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ルナソルの魔封城  作者: TIEphone Studio
第二章 鬼将山編~鬼将山を救いに行こうかい~
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第十五話 鬼将山へ

 俺こと屈魅 狭霧は目的地に向けて歩を進めていた。

 ヴァルと萃那と共に、月明かりのみを頼りにして木々の間を駆け足で掻い潜る。

 駆け足と言っても俺たちの速度は常人とは日にならない程の速度が出ている。萃那一人なら能力でもっと早く移動できるだろうが、俺たちに合わせてくれているのだ。


「どうしてあいつのことを信用したんだ?」


 隣で共に走っているヴァルに向け、俺は素朴な疑問を放った。

 “あいつ”とはゼロ・ラジアンと名乗った探検家のことだ。不意に俺たちに声を掛けてきた彼は、俺からしたら信用には値しない男だ。あの状況での登場では必然的にSD候補、事細かく言うならシャウラ候補にせざるを得ない。

 だからこそ俺は、ラジアンのことを簡単に信用したヴァルに疑問を隠しきれなかった。

「私も聞こうと思っていました。ヴァネットさんと既に知り合いだったらしいですし」


 萃那も俺と同じことを思っていたらしい。視線をこちらに向け、俺の疑問に興味を引く素振りを見せている。それでも流石は勇者候補というべきか、この速度のなかでよそ見をしていても木々にぶつかることはなかった。

 俺たちの問いにヴァルは「さあな…」と曖昧な言葉のみを放ち、その速度を上げる。

 萃那は当然、俺もヴァルの速度に合わせて加速した。


 ▲  △  ▲


 数分前


 俺はその探検家のような恰好の男を警戒する。SDとの交戦後タイミングよく現れたその男はシャウラの候補として最適だったからだ。見たところ弓のような武器は持っていないらしいが、そんなものいくらでも隠蔽は可能だろう。


 ナイフなどの小さな武器なら懐に、大きな武器ならそれを魔力に変換して体内に、そもそも奴の武器が能力や魔法などの概念的なものかもしれない。


「ラジアン…」


 その男の顔を確認したヴァルが零した言葉を、俺はとっさにその男の名前なのだと悟った。


「知り合いか?」

「まあ…」


 ヴァルの歯切れの悪い言葉にモヤっとした何かを感じつつ、俺はその男ラジアンに視線を戻した。ヴァルはラジアンから目を離すことはなく、じっと奴を観察している。

 ラジアンは俺たちが自身の事を不審がっているのを察したのか、急に改まった表情を作る。


「これは失礼しました。私、魔物研究家兼、探検家をやっております、名前をゼロ・ラジアンと申します。どうぞお見知りおきを」


 そう言って軽く会釈した彼に釣られるように、俺と萃那も会釈を返す。


「はあ…俺は屈魅 狭霧だ」

「私は菟梁 萃那です」

「ええ、ええ!」


 萃那の自己紹介を聞いた途端、彼は目を輝かせた。一方的に彼女の手を両手で握手をし、その手をぶんぶんと上下させる。


「知っていますとも!勇者の再来との異名が付くほどの腕前を持っている剣士と耳に挟んでおります!まさか本人に会えるとは!」


 ラジアンのテンションについて行けない萃那は「どうも…」と端的な一言を放ち、苦笑いを浮かべた。

 どうやら萃那のファンらしい。だが今時ラジアンのようにレグウスの戦闘員にファンが付くことは珍しくない。無能力者にとっては特に、レグウスは市民の憧れの的であるからだ。

 レグウスの中でもあれ程の人気者だった萃那ならば猶更、勇者候補という肩書に魅了される住民も数多くいる。

 まあ、ラジアンほどの熱量を纏う奴は珍しいが…。


「で、フォージアを救う方法ってのは?」


 俺の一言で我に返ったラジアンは、素早く俺たちから一歩距離を取り小さく咳払いをした。


「これは失礼。その方法は鬼将山にあります」

「鬼将山?何でそんな僻地に…。」


 鬼将山。フォージアから見て魔王城と反対の方向に位置する巨大な山。かつては鬼族が生息していたらしいが、今は魔物しか観測できないため絶滅したと考えられている。レテーズ川内部に存在するが3年前より山周辺の気象が荒れており、今は危険区域に制定されている。

