第十話 レテーズ川の決壊
光弾が飛び交う中、俺ことヴァネット・サムは刃を交差させる。
相手は指名手配中の殺人鬼と思われる男、アウストラリス。略してアトラス。
俺はその男を称賛せずにはいられなかった。
超高速移動からの連続攻撃。斬撃を捌くのに精いっぱいで反撃が出来ない。
この速度、萃那の速度に匹敵している。これも何かの能力なのか?だとしたらどんな?身体能力向上でここまで行けるものなのか?
「考え事は終わったか?」
「っ!?」
一瞬の隙を突かれ、アトラスに刀を振られるもなんとか躱し切る。
「ジリ貧だなぁヴァネット!それじゃあ何時までたっても俺を殺せないぞ!」
「クソ!」
目にも止まらぬ連続攻撃を、バックステップとバク転を織り交ぜながら回避する。
大体武器が刀とナイフの時点でこちらは常に圧倒的不利な状況なのだ。リーチが全く違うため、こちらは距離を縮めないと攻撃すらできない。
「なんだお前、避ける専門なのか?」
否定は出来ない。実際に俺の攻撃は一度も奴に当たっていない。
「ぐっ!」
不意にアトラスの蹴りが鳩尾に入る。その衝撃は凄まじいもので、俺は後方へ吹っ飛ばされ、やがて何かにぶつかったのか背中の激痛と共に身体は静止する。
「っあ!」
倒れ込んで動かない俺にアトラスが追い付いた。俺の満身創痍な状態を見てニヤリと笑い刀を翳す。
「これで終いだヴァネット・サム。お前の復讐計画もここまでだ。残念だったな」
「っ!」
「ところでお前の脳量は何だったんだ?この攻撃で絶命してないところを見ると身体強化か?」
「…敵であるお前に教える訳がないだろう」
「そりゃそうだ。じゃ、ここまでだな。なんか言い残すことある?」
サラッとそんなことを述べるアトラスに俺は少し考えた素振りを見せる。やがて俺は不敵な笑みを浮かべ…。
「そうだな…後ろ見ろバーカ!」
「!?」
その瞬間アトラスが後ろを振り返った。彼の背後には…。
「⁉」
当然誰もいない。だが、その隙を俺は逃さない。
「くっ!」
アトラスが気づいた時にはもうすでに俺は奴の顔面に飛び蹴りを喰らわせていた。同時に奴の刀を弾き落とす。
「ダリャァ!」
蹴りが相当聞いたらしくアトラスはこちらに反撃することもなく怯む。さらにそこに追い打ちをかける。
「これほどの攻撃力…どこから⁉」
殴られながらそう疑問を零したアトラスに俺は攻撃を休めることなく答える。
「何言ってんだ。最初に言っただろ、俺の拳は痛いって。ま、当たらなかったら意味ないけどな!」
「ぐっ!」
先ほどまで俺の攻撃は奴に当たっていなかった。奴の刀にリーチを取られ、捌くことが精いっぱいだったが刀を持っていない今のこいつに劣る通りはない。
やっと俺の攻撃に慣れてきたのか、アトラスは俺の拳を見切って避けた。すかさず追撃行うが刀を拾うことを優先されてしまう。
刀を手に取ったアトラスは両手でそれを前に構えた。
「今度は刀を構えたところを見ると、どうやら余裕がなくなったらしいな」
先ほどは笑みを絶やさずに構えも取らなかったが、こちらに警戒色を浮かべた視線を浮かべている。
「流石はレグウス主席。確かな実力だ。だが忘れるな。お前が強いのなら猶更俺はお前を殺す必要がある」
「そうか。掛かって来いよ。大ダメージを負ったお前とリーチを取られている俺。どちらが勝つか気になるだろ?」
「否、気にならないなぁ。俺が勝つって知っているから」
「試してみろよ」
そうして俺たちが再び戦闘態勢に入るその瞬間、地面が跳ね上がった。それにより俺たちはたった状態を維持するので精一杯になり、重心移動に集中する。
「!…地震⁉」
かなり大きい地震だ。建造物に被害が出る可能性もある。
俺は周りを見渡して倒れてきそうなものがないか確認する。よし、大丈夫だ。
再び視線をアトラスに戻した。
アトラスは真剣な眼差しで地面を舐めるように見ている。そこに何かあるわけではない。
やがてアトラスは何かを感じたのか俺に向き直る。
「!…悪いが今日はここまでだ」
「は?まだ戦いは…。」
「また会おう」
俺の言葉を待たずして、アトラスは姿を消す。
何かの能力か。どこに行った?
