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第9話 オーソクレースへ

 翌朝。


 身だしなみを整えて宿屋を出ると、もうフェルドが待っていた。


「やあ、よく眠れたかな」

「ええ、とてもよく。お待たせしてしまいましたか?」

「いや早起きが習慣でね、朝日を楽しんでいたところだよ」

「ふふ、それはなにより」


 キザな言い回しだが、フェルドが言うと妙にサマになっている。


『キュー?』


 とその時、服のポケットに入っていたカーバンクルが顔を出した。


「ん? それは……」

「ああこの子、昨晩私の部屋に迷い込んできて、すっかり懐かれてしまったので連れていくことにしたんです」

「ま、まさか……カーバンクル!?」

「ええ、そのようで。私の祖国ではあまり見なかったんですが、オーソクレースではよくいるんですか?」


 私が尋ねると、フェルドは信じられないものを見るような目をした。


「とんでもない! カーバンクルは伝説上の、幻とさえ呼ばれる生き物だよ。聖なる魔力に満ち、その姿を見るだけで幸運が訪れるのだとか……その子は子供みたいだけど、その額の宝玉、間違いなくカーバンクルだ」

「へー、あなた珍しい子だったのね」

『キュ~』


 くりくりと頭を指で撫でる、くすぐったそうに笑った。ま、幻の生き物でもなんでも、ちょっと額が豪華なだけの小動物みたいなものでしょう。


「しかしカーバンクルが人に懐くとは……ジュリーナ、やはりあなたは……」

「え?」

「いや、なんでもない。そういえば、挨拶に行かなくてはいけない人がいるんじゃなかったか?」

「あ、そうでした!」


 出発の前に商人のお爺さんに挨拶に行かなくては。馬車に乗せてもらう約束だったし、放っておいて待ちぼうけなんてくわせては大変だ。


「よければ僕も同行しよう、その方が説明もしやすいだろう」

「ありがとうございます!」


 そういうわけで、私たちは商人のお爺さんのもとへ向かった。


────────────────────────────────


「お爺さん!」

「おお、あんたか」


 商人のお爺さんはちょうど馬車の手入れをしているところだった。馬にもエサをあげて、出発するところだったんだろう。


「実は私、こちらの人にオーソクレースを案内してもらうことになって……馬車も乗せてもらえることになりました、ここまでありがとうございます」

「おーそうか、そりゃなにより……」


 お爺さんはフェルドの方を見ると、ぎょっと目を丸くした。


「あ、あんた……!?」


 そんなお爺さんに対しフェルドは口に指を当て、悪戯っぽく笑った。やはり相当高貴な貴族なのだろう。


「フェルド様に案内してもらえるなら安心だな! お嬢ちゃん、達者でなあ」

『ヒヒンッ』

「ええ、お爺さんもお馬さんもお元気で!」


 お爺さんたちと手を振って別れる。オーソクレースの人は優しいなあ、などと思いながら。


────────────────────────────────


 さて、フェルド及び傭兵の面々の馬車に乗せてもらい、オーソクレースへ向かう。


 道中の馬車の中で、フェルドたちが大怪我をしていた経緯を聞いた。


「最近、アルミナ王国の結界が弱まっているように感じると、旅商人から報告を受けたんだ。アルミナの結界の効力が薄れるとオーソクレースの魔物にも影響が出る、それで事実確認のため調査に来たんだ」


 なるほど、そういうことだったのか。貴族の責務として領内の見回りをしに来たまでは想像してたが、結界が関係していたとは。


「そうしたら結界が想定以上に弱まっていて……詳細を調べようとしたら、強力な魔物とふいに遭遇してしまったんだ。結界本来の聖なる力があればけして現れないような魔物だった。なんとか討伐には成功したけど僕も兵たちも手ひどい傷を負い、辛くも宿屋街までやってきた、というわけさ」

「なるほど、そんなことが……」

「そこに君がいたのはまさに天の救いとしか言いようがないね、君がいなければどうなっていたか」

「そんな、おおげさですよ」


 結界が理由とあらばフェルドたちが逃げ延びた先に私がいたのもある意味必然といえる。とはいえそんな事情も知らないフェルドからすれば、運命的な出会いに思えたことだろう。


「しかしアルミナの結界があそこまで弱まっているとは……アルミナの聖女に何かあったのかもしれないね。何か知っているかい?」

「え? あ~、ちょっとよくわかんないです、あはは」

「……そうだよね」


 なんとなく元聖女ということは伏せておくことにした。アルミナからあらぬ噂がオーソクレースまで流れているかもしれないし、逆に変に持ち上げられ過ぎても窮屈だ。


「と、ところで、カーバンクルが何を食べるかご存知ですか? いっしょに行くことにしたのはいいんですけど、カーバンクルの世話なんて初めてで」


 ちょっと強引に話題を逸らす。でも気になっているのは確かだった。


「か、カーバンクルの世話か。僕も当然経験はないよ、経験ある人なんているのかな? 国に戻れば国立図書館に文献があるかもしれないけど……」

「うーん、まあヒマワリの種とかだと思いますけどね」


 私が言うと、フェルドは吹き出した。


「ひ、ヒマワリの種……幻の聖獣に……ふふふっ」

「なんで笑うんです?」

「い、いや失敬、君はユニークだね」


 そんなにおかしいか? リスの仲間みたいなものだろう。それにヒマワリの種をくしくしと食べるカーバンクルの姿を想像するととてもカワイイじゃないか。


「ヒマワリの種、食べるよねぇ?」

『キュ~』


 指でくりくりと額を撫でる。あれ、でも昨晩からご飯欲しがってないけど元気だね? こっそり何か食べてたんだろうか。


「でもそういえば……一説によると、カーバンクルは聖なる魔力を何よりの糧にして生きるのだとか。癒しの魔法を使える君のそばにいれば、それだけで十分なのかもしれないね」

「聖なる魔力ですか……そうなの?」

『キュキュ~』


 私のもとへやってきたのも、私の魔力を感じ取ってのことなのかもしれない。


 まあでも一応、オーソクレースについたらヒマワリの種を試してみよう。自信あるもの。

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