 だからこそ、フォージアを救う術がその地にあるというのはただただ疑問だ。同時にその情報を知っているラジアンにも疑念が過る。

 ラジアンは俺たちの表情を伺い、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。そしてコホン、と小さく咳払いをしてその内容を語り始めた。


「魔物にルナソルが支配されるずっと前に、探検家としてその山を訪れたんですよ。そこで聞かされた話なのですが、フォージアは元々魔物を監禁する目的で作られた地だったそうです。その山にはある秘宝がありましてね。広範囲に亘って退魔の雷を放つことのできる武器なのですが、かつてはその武器でフォージア全域を囲い、魔物の牢獄として鬼族が使用していたらしいんです。つまり…」

「その武器があればフォージアを再び、守ることが可能と…」

「そうです!鬼族は昔からルナソルの鍛冶を担っていた種族です。その武器も彼らの手によって作られたもの。鬼族が持っていた神具のうちの一つです」


 そこまで聞いて俺はこっそりと眉を顰めた。

 なんとも胡散臭い話である。そんな都合のいい話が本当にあるものか。


「しかしそれが本当かどうかわかないとな」

「へ?」


 俺の言葉にラジアンが素っ頓狂な声を漏らす。


「お前が魔族の仲間で俺たちをフォージアから遠ざけるための嘘かもしれないだろう」

「写真もありますよ」

「信じよう」

「手のひら返し早!しかし良いんでしょうか?鬼族の遺物を勝手に借りてしまっても…」

「ふむ、ならその神具を奪ってしまえばいいのか?」

「貸してもらうだけで十分だろ」

「ま、それもそうか。鬼族の霊に祟られても、大量の豆と塩を持ち込んで話し合えばいい」

「…それは本当に話し合い何ですか?」

「話し合いも話し合い。このルナソル一の平和的な解決法さ」


 ▲  △  ▲


「着いたぞ」


 ヴァルの一言で俺と萃那は顔を上げた。森を抜けると同時に視界いっぱいに鬼将山の山影が現れる。

 森の中を走っていたため気が付かなかったが、俺たちは鬼将山の麓に到着していた。

 先程降り始めた雨により山の全貌は見えないが1000m近くあるその山は夜ということもあってか不気味な影を大地に落とし、俺たちを待ち構えていたかのように重々しく佇んでいる。普段は遠巻きにしか見ていなかったが、近くで見ると確かに迫力を持っている。かつて鬼族が住んでいたのも納得だ。


「よし。で、その武器はどこにあるんだっけ?」

「山の頂上ですね。ラジアンの話を聞いていなかったんですか?」

「聞いてたさ。憶えてないだけで」

「ダメな人の思考だ」

「大丈夫だ。俺にはお前がいる」

「…そうですね」


 そう言って萃那は俺から顔を背け、ツカツカと歩を進めた。

 かつては人間もこの山を訪れることもあったのだろう。わかりやすく登山用の道が山の上へと延びていた。と言ってもその部分だけ歩きやすいよう平坦になっているだけで、若い草木がその地に根を下ろしており、近頃は整備されている様子はない。