そうこう考えていると自身が治まった。
俺は引き続き警戒を怠らずに立ちあがる。しかし、本当に撤退したのかアトラスの気配はどこにもないのだった。
▲ △ ▲
レグウス指令部に一人の兵士が駆け込んできた。戦闘後らしく身体の所々に傷があり、息も乱れている。
「レテーズ川が突破されました‼」
「なに!?干上がったのか!?」
「はい。先程起きた地震によりレテーズ川上流の真上に地割れが発生、地下空洞に直結したらしくそれにより下流に水が流れてきません!」
「なんだと!状況は?」
「渡河が不可能だった上級魔物が続々と侵攻を始めています。常駐部隊と正体不明の強者が街への侵入は出来るだけ防いでくれているようですが、既に市民の被害も出始めています」
「正体不明の強者?」
「はい。何者かはわかりませんがレグウスではないのは確かです。我々の数段上の実力者との報告です。今すぐフォージア全域の戦闘員を招集してください!」
「わかった。すぐに伝える!」
直後、防衛サイレンがフォージア全域に鳴り響いた。
▲ △ ▲
俺こと屈魅 狭霧は萃那と共にヴァネットの元へと急いでいた。
先ほど起こった地震の直後、殺人鬼と思われる気配は消えたがヴァネットの安否確認のためだ。魔力はあるので生きているのは確実だが、奴らに萃那が狙われている現在、奴らの情報を掴むのは最優先事項だ。
だからこそ、ヴァネットの元へ急いでいたわけだが…。
「ん?」
不意にサイレンが鳴り響きだした。
「この音は防衛サイレン⁉」
防衛サイレンがなったということはレテーズ川が突破された⁉
「まさか…」
「そのまさかだな。最優先事項更新!レテーズ川へ向かうぞ」
「はい(あの狭霧さんがレテーズ川へ率先して向かうとは…見直しました)」
そうして俺たちは元来た道を引き返す。
道中で六花 紗軀痲を始めとする十数名のレグルスのメンバーと合流し、レテーズ川へと向かう。
市民が俺たちと逆方向へ逃げていく。その中に怪我人が混じっているところを見ると魔物はかなりフォージアの内部まで侵攻してきているらしい。
「紗軀痲さん。状況は?」
「最悪よ。かなり上流で水が止まったせいで防衛範囲が多すぎるの。今のところ川を新しいルートで繋げるしか解決方法が見つかってないし、地割れのせいでかなり迂回することになるからめっちゃ時間食うことになるし」
地震が直接的に市民にもたらした被害は少なかったが、これはかなり酷い展開だ。しかし、あの地震初期微動が存在しなかった。つまりはほぼ直下型地震ということになるが、地割れを引き起こすほどの地震で人的被害がでないといのは妙だ。もしやこれ人為的なものなのか?
