第二十五話 巫女との交渉
ラグナポートの反対側、フォージアの北端に位置する街“ヒュトラス”。
ラグナポートと比べて背の低い木造建築が立ち並ぶ古き良き和風の街並みがテーマの地域である。
近代化が進んだ中央エリアとは対照的に、背の低い瓦屋根と青々と茂った木々が美しいコントラストを成している。
例に倣って小さな丘の上に建てられた源神社も、その調和の取れた風景を作り出す素材の一つになっている。石造りの長い階段やその両脇に立ち並ぶ無数の灯篭、そして頂上に構えられた巨大な鳥居は和の雰囲気を生み出すに最適である。
太陽がオレンジの輝きを放ち始める頃、俺たちは神社の前に辿り着いた。
100メートル程の階段を上り、鳥居をくぐる。
「鳥居の真ん中は神様の通り道なんだぞ」
ちょうど鳥居の真ん中をくぐった萃那に呆れ顔で注意した。
「つまり私は神ということでしょうか?」
両手をわなわなとさせながら冷や汗を垂らす萃那。
「取り敢えずこの立場を利用して源の巫女から情報を聞き出します」
取り敢えずその決め顔止めろ。
「圧倒的自己肯定感からの権利の乱用、お前神というより邪神だろ」
「無知ですね。信仰されれば無機物でさえ神になりえるんですよ」
「信仰放棄待ったなしだろ」
そんなことを話していた俺たち前に、境内の周りを箒で掃除している二十歳前後と思われる巫女の姿が見えた。
白と赤を基調としたシンプルなデザインの巫女服。間違いない。彼女が有名な祓い屋、源の巫女。俺たち妖怪の天敵である。
萃那は巫女を視界に入れるや否や、彼女に向って駆け出した。
「こんにちは!」
箒の先に向けられた顔を覗き込むように挨拶をする萃那。
自然と俺の姿も視認した源の巫女、源 霊歌は箒を持つ手を止めた。
「ん、珍しい参拝客だな。今期レグウスのトップ2じゃないか」
レグウスの主な活動地域はヒュトラスと反対側のレテーズ川周辺だが、どうやらこの地方まで噂が流れてくるらしい。霊歌とは初対面である俺たちに対して、彼女は気さくに笑いかけた。
「こんな古臭い神社の巫女にも認知されているなんて照れますね」
そう言って照れくさそうに頭を掻く萃那。
なんだこいつ。
「なんだこいつ」
あ、霊歌と同じこと考えてた。
霊歌は笑みを崩して眉間に皺を寄せる。霊歌は手でシッシッと萃那を払い…。
「冷やかしなら帰った帰った。私だって暇じゃないんだ」
と、ムスッとした表情で腕を組んだ。
暇そうだけどな。
「暇そうですけどね」
おい萃那、口を慎め。
「妖怪って何故か一定数フォージアに入ってくる奴がいるの。だからそれを退治するのが私の仕事」
俺は霊歌の解説を聞きながら、たびたび妖怪がフォージア内に侵入することに疑問を感じた。しかしその情報は今関係ないため心の中にそっと伏せる。
真顔で解説を終えた霊歌に萃那は満面の笑みを浮かべ…。
「お互い人外を退治する者同士仲良くしましょう!」
と、霊歌の腕を掴んでぶんぶんと振る。
途端に霊歌の顔が歪んだ。
「まじで?その意識あってさっきの発言何処から出たんだよ」
困惑する霊歌に俺は顎を萃那に向け…。
「こいつは馬鹿なんだ。許してやってくれ」
「ヴァネットさん⁉」
驚愕の表情で俺の方に向き直る萃那に霊歌は追い打ちをかける。
「そうか。馬鹿なら仕方ない」
「霊歌さん⁉」
一人で騒がしい萃那をスルーし、俺は萃那に代わって霊歌に事の顛末を説明しだした。
萃那の事情を理解した源 霊歌はふむ、と腕を組んだ。
「なるほどね。ティモリヴァを封印したものの情報を探していると…」
「はい。霊歌さんならなにか知っているのではと…」
「もちろん知っているさ」
