第二十七話 ロミヤとの再会
「萃那~!」
霧に覆われた森に俺の声が木霊する。
もう駄目だ。あいつは完全に迷子だ。それと同様に勿論俺も迷子だ。
ただでさえ夜で視界が悪い上に、星が見えないせいで方向感覚さえ崩される。同じような景色が続き、自分が通ってきた道さえわからない。
こんな中に一人突撃した萃那は最高に阿呆だ。
能力を使用してもいいが、それには仮面が邪魔だ。
萃那とばったり出くわした時の事を考えると外さないほうが賢明といえる。
「⁉」
その瞬間、不意に放たれたその光弾をノールックで回避した。標的を見失った光弾は次々と地面に衝突し、辺りに砂煙を巻き上げる。
誰だ?
光弾が向かってきた方向を探るが、砂煙で辺りが良く見えない。
俺は仮面を取り外し、能力を発動させた。
俺の能力千里眼により砂煙を透かして敵を探る。そうして俺の目が捉えたのは…。
「ロミヤ⁉」
木の上からこちらを見下ろすロミヤ・グラファスの姿だった。
どうやら面倒臭い相手に会ってしまったらしい。
ロミヤは死んだ目で俺を確認し、攻撃の手を止めた。
「どこの誰かと思えばまた君か…。1か月ぶり。憶えていてくれたんだ」
彼女はそう言って木の枝に腰掛ける。
「なんでお前がここに」
「ラジアンからの命令。大きな妖力を持つ妖怪を退治しようとする輩を始末しろってさ」
恐らくリアドロレウスのことを言っているのだろう。推測するにロミヤは俺たちが奴を討伐しに来たのを知っている。
どこからその情報が伝わったのかは知らないが、今回もロミヤは俺たちの行動を邪魔するつもりらしい。
「前回から気になっていたが、お前口軽いな」
「ラジアン以外と話す機会がなかったからね」
「間違いないな」
「で、君がリアドロレウスを討伐しに来たの?」
「ああ」
その時、遠くで独特な甲高い音が弾けた。一時的に俺たちの視線はそちらに向けられる。
「今の祓い屋特有の術式音だね」
どうやら霊歌はあの吸血鬼を突破してきたらしい。
俺は両剣を構えたロミヤを制止する。
「おっと、お前の相手は俺だ。俺と戦えよ」
「え、嫌だけど。君弱いじゃん。せっかくこの間見逃してあげたのに」
ロミヤを視認できるのは俺のみであるため、彼女を源に合わせるのは彼にとって得策ではない。
このままロミヤを見逃せば、彼女は迷わず霊歌を殺しに向かうだろう。だからこそ彼女はここで引き留めておかないといけない。
祓い屋狩りの妖怪ロミヤ。今一番霊歌に会わせたくない奴だ。
「言ってくれるな。手加減してやったのに」
そう言って俺はにやりと不敵な笑みを浮かべて見せる。
「は?手加減?雑魚が粋がるなよ。君は私に手も足も出なかったじゃないか。…あ、足は出たっけ?」
「俺にはまだ奥の手があるってことだ」
「へえ、なら早くそれを使いなよ」
「そうするぜ」
俺は懐から爽楓影薬で買った薬の瓶を取り出した。それを見たロミヤは眉を顰める。
「何?ドーピング?それで強がっていたのならダサいよ。それにたかが薬で私を倒せるほどの力が手に入るとは思えないけど…」
あれ、そんなに煽り耐性ないの?
「ただのドーピング剤だったらそうだろうな」
「何?違うの?」
「見てればわかるさ」
そう言って瓶に入った薬を豪快に飲み干す。その瞬間、俺の身体から何かが溢れ出てくる。
それは魔力とはまた違う…妖力。妖怪が持っている力の根源、基本的にそれを人間が持つことは不可能である。
だからこそ、俺の正体を知らないロミヤにとってそれは摩訶不思議な状況で、彼女は常に見せていたその真顔を崩した。
「⁉これは…妖力?何で君が…」
「ああ、俺は鬼族と人間のハーフだ」
サラリとカミングアウトしてみせる。
今までは狭霧への情報漏洩防止のため、他の者に言うことがなかったが今はもうその必要はない。
途轍もない量の妖力が辺りを包み込む。
一般的に妖怪の強さというのは妖力の大きさだ。つまり今の俺は物凄い強さを秘めているということになる。
その妖力はロミヤを軽く超えていたが、彼女は焦らず冷静に状況を観察していた。
なるほど、やっぱりロミヤはこの程度では尻込みしないか。
わかっていたことだが改めて面倒臭い。
妖力差に怖気づいて撤退してくれれば一番楽だったのだが、こうなれば仕方ないだろう。
「確かに一筋縄ではいかないようだけど、それほどの効果のある薬はもって精々10分程度。それで君を倒してあの剣士と巫女を始末すれば私の目的は完遂だ」
呆れ笑いをしながら両剣を構えるロミヤ。
「完璧な作戦でしょ。私、過去に製薬に携わっていた友人がいるからその辺ちょっと詳しいの」
「ああ、完璧だ。不可能だという点に目を瞑ればな」
「あ?」
俺の返しが気にくわなかったロミヤは冷ややかな目でこちらを見下ろした。
ロミヤの心境を察した俺は、断言してやろう、と言葉を繋ぐ。
「俺を倒すことは不可能だ」
不敵な笑みを浮かべ、そんなことを語る俺にロミヤはいつもの真顔を返す。
「やってみなくちゃわからないと思うけど」
「教えてやる。やる前の説明は失敗フラグなんだぜ」
「あからさまな失敗フラグは成功フラグだよ」
そう言ってロミヤは木の上から飛び降りた。
それをきっかけにお互いに歩を進めだす。ジリジリと間が詰まっていくたびに辺りに緊張が走り、やがて俺たちは少し間隔を空けた位置で立ち止まった。
お互いに初撃のタイミングを見極める。
「お腹空いたね」
確かにまだ夕食を食べてなかったな。
俺は少し間を置いて口を開く。
「そうだな…」
その瞬間、戦いの火ぶたは切られた。