第十二話 ラジアン
フォージアのレテーズ川周辺の住宅街は、魔物とレグウスとの第一戦線となっていた。枯れたレテーズ川を渡った魔物は一直線に街に向って来るため、こうなるのは必然である。
レテーズ川から最外部の住宅街までの距離は1キロもないため、防衛警報が鳴らされた時にはもう魔物が街に侵入を果たしていたのだ。そのためこの地域の住民は避難が間に合っておらず、次々と現れる魔物に襲われていた。
「キャアァァ‼」
「うわっ‼」
「逃げろ!ベルツァゴートだぁ‼」
竜型の魔物が人や建物に炎を吐く。鉄も溶かす温度を誇るその炎はたちまち全てを焦土かえ、人間は骨すら残らずに蒸発した。
魔王の魔力によって生み出されたとされる魔物は、生み出されたときに込められた魔力量によって強さが変化する。当然、込められた魔力が多いほど強力な魔物が誕生するのだ。
その点、ベルツァゴートは込められた魔力量が多いほうだ。10段階評価の魔物レベル7に分類され、危険度も高い。
レベルの基準は
1 武器さえあれば一般人でもなんとか勝てる(推定個体数4000体14種)
2 一般人でも武器を持った数人がかりでギリギリ勝てる(推120000体23種)
3 一般人ではまず勝てない 巨大兵器または能力者がギリギリ勝てる(推240000体17種)
4 能力者数人がかりでギリギリ勝てる(推50000体8種)
5 超戦闘特化の能力者またはレグウスでないと勝てない(推80000体17種)
6 レグウス十数人または勇者候補者でギリギリ勝てる(推56000体16種)
7 勇者候補者を除くレグウス数十人でギリギリ討伐可能(推38000体12種)
8 勇者候補者数名でギリギリ討伐可能(確認されている個体数317体47種)
9 レグウス全勢力でギリギリ討伐可能(確27体19種)
10 魔王の魔力を1%以上込められた魔物 討伐方法未開(確5体5種)
となっており、レベル6まではレテーズ川に侵入可能だった。
だからこそベルツァゴートと対峙したときの逃避行動を一般人が知っているわけもなくて、その一体の魔物に数十名の犠牲者が出ていた。
「来ないでぇ!」
ベルツァゴートから逃げるその少女の声を俺ことヴァネット・サムは感知した。すぐさま方向転換し、走る速度を上げる。
そしてベルツァゴートの炎がその少女に当たる瞬間に、俺は彼女を庇うことに成功していた。泣きじゃくる彼女を抱えていた俺はゆっくりとその身体を地に降ろす。
「すまん湖影、遅れた」
「お、遅いよぉ…」
地に足を着けた彼女はそのままへたり込む。
彼女、湖影 三は俺の古い友人だ。
「泣くな。汚い顔がさらに汚くなる」
「うぅ、早く突撃して死んできてぇ」
「助けなければよかったぜ。走れるなら走りな。走れないなら歩きな。それも無理なら這ってでもここを離れろ。それまで絶対に俺が魔物をお前のほうに行かせねぇから!ちなみに這えないなら諦めてくれ」
「走れるけど…あの炎の射程を躱すのは…」
「あいつは炎を吐いている間は首をあまり動かせない。炎を吐いてきたら横向きに逃げろ」
「…なんでそんな事知ってるの?」
「どうでもいいだろ!」
ベルツァゴートの炎を避け、俺は横にジャンプする。
「ほら、走れ!この方向の魔物は全員殺してきたから安全だ」
「う、うん。ありがとう?」
「合ってるぜ」
走って逃げる湖影の背中を見送った俺はベルツァゴートに向き直る。
「さ~て。悪いがここは俺にとって第二の故郷なんだ。あまり燃やさないでくれるか?久しぶりだな。ベルツァゴート」
奴の尻尾にある刺し傷を確認した俺はニヤリと笑った。3年前、俺の故郷を襲った奴と同個体だ。あの尻尾の傷は父が生前につけた傷跡で、俺が持っているナイフは父から受け継いだものだった。
俺はその仮面を外し、その下に隠れている素顔を晒す。
「お前はこの顔を憶えているか?覚えてないだろうな。でも、ほら」