「本当ですか⁉」
流石は祓い屋といったところか、そういう情報は殆ど網羅しているらしく、霊歌は自慢げに胸を張った。
何でもティモリヴァは祓い屋の界隈では割と有名な妖怪らしく、先月ティモリヴァが復活したことも、何者かに倒されたことも霊歌の耳には既に入っていた。
流石に岸翅 優魔の名前は知らないらしい。
これで父の敵の情報が手に入る、と歓喜する萃那に霊歌はただし、と付け加えて不敵な笑みを浮かべた。
「教えてほしいなら一つ条件がある」
けち臭いな。
「勿論ただとは言いませんが、源の巫女もけち臭いですね」
おい萃那。そういうのは口に出すな。
「こいつ本当に仲良くする気あんの?」
霊歌が視線を向けるが俺は…。
「何度も言わせるな。馬鹿なんだ」
と、小さな溜息を吐いた。
呆れる俺と、曇りなき眼で笑みを浮かべる萃那を交互に見た霊歌は少し間を空けて口を開く。
「それでその条件だが…」
霊歌は南西を指差す。
「ここから南西に下ったところにある日陰の森、通称ヴァンパイアフォレストの妖怪を退治するのを手伝ってほしい」
ヴァンパイアフォレストの妖怪、その言葉だけで俺たちはその妖怪を把握した。
そいつはそれだけ有名な妖怪である。それは同時にその妖怪が途轍もなく厄介だということを示していて…。
俺たちは同時に苦笑いを浮かべた。
萃那は自信なさげに視線を逸らしながら…。
「ああ、リアドロレウス…」
と、その妖怪の名前を口にした。
リアドロレウス。史実上、最も多くの魔力を保持しているとして知られている妖怪だ。その姿はコウモリによく似た姿をしているがその大きさは全長142m。吸血鬼の持つ負の感情が具現化した妖怪とされており、その本体である吸血鬼はリアドロレウスの中にいると言われている。
かつて何人もの祓い屋が奴の討伐にいどんできたが、その達成は困難を極めていた。
だからこそ、優秀な祓い屋である霊歌も俺たちを頼ることにしたのだろう。
レグウスの仕事はフォージアの防衛であり、わざわざ外の魔物を討伐しに行くことはない。
それと比べて祓い屋は、フォージア外の妖怪を退治しに行くことがたびたびある。その理由は、妖怪はレテーズ川で侵入を防げないからであった。
「今や退魔の雷に守られているフォージアだが、奴ならこの檻も突破しかねない」
「なるほど」
といっても霊歌と俺たちが共に戦っても勝てる確率は決して高くないだろう。
「奴の妖力が日に日に増加している。このまま放っておくのは危険だ。いつフォージアに侵攻してきてもおかしくないんだからな」
「確かに…危険な芽は排除するに限ります」
「そういうことだ。ティモリヴァの情報が欲しいのなら私を手伝うことだな」
「仕様がないですね。決行日はいつですか」
「今からだ」
「今から⁉」
あまりにも突然すぎる決行日に萃那は目を丸くした。
それに対し、至って冷静な霊歌は小首を傾げる。
「何か問題が?」
「狭霧さんがまだ安静期間なので…」
「もう少し待って欲しいんだが」
できれば、狭霧の力も借りたいと思っていた萃那に俺も同調した。
個人的に狭霧と共に行動する方が色々と都合がいい。
「狭霧?ああ、あのさぼりレグウスのことか。別に彼がいたところで何も変わらないだろう。逆に君たちにとっては足手纏いなんじゃないか?」
「はは…」
俺と萃那は同時に苦笑した。
当然の反応である。
狭霧の実力はフォージアではヴァネットと萃那しか知らない。だからこそ、霊歌にとって狭霧の復帰を待つというのは意味の分からない話なのであろう。
しかしそのことを口走るわけにもいかない俺たちは何とも言えない気分で霊歌に承諾するのだった。