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ルナソルの魔封城  作者: TIEphone Studio
第一章 フォージア編~俺こそが、かつて魔王を封印した張本人…勇者だよ~
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第九話 アウストラリス

 俺ことヴァネット・サムは任務終わりの帰路に就いていた。辺りはすっかり日が落ち、月明かりだけを頼りに歩を進める。


 俺たちが住んでいる家までの通りは、この時間帯人通りが少ない。だからこそ俺は、後方から聞こえてくるその足音に即座に反応した。

 気付いたことを悟られないように前を向いたままなので姿は確認できないが後方15mほどの位置に俺を尾行している奴がいる。


 そいつに目視されない位置で懐からナイフを取り出す。

 脳裏に萃那を襲った殺人鬼が浮かんだ。狭霧はそいつの事を逃がしたと言っていたし、何故か萃那に固執をしていたらしい。レグウスのメンバーを優先して狙っていたことからも、後方にいるのはその殺人鬼である可能性が高い。

 俺の足音と同じタイミングで歩くことにより、自身の足音を隠しているのだろう。俺が歩くのを速めれば、そいつも速度を上げる。

 やがて俺は歩くのを止めて、振り返ると同時にそいつに告げた。


「わかっているぞ。お前が俺の背後を狙っていること」


 そこにいたのは白をベースとした軍服のような衣装を纏った男だった。狭霧たちの情報だと黒衣を纏っていたらしいが、殺人鬼だからと言って着替えないわけではない。

 月明かり以外光源のない暗闇の中、奴の肩に記された破戒の印が鈍く輝いている。

 赤色、ルナソルの完全破戒を行ったものの証。

 赤級、帯刀…服装以外は殺人鬼の目撃情報に合致している。

 しかし一つだけ狭霧の情報にはなかった特徴がある。オッドアイ。左右で瞳の色が違う。右目が緋色、左目が紺色。

 狭霧が遭遇した殺人鬼と同一人物かどうか怪しいところだ。


「俺もわかっているさ。お前が俺の存在に気付いていること」


 そいつは暗闇の中から軽い口調を叩きながら、こちらに歩を進めてきた。俺との距離が5mほどの位置でその足を止め、俺を見下すような笑みを向ける。殺人鬼の瞳が月光をきらりと反射させた。

 そりゃそうだろ、と心の中でツッコミを入れるが、俺は表情を崩さない。


「そうか。早々に殺してしまってもいいが、一応聞いておいてやる。何故俺を狙っている?」

「お前が魔王様に敵意を抱いているからさ。ここからでもわかる。怒り、憎しみ、恨み…その仮面の下に隠した怨恨に、誰も気づかないとでも思っているのか?」


 なんでもお見通し、と言わんばかりの不敵な笑みに嫌悪感を抱く。

 心の中を覗かれた気分だ。顔と共に隠していたはず感情が見ず知らずの奴に見抜かれた。俺の事情を知っているのか?それともそういう能力を持っていたりするのか?


「魔王様の名のもとルナソルを不滅の天下泰平に導く。俺がお前に刀を振るう理由はそれで十分だ」

「…お前、何者だ?」

「こっちのセリフだ」

「否、俺が言ったから俺のセリフだ」

「その通りだな…俺は魔王軍幹部スターダストの一人、そうだな…カノープス?否、アウストラリスとでも呼んでくれ」


 魔王軍幹部。その言葉で俺は完全に戦闘態勢に入った。いつでも交戦ができる状態。いかなる不意打ちにも対応できるように注意を向けながら、俺はそいつについて思考を巡らせる。

 魔王様と連呼していたから予想はしていたが、魔王軍というのが本当なら奴は魔族の可能性が高い。となると、フォージア内に魔族が出入りできる抜け道があることになる。一番怪しいのは狭霧が目撃した空飛ぶ馬車。奴らがこいつの仲間だった場合それでレテーズ川上空を飛んで出入りするとこが可能なのかも知れない。または殺人鬼の瞬間移動の能力か…。


 アウストラリスだったか。長いな。省略しよう。


「アトラス。俺はレグウス所属のヴァネット・サムだ」

「ヴァネット・サムか。呼び名はそれでもいいぜ。俺は弱者には寛容なんだ」

「…弱者?」

「ああ」


 弱者、俺はその言葉に過剰に反応した。おもむろに眉を顰め、目を尖らせる。

 そんなことを言われたのは久しぶりだ。今の俺にそんなことが言える人間はほとんどいないだろう。

 家族を目の前で失ったあの時からずっと、その言葉をもう言わせないように努力してきた。だからこその第一位。だからこその勇者候補。

 俺はもう…強くなった。

 だからこそ俺はアトラスの言葉を鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、これでも俺は今期レグウス主席なんだ。悪いがお前に弱者呼ばわりされる質じゃねえ」

「鷹がいないと雀が王するとはこのことだ。鷹はまだ爪を隠しているだけだというのにな。そのことにお前も気づいているんだろ?」

「何が言いたい?たかが鷹がなんだという?俺の実力はかのヒバ・ロベリアを超えていると謳われるものだぞ」

「たかが鷹が?なるほどね。しかしそこがお前の弱点だ。一体いつまでフォージアの次元で物を見ている?まるで自分は強いような言い回しだが、俺から言わせてみればお前の父親が殺された時とまるで変っていないぞ?」