「それにしてもここらの天候はどうなってんだ。さっきまで星が見えていたっていうのに今じゃ土砂降りじゃないか」

「かつては鬼族が頂上にある灯台“七天塔”で天候を司っていたんだ。だが今はそれを管理する者がいなくなってしまったからな。俺たちの目当てもそこにあるはずだ」

「詳しいな」

「まあな」


 泥濘を踏みながら数十メートル上ったところで、先頭を歩いていたヴァルが足を止めた。


「!」


 その瞬間、岩陰から巨大な魚型の魔物が俺たちの目の前に姿を現した。

 全長8mほどの巨体は銀色の鱗に覆われており、見るからに硬そうだ。

 魚独特の目玉が俺たちを捉える。


「クエッ!」


 そいつは口をあんぐりと開き、こちらに物凄い速さで突進してくる。

 俺がナイフを構える時間はなかった。俺が得物を取り出すより先に、その魔物は俺たちに到達し、さらにそれより先に萃那がその刀を抜いたからだ。


「!」


 一瞬の出来事だった。瞬きの間にその魔物は萃那の刀によって切り刻まれたのだ。

 細かく飛び散った魔物の身体は地面に落ちる前に紫の霧となって四散する。


「ふふん。最強にて最速の板前、兎梁 萃那ここに見参ですよぉ!」

 ドヤ顔を見せつける萃那。


 確かに速度においてはこの中で最も萃那が優れている。今の彼女なら一対一の戦闘でポラリスに後れを取ることもないだろう。今のも途轍もない速さだった。

 だが俺はそれ以上にヴァル反応が遅れていたのを見逃してはいなかった。

 あの魔物と接敵したとき、ヴァルは明らかに一瞬動揺し反応が遅れた。それが何お意味するか、俺にはわからないが…。


「ここはレテーズ川内部だっての魔物がいるなんて」

「人里とはかなり離れているので討伐されなかったんでしょう」

「ふむ、鰯の魔物は初めて見た」

「カプリトミムスですね。鬼族を滅ぼした元凶です」

「ほう」

「あまり有名ではないが鬼族の弱点として豆以外に鰯も苦手と言われているだ」

「物知りですね」

「流石博学多才」

「はくがく…たさい?」

「お前も鰯苦手なのか?」

「…多少な」


 声のトーンを変えずにそう言い放つヴァルは、どこかいつもと違って見えた。相変わらず仮面で素顔は見えないが、ここ数年生活を共にしてきた者としてヴァルのことをかなり理解しているつもりだ。

 だからこそ、あのほんの僅かな反応の遅れや感情の浮き沈みを雰囲気で察することができる。


「具合でも悪いのか?」

「え、いえ特には…あ、でもちょっと熱っぽい気が…」

「お前じゃねえよ。あと多分それは頭が悪すぎる故の知恵熱だ」

「ちえねつ?何ですかそれ」


 キョトンとした表情を浮かべ頭を掻く萃那に俺は軽くツッコミを入れヴァルに視線を戻す。

 ヴァルは無言だった。

 人には例えどれ程仲がいい友人でも侵害されたくない領域がある。だからその一歩手前で足を止めるのが正解何だろう。恐らく、今俺はヴァルのその境界を越えかけた。

 だから俺はすかさずその言葉を撤回しようとして…。


「ああ、そうかもしれないな…」


 ヴァルの返答によって、俺の言葉は喉の奥で咳止められた。

 近くの岩にゆっくりと腰を下ろしたヴァルは下を向いたまま山の頂上を指差す。


「先に言ってくれ。後で追いつくから」

「それ死亡フラグだぜ」

「否、あからさまな死亡フラグは逆に生存フラグです」

「大丈夫だ。すぐに良くなる」

「おい、フラグにフラグを重ねるな!一級フラグ建築士か」

「私は何級ですか?」

「お前は比喩表現と冗談を学んでこい!」

「ふぇ?」


 ヴァルが何を考えているのかわからないが、今は一刻を争う事態だ。だからこそヴァルをここにおいてでも俺たちが先に進むという選択肢をとるしかない。


「とりあえず先に行くぞ。フォージアの危機だからな」


 そう言って俺と萃那は歩を進める。


「ああ、後で合流しよう」

「本当に大丈夫かよ」


 ヴァルの言葉にそう返しつつも、俺は心の中ではあまり心配していなかった。

 ヴァルの実力は本物だ。今の俺よりも数段強い。だからこそ、彼が体調不良ごときで魔物に狩られるとは到底思えないのだ。


「ヴァネットさん大丈夫でしょうか?」


 ヴァルの姿が見えなくなったころ、萃那は心配そうに視線を落とした。


「まあ、あいつが死ぬことはないだろ」

「狭霧さんも一級フラグ建築士なんですか?」

「おっと…」


 ▲  △  ▲


「行ったか…」


 俺ことヴァネット・サムは二人の姿が見えなくなるのを確認し、岩から腰を上げた。

 どうやらうまく二人と離れることができたようだ。

 俺はゆっくりと歩を進め始める。彼の元を目指して…。

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