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ルナソルの魔封城  作者: TIEphone Studio
第三章 ヴァンパイアフォレスト編 ~封印された災厄妖怪リアドロレウス~
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第二十三話 萃那の人探し1

 やがて話に花を咲かせつくした頃、爽楓影薬を出た俺ことヴァネット・サムはその薬を手に持ちながら空を見上げた。

 優しく秋の訪れを知らせる風が、建物の隙間を縫って通り過ぎていく。


 約三年間、ここを訪れていた理由の殆どは薬だったが、これからはそれ以外の理由でも訪れることになりそうだ。

 仮面の裏で小さく口角を上げ、大通りへと歩を進める。その時…。


「あ、ヴァネットさん。こんにちは」


 路地から爽楓影薬に向って歩いてくる萃那と鉢合わせた。反射的に手に持っていた薬を隠す。

 萃那は俺を視認するや否やチラッと爽楓影薬を確認した。

 その動作に嫌な予感がしたがあくまで平然を装おい…。


「萃那、珍しいな。お前がここら辺にいるなんて」


 ここラグナポートは萃那の家とも、レグウスの担当区域とも離れている。そのため萃那がここに来るなんてことはそうそうないはずであった。

 その上萃那はこの裏路地に入ろうとしている。この先にあるのは旗地である爽楓影薬のみだ。つまり萃那の目的は爽楓影薬で確定していて…。

 仮面の裏に冷や汗が垂れた。


「ヴァネットさんこそ。貴方がこの店に来ているなんて知りませんでしたよ」


 そう言ってにこやかに笑った萃那は、何かを監視するような鋭い目つきで建物を観察した。

 俺は慌てて話を続ける。


「まあ、少し治療薬を買い足しにな…。お前は何用で」

「少し人探しをしていまして…」

「人探し?」

「はい。ところでここの薬屋の商品、よく効くようですね。とても評判がいいです。とくに治療薬。まるで魔法のように傷が癒えるとか…」

「ああ…確かにここ爽楓影薬の商品は質がいい」

「そうなんですね。私もここに用があって…」


 そう言って裏路地に入っていく萃那。萃那が湖影に会うのはまずいな。

 そう考えた俺はすかさずその前方を自身の身で塞いだ。


「…萃那」

「はい?」

「今から飯食べに行かないか!」


 あからさますぎる時間稼ぎに、萃那は訝しそうに目を細くした。


「え、いいです。私さっき食べたばかりなので」


 軽くあしらい、俺の身体を避けて進む萃那。


「じゃ、スイーツは⁉」


 さらにその行く手を阻む。

 いい加減不審に思のか萃那は苦笑いを浮かべる。


「…どうしたんですか?ヴァネットさん。まるで私をこの店に入らせたくないみたいじゃないですか」

「…っ!」


 心臓が縮み上がった。

 図星の反応を示す俺に萃那の好奇心は掻きたてられた。

 萃那の目的、それを知る由もない俺は大慌てだ。


「怪しいですね。貴方何を隠しているんですか?」


 萃那はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺の横から爽楓影薬を覗き込んだ。

 そこには至って普通の薬屋が構えられている。不思議な点と言えば旗地に建てられているということだけだろう。

 萃那を押さえられないと悟った俺は大きく息を吸い込み…。


「…兎梁 萃那と、飯に行きたいやつ集まれぇ‼」

「へ?」


 そんなことを叫んだ俺に萃那が呆けていると、遠くからドドドドドドと何やら地響きのような音が聞こえてくる。


「うぉおぉおぉぉぉぉ‼」「萃那ちゃぁぁぁん‼」「俺と食いに行こう‼」


 その音の正体は萃那の過激ファンの集団が近づいてくる足音だった。完全に暴徒と化した連中が街の道路を占領して、無我夢中で突っ走ってくる。

 苦笑いでそれを察した萃那は…。


「面倒臭いことしてくれますね。仕方ないです」


 それだけ言って目の前から姿を消した。しかしそれは本当に消えたわけではなく、目で追えない程の速度で萃那が移動したに過ぎない。


(早い!)


 辛うじてその方向を察し急いで引き返すが、能力を使用中の萃那に追いつけるわけがなく、やすやすと爽楓影薬への侵入を許してしまう。


「ヒッ!」


 高速で扉を開いて中に入ったため、カウンターで作業をしていた湖影はその一瞬の出来事に驚いて固まってしまう。

 店内をぐるりと見渡した萃那はやがて湖影に視線を留めた。彼女の身体をまじまじと見つめ、小首を捻る。


「貴方…私の知っている種族ではありませんね」


 そう言って湖影に近づこうとする萃那。

 湖影にとって萃那は高速で扉を開けて入ってきたうえに、自身の身体を見つめてくる変質者でしかない。そのことに萃那は気づいていないのだから困ったものだ。


「あ…え…?」

「人間じゃない。かといって魔族でもない。鬼…魔法使い…神族…吸血鬼…人魚…どれとも特徴が合致しない。何故他種族がフォージアに…」


 萃那は観察力に長けている。特に一目では判別できないような種族を見破ったり、相手の細かな癖や戦闘スタイルから次の動きを予想したりするなど、無能力に限れば萃那はルナソルトップレベルだろう。

