第63話 小さな救世主
現れたのは、私のポケットからだった。
『キュッ』
クルがちょんと顔を出す。オーソクレースを発つ時慌てていたので、うっかり連れてきてしまっていたのだ。
「クル!? ダメ、今は……!」
『キュッ』
悪いけれど今、クルに構っている場合ではない。なんとか戻ってもらおうと、苦しみつつも目で合図する。クルは私の意思がなんとなくわかる、これで十分伝わるはずだ。
クルの私の視線が合う。そのくりくりとした目で私を覗き込んでいる。お願い、今は大人しくしてて。
さらにクルは私から目を逸らし、魔族たちの方も見た。
『キュッ……!』
その時のクルの感情が、私にははっきり伝わった。
恐怖。それもかなり強い……心の深い傷となるような、強い恐怖。クルは魔族たちにそれを感じていた。
ふと思い出す。私が初めてクルと出会った時、クルは瘴気を受けてしまっていた。そして子供なのにたった一匹で……私を頼り、寄り添った。
『……キュ!』
クルは私のポケットから飛び出した。
当然、クラックたちもそれを見ていたのだが、彼らはクルを見てなぜか、目を大きく見開いていた。
「馬鹿な……カーバンクル!? 生き残りがいたですか……それを、ずっと懐に隠して……!?」
「ク、クラック!」
「わかっています! すぐに……!!」
クラック、そしてニックが急に表情を崩し、必死さを滲ませて襲い掛かろうとする。
『キュ~~~~~~ッ!!』
だがその時、突然、クルが高く鳴いたかと思うと、その全身が赤色の光を放ち始めた。
「うっ!?」
「ぐうっ……!!」
その光で魔族たちは怯む。逆に私はクルの光から、暖かで柔らかい……とても馴染みのある魔力を感じていた。
「これ……『紅の宝玉』の魔力!?」
クルが放っている魔力、それは明らかに『紅の宝玉』のものだった。しかもとても強い、魔族たちが一発で怯み動きを止めたように、かなりの数の『紅の宝玉』があるのと同じくらいの魔力を感じた。
「妹に聞いたことがあります……! 聖獣カーバンクルの力、聖なる魔力をその身に宿す力……額の宝玉、その大きさには依らずただ純度によって……ほぼ、無限に……! そしてその魔力を、主と認めた相手のためにのみ使うと……!」
パイロの言葉に私も覚えがあった。フェルド曰く、カーバンクルは何よりも聖なる魔力を糧にして生きるのだと。だから私と常に一緒にいて、私の魔力の中にずっといた。
額の宝玉に関しても、初めて会った時に私が瘴気を取り除き、完全な状態にしてあげていたのだ。
つまり今、クルは大量の『紅の宝玉』と同じだけの魔力をその身に宿していたということ。それを今、解放した。
「お、おのれ……! 聖獣の生き残りが、なぜ……!?」
その力の程はクラックたちがまるで手出しできていないことから明らかだ。思えばクルはずっと私のポケットの中にいて、人目につくこともなかった。フェルドからもそう忠告されていたし。魔族たちも、把握していなかったのだろう。
私は立ち上がる。もう、苦しさはすっかり引いていた。
「ありがとうクル。あなたほんとはすごい子だったのね」
『キュ~』
「それに、私のために怖いのにがんばって……本当に、ありがとう」
クルは魔族に怯え、ずっと隠れていたのだ。しかし今、私のピンチを察し、勇気を出して恐怖に抗い……魔族たちへと対峙した。聖獣としての覚醒を経て。
思わぬ救世主がいたものだ。
「それじゃ、一緒にやりましょうか!」
『キュッ!』
私はクルを拾い上げた。手の平の上で、クルはなおも魔力を放ち続ける。『紅の宝玉』と同じ魔力を。
「はああ……!」
『キュ~ッ……!』
私はその魔力と自分の魔力を同調させた。抽出、純化の必要はない。ただ心を合わせ、聖なる力を昇華するのみ。
「させるか……! ここまで来て!」
クラックが手を伸ばす。私たちを殺そうと、しゃにむに迫りくる。
「行かせない!」
だがフェルドたちに阻まれ私には届かない。
そうしている間に、準備は整った。
「宝石の聖女の力……そして、聖獣カーバンクルの力。ご覧にいれます!」
『キュキュ~ッ!!』
天高く、魔力を解き放った。
私たちの力は真紅に輝く一筋の光となり、空へ。砕かれた結界を通り抜け、さらに上へ。
そしてある一点で収束し、一瞬だけ収まった後……結界となり、広がっていった。
アルミナ王国領、全てを覆う結界。結界の中の瘴気を全て浄化し、聖なる力で守る。クラックたちが作った魔の結界をゆうに越え、逆に打ち消すほどの、これまでで最大の力がこもった結界だった。
城郭を覆い、アルミナ領に充満していた瘴気が、消えていく。魔物たちも逃げ出していくことだろう。
瘴気は集めれば集まるほど祓いにくく……逆に濃さが低ければ、簡単に霧散する。この結界ができてしまえば、もう大丈夫。
ここに、魔族たちの企みは、完全に終わりを迎えた。
『キュ~……』
蓄えた力の全てを使い果たしたのか、クルは疲れて眠ってしまった。私の手の平の上、そのもふもふの体を横たえる。
お疲れ様、小さな救世主さん。




