第二十話 鬼が出るか蛇が出るか…
「狭霧さん!狭霧さん!」
私こと兎梁 萃那は頻りに彼の名前を叫んでいた。目の前には私を庇って攻撃を喰らっってしまった彼が横たわっている。
右の脇腹が光線によって撃ち抜かれ、血がドクドクと流れていた。明らかに重症であった。回復魔法が使えない私は彼の傷をいやすことはできない。
後方を振り返るとラジアンの姿が確認できた。狭霧が私を庇っていなかったら、確実に私は死んでいた。ラジアンのあの射線、本来ならば私の心臓を完璧に貫いていた。
「狭霧‼」
ヴァネットがこちらに駆け寄ってくる。どうしよう。どんな顔を彼に向ければいい?
彼の親友が私のせいで死にかけている。
「ご、ごめんなさい…ごめんなさい。狭霧さん。ヴァネットさん」
「萃那…」
頭がパニックになる。何も考えられない。
「!…避けろ!」
ヴァネットの叫び声と共にティモリヴァの攻撃が振られ、轟音が炸裂した。
▲ △ ▲
ミラはその光景を目にしていた。
鬼将山に巨大な魔物が現れたのだ。
ティモリヴァ、奴の封印を解ける者は数少ない。レグルスかラジアンか…アルタイル、ポラリス。そこらへんだろう。
その時、ミラは通信魔法を受け取った。蟀谷に手を当て、周りに誰もいないのを確認してその通信に答える。
「はい。こちら…SDミラです。…わかりました。そちらに急行します」
▲ △ ▲
気付けば、私と狭霧はヴァネットに抱えられていた。こんな状態でもティモリヴァは平気で攻撃をしてくる。それから彼は逃げ続けていたのだ。
「萃那しっかりしろ!」
「こ…の!ティモリv!」
一瞬、ティモリヴァへの怒りが沸いたがそれはすぐに打ち消される。
違う。彼がこうなったのは私でもティモリヴァのせいでもない。
私はすぐそこの茂みに隠れていたラジアンに視線を向けた。それはこの元凶。最初から全てこいつの思惑だった。狭霧はその一環でこうなってしまった。
私の敵はラジアン、お前だ。
「うおっ⁉」
私はヴァネットの身体から飛び降りて、ラジアンの前に立つ。
「おい、ラジアン…私と殺し合おうか」
「無理ですねぇ。貴方と渡り合えるはずがないので」
「だから闇討ちしたのか。何のために」
「あなた方が思ったより善戦していたんで…ティモリヴァをさっさと倒されては私の目的が果たせませんし…」
結局、そんな理由か。どこまで自分勝手なんだ。私はゆっくり刀を構えて…。
「ラジアン…どうやって死にたい?」
▲ △ ▲
「萃那!」
俺ことヴァネット・サムは狭霧の身体を抱えたまま、ラジアンの方へと向かった萃那を追いかける。
今の萃那の表情は異常だった。普段は温厚な彼女があんな憎しみのこもった表情を見せるのは初めての事だった。
あのまま狭霧を殺していたら、俺は違う形であの顔を見ることになっただろう。
戦闘において頭に血が上った状態というのは危険だ。周りが見えなくなり、感情に任せた単純な攻撃になってしまう。今ここで萃那を野放しにするのは愚策すぎる。
だからこそ、萃那の元へと近づいてその瞬間…。
「⁉」
俺はその攻撃を間一髪で回避していた。
顔の真上を刀身が通りすぎていく。
だが後方からの蹴りには反応が間に合わなくて…。
「ぐあっ‼」
俺はその追撃を躱すことができずに吹き飛ばされた。狭霧の身体からも手が離れてしまい、ティモリヴァの前で彼の身体が転がる。
「しまっ…!」
後方からの攻撃を何とか避けきる。
「誰か来てくれ!狭霧を避難させろ!」
鬼族の聴力ならこの程度でも聞こえるはずだ。狭霧は他の奴に預けるとしよう。
そうして俺は辺りを警戒する。
誰だ?ラジアンじゃない、ティモリヴァは萃那とラジアンの方に行った。俺と狭霧の索敵を潜り抜けただと⁉
俺は瞬時に立ち上がり、ようやくその敵の姿を視認する。
「誰だ⁉」
そこに立っていたのは柄の両端に刃が付いた両剣を構えた、桃色の髪の少女だった。綺麗なツインテールに桃色を基調とした洋服を纏っている。感情を殺しているのか彼女は真顔で、死んで様な目でこちらをじっと見ていた。
彼女は隠密に徹した衣装ではないし、魔力を隠している様子もない。それなのになぜ、こんなにも彼女に近づかれた?
