヴァネットさん。生きてたんですね。まったく私から逸れるなんて悪い子ですね」
「あー。…うん、そだね」
恥ずかしいのか私の軽い説教は流された。ここは私も深堀しないであげるとしよう。
「今から霊歌の示したビーコンに向かっているところだ」
「私もです」
「気を付けろよ。さっきラジアンの仲間であるロミヤと対峙した」
「∑π√tanθ⁉」
その言葉を聞いた瞬間、私は奇声を上げた。
「え、ここにラジアンが来ているかもしれないってことですか⁉」
「⁉」
後方からアグレスが驚いた様子でこちらをガン見してきた。急に大声出してごめんて。
「そういうことだ」
ラジアンは鬼将山でティモリヴァを復活させた張本人だ。その上、自分の目的のためだけに私を殺そうとしてきた畜生だ。その結果狭霧が重症を負い、鬼将山は危険に晒された。
ここに奴がいるのなら決着をつけるいい機会かもしれない。
「実はこちらもティモリヴァを倒したかもしれない魔法使いと一緒にいるんです」
「なに」
「確信はありませんが」
目だけで後方にいる彼女を覗いた。
アグレス・メリカロマーシャ。最古の炎属性魔法使いであり、ティモリヴァを倒したとされる魔法使いと服装が一致。破戒の印は顕現していないため赤ではないことはわかる。
これは破壊の印が赤帯の場合は印が常時顕現するためだ。ポラリスやスピカは破壊の布告を行わずとも印が記されていた。
「わかった。またあとで会おう」
「はい」
そう言って通信魔法を切ると、ずっと口を閉じていたアグレスが急に顔を近づけてきた。
「萃那、一個前の通信相手の霊歌って源の巫女?」
食い気味にそう尋ねられ、多少吃驚しつつも首を縦に振る。
「そ、そうですよ」
「…」
すると彼女は顎に手を当て、少し考えると帽子の鍔に付けてあったアクセサリーを外して、無言でこちらに差し出してきた。もしかしてくれるの?実はちょっと綺麗だなと思っていたんだよね。
「私は急遽用事が出来た。本当は貴方を森の出口まで送りたいんだけど…」
あ、結構です。超有難迷惑。
しかし、ティモリヴァを倒した魔法使いの疑いが掛かっている以上、そう簡単に彼女と別れていいのか…。
だけど、どうやら霊歌と知り合いのようだし…いざとなったら霊歌の口を割らせれば会えないこともなさそうだ。
「だから、これを持っていきなs…」
「返しませんよ」
「痛っ」
素早くアグレスの手からそのアクセサリーを掠め取る。
赤い宝石が鈍く輝いた星型のアクセサリーは宝というより古い遺物のような神々しさを纏っていた。
アグレスは渋い顔で手を擦る。
「どうせ、私がリアドロレウスと戦うなと言っても聞かないでしょう。それを持っていたらピンチの時、私が助けに行く」
「へー」
当然、ピンチになる予定もアグレスに助けを借りる予定もない。だからこそ私は彼女に視線すら合わせずに話を右から左に聞き流す。
ぶっきらぼうに返事をする私を見て、アグレスは呆れたように笑った。え、なんで笑ったの?怖い。
こちらの心情が伝わったのかアグレスはわざとらしく視線を外しながら…。
「本当にそっくり」
と、そんな言葉を残して飛び去って行った。