 だからこそ湖影の種族が判別できないのは萃那にとって驚愕すべきことだった。


「湖影!」


 遅れて入ってきた俺は、湖影を観察する萃那の肩を掴み、無理やり二人を引き離す。


「湖影?貴方湖影さんというんですか」

「う、うん」

「萃那、彼女は…」

「ヴァネットさんが隠していたのは彼女ですか」


 萃那の問いに観念した俺は肩を落としながら首肯した。湖影と目を見合わせてから語り始める。


「ああ、彼女は不死身妖怪“八百灯族”湖影 三。人間と妖怪のハーフだ」


 八百灯族とは人魚の肉を食べたことで不老不死になった人々の事である。

 遥か昔、湖影が純粋な人間だった頃、彼女は親に人魚の肉を無理やり食べさせられたことにより不老不死の身体を手に入れた。

 それが800年ほど前の話だ。

 現在では湖影以外の八百灯族は祓い屋によって殺されている。だからこそ、萃那は湖影の種族の判別ができなかったのだ。


「なるほど…通りで私が種族を見極められないわけです。でも何故フォージアに?」


 フォージアには妖怪が殆どは存在しない。だからこそ何故妖怪である湖影がフォージアで暮らしているのか、萃那には疑問でしかなかった。

 状況を理解した湖影が俺に代わって説明を続ける。


「私は不死身なだけであって戦闘能力はないの。それに死なないけどお腹は空くし喉も乾く。だからフォージアで人間と生活をしているほうが、都合がいいの」

「確かに魔物に永遠に食われ続けるなんてことあったら地獄ですね」


 納得のいく返答に、萃那は否な想像を膨らませてしまい、すかさず頭を振って掻き消した。

 生きたまま食われ続けるなど、常人には想像できないような激痛が伴うことだろう。確かにそれならフォージアで生活するのが安牌だ。


「…頼む。他の奴らには言わないでくれ」


 俺は萃那に向って頭を下げた。

 俺らしくないと思ったのか萃那は困惑する。共に過ごしてきた中でこんな状況は初めての事であったからだ。


「貴方がこの美少女妖怪とランデブーしていたことですか?」

「そうじゃなくて、湖影が妖怪の血を引いていることだ」

「私からもお願いします!」


 釣られて頭を下げる湖影。俺の振舞いから萃那が只者ではないことは察していたが、まさか見ただけで正体を見破られるとは考えていなかったようだ。

 下げた頭の下で震わせている握った手が、彼女の心境を現していた。


「それは構いませんよ。湖影さんは見たところ人を襲っているようではないですし。私も行動が身勝手でした。すみません」

「本当か。ありがとう!」


 萃那の返答に心底ほっとした表情を浮かべた二人に、萃那は陰ながら心がほっこりとした。


「しかしなるほど、つまりは源の巫女から逃れているわけですね」

「ああ」


 源の巫女とはフォージアで妖怪退治を生業にしている祓い屋のことだ。

 フォージアの北端に位置する源神社を活動の拠点としているため、湖影はその魔反対方向に店を構えているということになる。

 源の巫女は古くから名のある祓い屋として有名で、所謂妖怪の天敵というやつだ。


「けれども人に危害がないのなら退治はされないのでは?」


 萃那は率直な疑問を発した。

 源の巫女の役目は人々を妖怪の脅威から守ることだ。だからこそ、湖影は退治される可能性が低いと考えたのだろう。

 しかし、萃那の考えとは裏腹に俺と湖影は首を横に振った。


「否、あの巫女は他の祓い屋と比べて妖怪の忌避意識が高い。しかも死なないときたら永遠に拘束される可能性だってある」


 現に湖影以外の八百灯族を殺したのは源一族だ。不死身妖怪を唯一殺せる存在。それが源家なのである。


「私の友達も殆ど殺されちゃって…今は知り合いの妖怪は鬼族しかいません」


 その結果がフォージアの現状なのだろう。萃那が妖怪を見る機会がなかったのも頷ける。


「ま、確かに。あの巫女さんならやりかねませんね」

「ああ」

「わかりました。このことは内密にしておきます」

「ありがとう」


 萃那の行動は妖怪に協力する立場と言われても言い訳できない。それでも俺たちに手を貸すのは彼女自身、理不尽に父親を失った過去と湖影を重ねたのかもしれない。

 大切な人を失う苦しみを知っているからこそ、湖影に感情移入してしまう。それは俺にも言えることだった。


「失礼しました」


 話に区切りをつけた俺たちは爽楓影薬を後にする。

 萃那は先ほど俺が呼び寄せたファンに見つからないよう辺りを警戒しながら、大通りにでる。

 少し申し訳ないことをしたな。

 二人で道なりに歩いていると萃那が先ほどの件で口を開いた。


「私も今まであまり妖怪を見たことがありません。彼女が殆どの妖怪を討伐してしまっているからでしょう。彼女はこのままひっそりと生きていくのが賢明ですね」


 萃那の意見を聞いた俺は忌々し気に溜息をついた。


「源の巫女の妖怪嫌いは異常だ。昔一度鬼族も襲われかけたことがある…らしい!」


 俺は慌てて言葉を付け足した。

 そんな俺を尻目に何かを考えている萃那。やがてポン、と手を打って…。


「…そうか!なるほど、確かに妖怪嫌いな源の巫女なら!」

 

 と、そんな事を言うのだった。

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