「おかしいな。私の能力が見破られるはずがないんだけど。攻撃の瞬間にギリギリ私の事を認識した?」
そうか、こいつの能力だったのか。恐らくは隠密に適した能力。透明化、認識阻害、あるいは人間の盲点に入る能力か?
「お前…何者だ!」
この気配、人間ではない。鬼でも魔族でもない。俺は萃那ほど種族の見極めには適していないから、彼女の正体がさっぱりと分からなかった。
少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。
「私の事ならほっといて。どうせ君の記憶にも残らないから」
「君から構ってきたんじゃないか。そして君はそういう能力なんだな?」
「…」
「⁉」
しばしの沈黙の後、彼女の身体が視界から消えた。高速移動というわけではない。ということは…透明化?それなら俺に分がある。
俺は仮面を取り外し、再び能力を発動させる。
千里眼‼
俺の能力は対象の隠密能力の無効化、そして視界に入るならどんなに離れていても眼のピントを合わせることができる。隠密能力の無効化に例を出すなら、煙幕、水の濁り、暗闇、敵の能力などの条件下でも通常通りの視力を発揮できる。
「まだそこにいたか」
「⁉」
俺に認識されたのが予想外だったらしいく、彼女はそれまでの無表情を崩して目を開いた。
「なんで…」
「何故見えるのかって?能力の相性で俺が勝ったからだよ」
俺が自信満々に解説をするが彼女の表情は変らず驚愕していた。
「…なんで憶えているの?」
「…へえ、それが君の能力か」
今ので理解した。彼女の能力は認識阻害でほぼ間違いないだろう。相手の意識内に入らせない。例え視界内に彼女がいたとしても普通の人間には認識が出来ないのだ。
そしてどうやらかなり強力らしい。普通の人間には記憶にも残らないと言ったところか。
俺が不敵に笑ってみせると、彼女はすぐにまた無表情に戻る。
「…」
「ヴァネット!どこ⁉」
燐火の声が響く、俺の声を拾ってくれたらしい。
「そっちだ!息はあるが戦闘不能!処置を頼む!」
「へえ、ヴァネット…それが君の名前か」
「⁉」
気づくと彼女は目の前にまで接近してきていて、俺は間一髪でその攻撃を避ける。
彼女の攻撃は異質だ。両剣を高速回転させ上下左右どこから攻撃が降られるかわからない。
萃那の連続攻撃とはまた違う。速度でゴリ押されることはあっても彼女の攻撃に反応することは出来ていた。
しかし目の前にいる少女の攻撃は反応が出来ない。奇想天外な動きから繰り出されるフェイントにフェイントを重ねた連撃は、避けることに徹しなければすぐにやられてしまうだろう。こちらから反撃が出来ない。
「お前、ラジアンの仲間なのか?」
「仲間?なんだよ、それ。私はただの彼の駒。彼の言ったとおりに動き、死んだら捨てられる。それだけの関係だ」
「なんだそりゃ」
「それが私の仕事なんだ。私のことを認識できる唯一の…」
そこで言葉を止め、俺の目を見つめた彼女はかったるそうに…。
「…ああ、もう唯一ではないか」
その瞬間、俺は強烈な蹴りを叩き込まれた。
「がっ!」
何とか踏みとどまった俺はすぐに視線を戻す。蹴り刃入れられたがその威力は狭霧に劣る。まだ終わりはしない。
「…面倒臭いなぁ。警戒心強いし」
無表情のまま眉だけを顰めた彼女は少し悩んだ末、自分の胸に手を当てて…。
「触ってみる?」
「え…」
次の瞬間、彼女から高速で蹴りが放たれた。が、俺はそれを受け止めていた。
「⁉」
「はぁ!」
足を掴み、至近距離で蹴りを放つ。
流石に避けられなかった彼女は数メートル吹き飛んでゆっくりと立ち上がった。
「殆どの人はこれで勝負がつくんだけど、君はまだそこに立っている」
「悪いが同じ攻撃モーションは効かない。触っていいの?」
「私に勝てたらね」
「よせよ。そっちがその気ならこっちもその気になるぜ?」
「…考えは?」
「ない!」
「ノープラ?(No plan?)」
「ノープロ!(No problem!)」
そうして俺たちは同時に地を蹴った。