「とりあえず市民の避難の時間を稼げば…」
「お前アホか」
「え」
萃那の残念な脳みその残念な考えにつっこみを入れる。
「市民の避難時間を稼いでも結局奴らの侵攻を防げるのはレテーズ川だけだ」
「その通り。結局は前線を下げたとしても戦い続ける必要があるの」
「じゃ、じゃあどうすれば…」
「知るか!バリアを張れる能力者でも探してこい!」
「そんな能力者がいたとしてもレテーズ川下流の全域を覆うことはできないでしょう」
「貴方馬鹿ね」
「え」
今度は六花が萃那に誹謗中傷を与える。
「バリアを張るのはレテーズ川に空いた地割れの穴だけでいいのよ」
「え、え?」
六花の説明で理解が追い付いていない萃那は、完全に頭をオーバーヒートさせていた。
それを見た六花は「はぁ」と呆れ交じりのため息を零して詳細を語りだす。
「穴を塞げばレテーズ川の水は今まで通りに流れ水位は元通り。その間に新しいルートを内側に作れば…」
「レテーズ川が復活する!」
そんな手があったのか。
「だからそんな感じの能力者を探しに行きましょう!狭霧君一緒に来て!」
「え、俺?」
何故そこで俺なのか。そもそもいるかどうかも分からない能力者を探しに行くってコスパ悪くないか?
「ええ、貴方弱いんだから。貴方たちは先に行って!」
「え、いや…」
なるほど、前に萃那が言っていたように俺は完全に戦力外のようだ。参ったな。レテーズ川が枯れているなら、俺は今すぐにでもにいきたいところだが…。
「わ、私が行きますよ。紗軀痲さん!」
「レグウス次主席が何言ってるの!貴方は最前線に必要な存在よ」
「わ、私手負いでして…」
「それでも狭霧君よりは使えるはず」
酷い言いよう…。
「で、でも…」
萃那としては元勇者である俺に全線で戦ってほしいのだろう。だからこそこのようなことを言って役割交代をせがんでいるのだ。
俺としてもここで後衛に回されるのは都合が悪い。
六花はぶつぶつと独り言を述べ、少し悩んだ素振りを見せたあと…。
「わかったわ。じゃ、萃那は私ときて」
と、どんな心境の変化か知らないが萃那の説得に応じた。
こちらとしてもこの状況はありがたい。六花はレグウスの成績一桁代のため手負いの萃那のことを任せても大丈夫だろう。
そんなことを考えていた瞬間、遥か前方で何かが光った。
俺は即座にそれが何かを判断し、萃那の腕を掴みこちらに引き寄せる。
「え?」
しかしそれが俺の判断ミスだと気づいた瞬間にはもうその飛来物はすぐそこまでやってきていた。俺はなんとかそれの直撃を避けること成功し、その場で伏せる。
後方でその着弾音が響きそれを確認すると、魔力で構成された矢が地面を抉っていた。次の瞬間にもその矢は空気中に消えていく。
殺人鬼と交戦したときに邪魔をしてきた正確無比の弓使いと同じもの。だからこそ萃那を狙ったものだと思ったのだが、俺が萃那を庇うところまで計算済みか!
「萃那、走るぞ」
「え、はい!」
「あ、ちょっと!」
後ろで六花が俺たちを制止する声が響くがそんなのは無視だ。俺たちは走る速度を上げる。
やがて数十秒走ったところで俺たちは足を止めた。
「殺人鬼たちがお前を狙っている」
「あいつですか」
「ああ」
こうなってくると地震も奴らの仕業の可能性が出てきた。俺と萃那をどうにかして引き離すつもりか?
取り敢えず、先ほど狙撃があった地点からは見えない位置まで移動した。周りには人影もない。少なくとも今すぐに狙撃されることはないだろう。と、俺がそんな事を考えていた瞬間、誰もいなかったはずの背後から不意に声が聞こえてきた。
「見~つけた♡」
振り返るとそこには赤い軍服を纏った少女がこちらに歩いてきていた。敵かと思ったがその表情に殺意はなく、柔らかい笑みを浮かべている。
否、それよりも彼女の肩の印、赤色だ。
「久しぶりね。レグルス。会いたかったよ」
誰だ、この子。
否、それよりもレグウスはフォージア内ならどこでもいる。それに久しぶりだということは…。
俺は彼女を警戒する…したはずなのに俺は無意識にその警戒を解いていた。
「ニッ///♡」
緊迫した状況の中、相反する彼女の優しい微笑みがまるで温かい風に包まれたかのように、俺の中の何かが警戒心の鳴りを顰め、ゆっくりと俺の身体の力は抜けていった。