俺は腰に刺していたナイフを抜き取り、奴に翳して見せる。それを見た瞬間、明らかに奴が動揺した。何歩か後ずさりやがて威嚇のためか咆哮を飛ばす。
「グギァァアアアア!!」
それを確認した俺は仮面を付け直した。
「やっぱり…このナイフは憶えていたんだな‼」
そうして俺は力強く地を蹴った。
同時に奴が炎を吐く。大地を焼き払えるほどの攻撃。だがこのナイフを持っている俺にとって、そんなものはただのエフェクトでしかない。だからこそ足を緩めすに突き進み…こちらに向ってくる炎を、俺はナイフを薙ぐことで相殺した。
「グガッ⁉」
「効かねぇなぁ!そんな程度の熱じゃ、この“陽月のナイフ”を溶かすことは出来ねぇよ!」
そうして俺は奴との距離を0にして、そのナイフを腸に刺し込んだ。
「じゃあな」
「グギャァァアアアア!!」
物凄い断末魔が響き渡り、ベルツァゴートの身体が霧散する。
その時不意に後方からパチパチと拍手が聞こえてきた。俺はすぐさま振り返りその主を視界に入れる。
探検家のような恰好をし、胸にカメラをぶら下げた男性。レグウスにはこんな奴はいない。
「いやはやお見事。圧巻されました。まさかベルツァゴートを瞬殺だなんて」
その男はニヤニヤと笑みを浮かべながらカメラの画面を確認する。
「これはかなり大きな個体ですね。推定全長17m。私もかれこれ数十匹はベルツァゴートを見てきましたがこれほどのサイズは初めてです」
ペラペラと喋る男に俺はナイフをしまい、腰に手を当てた。
「ここは今や危険地帯だ。一般人は皆逃げて誰もいないと思っていたのだが?お前も内部に逃げるべきだ」
「ああ、申し遅れました。私、魔物研究家兼、探検家をやっております名前をゼロ・ラジアンと申します。どうぞお見知りおきを。今回はフォージア外の魔物を間近で見られる絶好の機会を逃すまいと…へへへ」
肩で笑うラジアンは頭を掻きながら、さっきまでそこにいたベルツァゴートの足跡を写真にとる。
「ふむ、この大きさからして17mで間違いなさそうですな」
「ただの探検家がいていい場所じゃない。とっとと避難しろ」
「けち」
「あ?」
「ナンデモナイデス」
ラジアンとそんな会話をしていると、地面が震えだした。先程の規模ではないがかなり震源地が近い。
「ムムム!地震!」
「伏せろ」
合図で地にしゃがんだ俺たちは周囲の確認をする。
やがて数十秒間続く小規模な地震は治まり、俺たちは体勢を上げた。
「フォージア内部からだな」
「ですね。あれを見ればわかります」
「ん?」
「え、あのルドベキアですよ。2体いたんですね~知りませんでした。メモメモ」
ラジアンの視線を視線の方向、俺からは建物の残骸が陰で見えなかったがフォージア内部にルドベキアらしきものが佇んでいた。
レベル10に分類されている魔物ルドベキア。いつもは魔王城に張り付いているくせにどうして…。
落ち着き払った状態でメモをとっているラジアンには呆れるしかない。
「まさか…あんな巨大魔物が内部に…」
「ん、気づいてらっしゃらなかったんですか?」
「物陰で見えなかったからな」
「…ならどうやって地震の方向を察したんです?」
「…」
「あ、すいません無粋な質問でした。へへ」
肩で笑うラジアンを横目に俺はルドベキアへ元に走り出した。
「…俺はルドベキアの元に行くからお前も避難しろよ」
もっとも内部にルドベキアがいる時点で逃げ場など存在しないがな。
「貴方ではルドベキアには勝てませんよ~。レベル10は災害レベルですって」
彼の言葉に俺はもう反応はしなかった。ただただルドベキアを目指して突き進む。確かに正攻法なら奴に勝てる見込みはない。だが、奴を倒すだけならその方法を俺は知っているのだ。
まだその時ではないと思っていたがどちらにせよ。この状況は明らかにまずい。俺の私情だけでどうこうのでベルではなくなってしまった。
だからこそ走る。奴を目掛けて…。