「!」


 その瞬間、ざわりと心臓が蠢いた。心拍数が上昇し、嫌な汗が額に滲む。

 3年前の記憶が鮮明に呼び起こされる。俺の人生をがらりと変えた、あの凄惨な出来事が。

 記憶の中でその男はニヤリと笑ってみせる。


「まさか、お前あの時の!?」

「あの時?心当たりがありすぎてわからないな」


 そう言ってアトラスはケラケラと笑った。

 拳をギュッと固める。

 俺の父親が殺された時を知っているということは、こいつもあの場にいたのか?それなら…。


「ま、ここで復讐を止めるというのなら見逃してもいい。俺は“弱者には寛容だからな”」


 不気味な笑顔を浮かべるアトラスに俺は睨みを利かせた視線を送る。全身全霊の殺意を込めた拳を構え…。


「…魔王を殺す前に、その前座としてお前を殺してやるよ。覚悟しな。俺の拳は普通の人間よりちょいと…否、かなり痛いぜ。破戒の布告なんてしてくれると思うなよ」


 それに応じるかのように、アトラスは慣れた手つきで素早く抜刀する。流れるような手捌きで刀身を回転させ、やがてその刃先をこちらに向けた。構えることはせず、ただただこちらを嘲笑っていた。


「そう言うと思った。ルナソルの名のもとお前を地に伏してやる。全ては…迫害されたルナソルの民のために」


 不敵に笑うアトラスは俺に向って力強く地を蹴った。


 ▲  △  ▲


「!」


 萃那が入院している病室、そこで俺こと屈魅 狭霧はその魔力を感じ取った。

 流れてくる強大な2つの魔力はどんどんと力を増していき、やがて荒波のように俺のもとへ辿り着く。

 放射線の如く物的干渉を受け付けないため、強大な魔力というのはその力を弱めることなく波紋を描くように広がる。そのため能力で魔力を感知できる俺にとって、その魔力は無視が出来ないものだった。そもそも能力自体発動させてなかったのだが…。


「この魔力。まさか…」

 流れてくる魔力の内、片方はヴァルのものだ。そしてもう片方は…。

「どうかしたんですか?」


 ベッドの上で本を読んでいた萃那が俺の異変に気付いた。魔力の波源の方向を向いて深刻な顔をしている俺に、不思議そうに視線を送る。この魔力波は俺以外にとって感知不可なため、彼女は俺の行動を不審に思ったのだろう。


「この近くに俺たちが襲われた殺人鬼に似ている強い魔力が現れた。否、そもそも俺の能力で探知ができる時点でかなり近い場所。位置的にヴァルと戦っているのか!?」

「え!?」

「もしかしたら奴の仲間かもしれない」

「じゃあ早くヴァネットさんの援護に向かわなくては!」


 そうしたいのは山々だが、この魔力主が奴らの仲間だった場合、俺をおびき寄せ萃那を襲う可能性が高い。どうするべきか…と俺が悩んでいると。


「ちょっと待ってください」


 そう言って読んでいた本を放り投げる萃那。一応俺の本だというのに無意識なのか無作法なのか…気にも留めずベッドから飛び起きる。

 そして次の瞬間には俺の隣で刀を背負っている萃那。その姿は先程までの患者衣ではなく、普段レグウスの任務中に着用している服装になっている。


「瞬きもさせない超早着替えです!」


 そういってふふん!とドヤ顔で胸を張る彼女に俺は淡い笑みを返す。


「身体能力向上の能力を使用した高速着替え…俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

「…?」


 数秒の間、それを経てようやく萃那はその意味を理解したようだった。腕を組んで悩んだ素振りを行った後、焦ったのか引きつった笑みを浮かべる。


「…え、あの速度で見えたんですか!?」

「何の話だ?」

「え、冗談ですよね?」

「ああ、冗談だ。」


 ホッと息をつく萃那を横目にフッと笑みを浮かべる。


「落ちていく本を空中でキャッチして棚に戻したのしか見えなかった」

「しっかり見えてるじゃないですかこの変態魔…ってぇやぁぁ!」


 顔を紅潮させ大きく叫び声をあげた瞬間、萃那は悶絶する。

 まだ腹部の傷が完全に癒えていないのであろう。身体をくの字に曲げ、腹部を抑える。


「おい、大丈夫か!?」


 大分特徴的だった呻き声はこの際突っ込まなくていいだろう。


「ええ、まあ…安静にしている分には何ともないので…」

「早着替えの時は何ともなかったのにな」

「あれは私にとっての“普通”をあの速度に設定するっていう仕組みなので…」

「なるほど」


 顔を伏せ、しゃがみ込んでいる萃那に片手を伸ばした。その意図を察した彼女はその手を取り、俺の力を借りて立ち上がる。


「ま、まあいいです。あんな一瞬くらい」

「お前の下着の色が白ってことぐらいしか見えなかったのを言おうか迷ったが、お前の事を思って心の中にそっと仕舞っておくことにするぜ」


 その言葉を聞いて渋い顔を浮かべた萃那は、場の空気を戻すためわざと咳払いを入れる。


「…ごほん、私もついて行きます」

「怪我は?」

「大丈夫です」

「無理はするなよ」

「はい」


 大体予想はついていた。だからこそ俺は最低限の心配の言葉を掛け、フード付きのマントを手に取り彼女に渡す。


「あまり意味はなさそうだが一応な。奴らはお前を狙っているというのを忘れるな」

「だからこそ、貴方について行くんです。」


 マントを受け取った萃那はそれを素早く羽織り、フードを深く被る。


「その方が貴方にとって都合がいいでしょう?」


 フードの中からこちらを覗き込む笑顔はいつも通り明るい。

 それに応えるように笑みを浮かべた俺は…。


「ああ」


 と、言葉を返すのだった。

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